トーキング・マイノリティ

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ベニスに死す 1971/伊=仏/ルキノ・ヴィスコンティ監督

2012-03-31 20:40:28 | 映画

 20年近く前、この作品を映画館で初めて見ている。その時でもリバイバルだったが、ルキノ・ヴィスコンティ監督映画だけあり素晴らしかったし、ラストも衝撃的だった。行きつけの映画館のHPには、次のように紹介されていた。

映画史上に燦然と輝くヴィスコンティの傑作。主人公の老作曲家のモデルでもあるマーラーの「交響曲第5番」が、美の囚人となった主人公の苦悩と歓喜、絶望と恍惚を壮麗に歌い上げる。この音楽と映像の美しき饗宴に、ニュープリント版で改めて酔いしれたい。

 ニュープリント版と銘打っていたが、残念ながら映像は鮮やかというよりも、古い写真のように色褪せた観があって期待外れだった。それでも、この作品を再び映画館で見れたのは良かった。この作品に限らずヴィスコンティ映画は、大画面で鑑賞して酔いしれられるのだから。
 題名通り舞台はヴェネツィア(ベニス)。静養のためこの町に来ていた老作曲家は、宿泊先のホテルで美少年タジオを見かけその虜になり、少年の姿を求め町をさ迷うことになる。しかも老作曲家は妻子もいる人物なのだ。折しも町にはコレラが流行り、良心的なベニスの人物は老作曲家に早く町を去るように警告する。だが、タジオの虜になった主人公はベニスを発つことができない。ついに老作曲家は感染、海辺のデッキチェアで少年を見つめながら死すというラスト。



 主人公の死に方もショッキングだった。その直前、彼は町の美容院で白髪を染め白粉と口紅まで施すのだが、化粧した顔は逆に醜悪だった。イタリア特有のシロッコで染めた頭から汗が黒い滴となって流れ、それが白いジャケットの襟を汚していく。化粧の無残に剥げた様は老醜そのものであり、美少年と交互に映すのは老いと若さ、病躯と健康の対照は惨いほど。美と健康に恵まれた少年にも老いは訪れるのだが、これほど老醜を残酷に映した映画はまず見たことがない。

 タジオ役のビョルン・アンドレセンはまさにはまり役だった。ヴィスコンティはタジオを求め欧州でオーディションを繰り返したそうだが、このスウェーデンの少年に白羽の矢が立ったという。総じて映画の子役は美少年だが、これ程の美貌なら分別あるはずの初老の音楽家を狂わせたのも頷ける。
 この映画がきっかけでトーマス・マンの原作『ヴェニスに死す』を昔読んだことがある。原作では主人公は老作家でタジオはポーランド人という設定になっていたが、それ以外は殆ど映画と変わりない。

 果たしてタジオは主人公の想いに気付いていたのか、気にかかる。自分を熱心に見つめる老人にどう感じていたのやら。あの年頃なので、ヘンな爺さん程度にしか思っていなかったのかもしれない。飛びぬけて美しくともそれ以外は遊び盛りの他の少年と変わらず、海辺で活発に同世代と動き回っていたのだから。
 wikiの「実在のタージオ」の解説によれば、モデルとなったポーランド人少年がいたそうだ。この少年を見つめていたのこそトーマス・マンであり、少年はマンの存在を意識していたらしい。美少年に夢中になったマンの体験を元に描かれた小説だったが、執筆当時の彼は30代半ばで妻子もいたという。

 ニュープリント版のコピーは「美は滅びない」。コピー通り映像ではビョルン・アンドレセンやベニスの町の美は永遠で、時は止まったまま。時代設定は20世紀はじめと思えるが、上流階級の女性は花や羽飾りのある帽子を被り、裾の長いドレスを着ていた時代である。その衣装だけでも見応えがあったが、つい貧乏庶民感覚で、あれではさぞドレスの裾が汚れるのではないか?と見てしまう。
 映画に使われているマーラーの交響曲第5番も素晴らしい。この曲こそこの作品と相まって質を高めている。HPにある「音楽と映像の美しき饗宴」の宣伝文句も決して過言ではない。



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2 コメント

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耽美主義の極み (mobile)
2019-03-28 10:07:00
耽美主義において「美は凡そあらゆる概念を超越する」ワケで、その意味において美少年タジオの存在はアットーテキです。主人公が男色にハシったとしても「無理ないわなぁ」と思ってしまいます。
名著『ルネサンス』を著したW.ペイターはその本の中で「このような究極の美に身を委ね、それを味わうことこそが人生の目的であって、それに関する理論を考えているヒマなぞない」といった意味のことを書いています。
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Re:耽美主義の極み (mugi)
2019-03-28 21:43:16
>mobile さん、

「耽美主義」とは言い得て妙です。耽美主義者の末路を描いたこの映画はスゴイ。生真面目な主人公は美少年を抱きしめるどころか、頭に手を触れた程度で悩んでいました。罪の意識を感じつつ、同時に至福の瞬間を味わっていたのこそ、耽美主義の極みと思います。
 実際にモデルになった少年は当時10歳頃だったらしく、現代ならペドフィリアを疑われます。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%B4%E3%82%A7%E3%83%8B%E3%82%B9%E3%81%AB%E6%AD%BB%E3%81%99#.E5.AE.9F.E5.9C.A8.E3.81.AE.E3.82.BF.E3.83.BC.E3.82.B8.E3.82.AA

 W.ペイターの『ルネサンス』は未読ですが、確かに究極の美に身を委ね、それを味わうことが出来る人生ならば幸せでしょう。
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