トーキング・マイノリティ

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もう、服従しない その①

2017-12-01 21:10:32 | 読書/ノンフィクション

『もう、服従しない/イスラムに背いて、私は人生を自分の手に取り戻した』(原題:Infidel、アヤーン・ヒルシ・アリ著)を先日読了した。アヤーンの名は『イスラーム世界の論じ方・増補新版』(池内恵著、中央公論社)で初めて知ったが、なかなか興味深い女性なので、邦訳されている自伝『もう、服従しない』を読んでみたら思った以上に面白かった。以下は巻末にある著者紹介。

1969年にソマリアで生まれ、ムスリムとして育つ。ソマリア、サウジアラビア、エチオピア、ケニアで子供時代と青春時代を送る。1992年に、会ったばかりの遠縁の男性との結婚を強いられ、オランダに逃れて難民申請をする。オランダ語を学び、中絶クリニックや虐待された女性のシェルターなどで通訳として働く一方、ライデン大学で政治学を学ぶ。在学中の1997年、オランダに帰化。卒業後、労働党のシンクタンクに勤務する。
 9.11テロ以降、イスラムに対する批判的な発言によりオランダで物議をかもし、それ以降ボディーガードつきの生活を余儀なくされる。下院議員に当選後も、イスラム社会における女性の解放をテーマにした映画制作に携わるなどして命をねらわれ、24時間態勢の厳重な警護下で生活。
 現在はシンクタンク、アメリカン・エンタープライズ研究所に勤務しながら、ヨーロッパのムスリム女性の人権やイスラム社会に対する啓蒙、欧米の治安等に関する発言を続けている。2005年には、タイム誌の「世界で最も影響力のある100人」に選ばれた

 一般に日本人にはなじみの薄い国ソマリア。せいぜいイメージとして浮かぶのは内戦や海賊くらいだが、ソマリア出身の著名人にはトップ・モデルのワリス・ディリーイマンデヴィッド・ボウイの後妻)がいる。アヤーンは自伝の第1部「子供時代」の第1章「血統」で、ソマリア社会をこう述べている。
ソマリ人の子供は自分の血統(リネージ)を暗誦できなければならない。それ以上に大切なことは、ほとんどない。ソマリ人同士がはじめて会うと、互いに出自を訊く。共通の祖先が出てくるまで、それぞれの血統をさかのぼる…」(13頁)

 著者の祖母(母方)も鞭を振るってこう諭す。
「名前はおまえを強くする。おまえの血統だ。祖先に敬意を払えば、おまえは祖先に生かされる。祖先を辱めたら見捨てられるだろう。そうなれば、おまえは何者でもなくなる。みじめな人生を送って孤独に死ぬんだ。さあ、もう1度」(同上)
 同頁のカッコ内解釈には、「ソマリアの社会は6つの主要な氏族に分かれており、その下に氏族から分化した「支族」、さらにその下位に「ディヤ集団」というピラミッド型の構造をなしている」とあり、ソマリアが厳格な氏族社会なのが伺えた。著者も書いていたが、この氏族社会こそか内戦で国を破壊することになったのだ。

 日本とはあまりにも違うソマリア社会風土には言葉もないが、著者はこう書く。
「ソマリアの子供は、幼いうちから裏切りに敏感になる。ものごとは、いつも見えているとおりとはかぎらない。ほんの小さなことを見逃しただけで、命を落としかねないのだ。祖母のお話の一つひとつが含む教訓を、私たちは胸に刻み込んだ。私たちは強く、賢くなければならない。警戒心を忘れてはいけない。氏族の決まりに従わなくてはいけない。
 警戒心は役に立つ。とくに、女の子には大切だ。女の子は男に襲われ、あるいは自ら誘惑に負けるかもしれない。結婚前に処女を奪われたら、本人の名誉が跡形もなくなるだけでなく、父親やおじ、兄弟、いとこの名誉も傷付く。そんな不幸のどん底に落とされるほど悲惨なことはない」(16頁)

 著者の母の話も興味深い。母は子供の頃から家族の動物の世話をしていたそうで、幼い少女はヤギ同様捕食生物の格好の獲物になるというのだ。母やその姉妹が砂漠で男に襲われたら、それは母たちの落ち度なのだ。見知らぬラクダが視界に入ったら、すぐ逃げなければならない。
 もし捕まったら、「アッラーがご覧になっています。あなたといさかいを起こしたくありません。どうか放っておいてください」と3回言う。レイプされるのは、死ぬより遥かに悪く、女性の家族全員の名誉を傷つけることになるからだ。
その②に続く

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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (牛蒡剣)
2019-06-27 20:22:58
その5に誘導されましたが折角なので
その1から。

>ソマリアの社会は6つの主要な氏族に分かれており、その下に氏族から分化した「支族」、さらにその下位に「ディヤ集団」というピラミッド型の構造をなしている」とあり、ソマリアが厳格な氏族社会なのが伺えた

正直ソマリアがいつまでもカオスなのがやっと理解
できました。

>母やその姉妹が砂漠で男に襲われたら、それは母たちの落ち度なのだ。見知らぬラクダが視界に入ったら、すぐ逃げなければならない。

鎌倉時代ですかね・・・・絶句。
「坊主や旅人はとりあえず襲っておけ!いい殺しの訓練になるぞ!調練場の端には生首を常に絶やすな、人殺しも忘れるな。武家の心得じゃ!」

男衾三郎絵詞 の超要約

いや曲がりなりにも幕府や朝廷のあった日本と比べるのは適当ではないかもしれませんが。
なるほど秩序が同族の報復でしか維持できない環境
なんですなあ。近代的法の精神も糞もない。絶対
王政以前の感覚でみないとダメですね。こりゃ
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牛蒡剣さんへ (mugi)
2019-06-28 21:32:03
 私もこの本を読むまではソマリアのことは全く知らず無関心でしたが、何故あれほど内戦が長く続いているのか、背景に厳格な氏族社会があったことで納得しました。

 男衾三郎絵詞を読まれていたのですか。私は未読ですが、歴史教科書では男衾三郎絵詞の一場面が必ず載っています。果敢に外敵に立ち向かう男衾三郎は勇ましいですが、このような武士たちが日本を守りました。

 wikiのソマリアの海事史によれば、この地域はかつて交易で栄えていたそうです。今では絶対王政以前になってしまいましたが、海賊の伝統だけは受け継いだようで。イスラム世界もかつては世界の最先端をいっていました。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%BD%E3%83%9E%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%81%AE%E6%B5%B7%E4%BA%8B%E5%8F%B2
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