トーキング・マイノリティ

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別離 11/イラン/アスガー・ファルハディ監督

2012-06-24 20:40:23 | 映画

 日本ではあまり公開されないイラン映画だが、史上初めてベルリン映画祭の主要3部門を制し、米アカデミー外国語映画賞も受賞した話題作でもある。英語題は「Nader and Simin」。主人公夫婦の名で、コピーは「はじまりは、愛する者を守るための些細な“嘘”だった―」。チラシのストーリー紹介は次の通り。

テヘランで暮らす妻シミンは、11歳になる娘の将来のことを考えて、夫ナデルと共にイランを去る準備をしていた。しかし夫はアルツハイマー病を抱える父を置き去りには出来ないと反対したため、妻は家庭裁判所に離婚申請をする。
 一方、ナデルは父の世話のためにラジエーという女性を雇うことにした。ある日、ナデルが帰宅すると、父は意識不明でベッドから落ち床に伏せていた。ナデルはラジエーを問い詰め、勢いに任せてアパートから追い出してしまう。その夜、ラジエーが入院したとの知らせを受ける。しかも彼女は流産したというのだ…

 他のイラン映画と同じく冒頭で「神の名の下に」の字幕が出るのは、やはりお国柄。それでもシミンは自動車を運転し女子校の教師をしている。サウジが典型だが、未だに女性の車の運転は禁止のイスラム諸国さえあるのだ。さらに彼女が家庭裁判所に離婚申請をしたというのを、イスラム圏では男だけに離婚請求権があるというイメージの強い日本人には意外に思ったことだろう。
 最後までよく分からなかったのが妻が何故娘の将来を考え、国を出ようとしたこと。やはりイスラム体制下では女は生き難いのか?ナデルとシミン夫妻は中産階級でも恵まれた地位にあるのは明らかで、さらにラジエーとその夫ホッジャトというもう一組の夫婦が登場する。こちらは失業中の夫は元は靴修理をしており、収入がないため妻が介護の仕事をする。シミンはラジエーの義姉だが、社会的地位では2組の夫婦に格差があるのは書くまでもない。

 やはりイランらしいと感じたのが介護の初日にナデルの父が失禁、体を洗い着替えさせるのをラジエーが躊躇っていたこと。彼女は聖職者に電話、それが罪にならないと確認した後でそれらの仕事をする。イランの基準からすれば日本の介護のやり方は罪ばかりとなる。またラジエーが流産したのはナデルのせいと、夫妻が殺人罪で告訴するのもあの国らしい。故意に流産させれば重い罪に問われるらしく、異教徒日本人には驚きさえ覚える法だろう。
 介護料が一月40万トマンとあり、1トマンは10イラン・リアル。「日本円とイランリアルの為替レートと推移」というサイトがあり、試に2011年6月の1イラン・リアル=0.0073円の相場で計算したら29,200円となった。

 国旗を見ればその国民の好きな色が判ると言われるが、主人公夫妻の家のドア枠が緑色になっていただけでなく、部屋にも緑色のタイルが貼られている。シミンもモスグリーンのヘジャブを被って登場したこともあり、緑色はイラン人に好まれる色なのは確か。緑は一般にイスラム世界のカラーと思われがちだが、ゾロアスター教研究者の青木健氏によれば、イスラム以前からイランでは緑色が好まれていたという。
 映画に登場するイラン女性は室内でも被り物をしているのに驚いた方もいるだろう。あの国の“映倫”に許可されないため、あのような服装で登場した可能性もあるが、ふとインドに移住したゾロアスター教徒の女性も、暫くは頭部をネッカチーフなどで覆っていたことを思い出した。現代のパールシーにはそのような習慣はないが。

 ナデル夫妻の11歳の娘が学校で習った歴史も興味深い。サーサーン朝時代は王族の他に庶民はふたつに別けられており、貴族と平民だったという史観。パフラヴィー朝パフラヴィー2世アーリア民族主義を掲げサーサーン朝時代を讃えたが、イラン・イスラム革命でそれが否定されたかたちらしい。イスラム化した後もイランは王族の他には聖職者に貴族、平民という階級社会だったことに変わりなく、21世紀でも日本とは比較にならぬ格差社会なのだ。

 登場人物全てが家族や自己保身のため嘘を付き、それが事態を複雑化させる展開はアスガー・ファルハディ監督の前作『彼女が消えた浜辺』を思わせる。映画のラストに家庭裁判所で主人公夫妻の11歳の娘が父母のどちらに付くのか判事に問われる場面がある。娘は外国に移住するよりも両親が別れず共に暮らすことを望んでおり、泣き顔になっているのは痛ましい。
 娘が父母どちらと暮らすことに決めたのか映画では明らかにされておらず、家庭裁判所内のシーンで幕となる。イラン人は日本人よりも離婚を深刻に捉えないと聞いたことがあるが、子供のいる夫婦ならそれが難しいのは両国とも同じなのだ。子供が悲しい想いをするのも。



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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
愛が失われる時 (Alex)
2012-06-26 21:40:14
mugi様、こんばんわ。お世話になります!

mugi様は本当に博識でいらっしゃいますね、この映画をご紹介しようとした矢先でした・・・

男と女、子供の教育と高齢者の介護など、様々なトラブルがこの映画では派生します。それがこの映画の特徴であり、魅力です。

まず注目すべきはナデル、彼の性格は非常に問題がありますね。僕自身、男なので同性が抱えている問題を鋭く見抜けますよ。彼はね、いい年して精神的に親離れできない少年です。ピーターパン症候群です、だから”大人の男”として女を愛せないのです。この映画では介護されるのが老いた父親ですが、僕が監督ならば介護されるのが老いた母親にしますね。寧ろそうした方がナデルの精神的に親離れできない有様が露骨になりますからね。ママー、ママーっと絶叫するでしょうね、スネ夫みたいに(爆笑)。自分が女性だったらゾッとします、
絶対に嫌ですねこんなダメ男と結婚は(笑)

次にミシン、彼女はイラン人女性というよりも
どこにでもいるタイプの女性ですね。だから
年老いた義父の介護なんてマッピラなんです。
彼女も同じ問題を抱えていますね”大人の女”として男を愛せない所幼稚な点が・・・

結論から言えば、ナデルとミシンの夫婦は供に精神的に幼稚で”大人になりきれていない”と
感じました。”他人から愛して欲しいが、他人を愛せない”ジレンマを抱えていきているのです。愛と言う言葉の意味を忘れてしまったのですよ。

二人にとってベストな選択は離婚ですね。ナデルは兎も角、ミシンはよく言えば現代のキャリアウーマンタイプだから自由の国、カナダに娘と一緒に移住するべきです。そうすれば彼女の持つ潜在能力を十分に活用出来るだろうし、もっとリベラルで民主的なカナダ人男性と再婚して幸せになれると思う・・・。

さてmugi様、質問してよろしいですか?

1 ナデルの様な神経質で”大人の男”として女を愛せないタイプの男と一緒になれますか?
また、このタイプの男は嫌いですか?

2 貴女がミシンだったらどの様に行動しますか?
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RE:愛が失われる時 (mugi)
2012-06-27 21:58:05
>Alex様、こんばんは。

博学などとんでもない!単に私は趣味が偏っているだけで、歴史でも興味のない地域なら教科書以上の知識はありません。私が中東に関心を持ったのも、学生時代に映画『アラビアのロレンス』を見たことがきっかけでした。

 仰る通りこの映画は、夫婦間や教育、高齢者介護など文化圏を問わない問題がテーマとなっており、そのために各国の映画祭で高い評価を受けたのだと思います。
 同性愛者はともかく、総じて人間は同性に厳しい見方をしますが、ナデルが「いい年して精神的に親離れできない少年、ピーターパン症候群です」という貴方の見方は鋭いですね。私にはそのようなことは頭にも浮かばなかった。確かに介護するのが老母ならば、モロにそれが表れてきたでしょう。こうなると日本の介護ドラマさながらで、女性向ドラマになってしまいそうな…

 イランは戦前の日本のように個人主義ではなく、家族血族主義の国です。恋愛結婚など稀で親同士の決めた結婚が殆どだし、”大人の男”として女を愛することが求められる社会ではないはず。欧米とは価値観や家族観が違うし、精神的に親離れできない男の方が多い。「家」が第一の家父長社会では男女の愛は重視されないと思います。

>>彼女も同じ問題を抱えていますね”大人の女”として男を愛せない所幼稚な点が・・・

 うーん、何やら耳が痛いですね。実年齢と精神年齢がミスマッチしている者は珍しくないし、私もその1人かも(汗)。ネットでは年長者でも未成年のような書込みをしていた者もいたし、未婚の若年にも“大人”はいます。

 欧米人の男も結構ズルいですよ。彼らは東洋の女は従順と思い込んでおり、結婚したら夫や自分の両親に尽くしてくれることを期待して、東洋人と一緒になる者もいる。同胞の女からは相手にされないタイプが多いし、日本の嫁不足の過疎地帯と状況は似ています。
 そして欧米の男と結婚したがる東洋の女も、夫から大事にされることを期待するか、パスポート代わりに利用する者がいる。欧米人男性は優しいと期待したのに、意外と亭主関白だったのに失望した…というケースもあるとか。この件は以前記事にしました。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/db00d5983759dcc9b150f9a89d36018c

 質問1ですが、結婚前は男女とも精一杯猫かぶりをするから、神経質で”大人の男”として女を愛せないタイプと見抜くのは簡単ではありません。結婚してみて初めて、「あ、この人こんな面があったの?」と気付くのはお互い様でしょう。
 この映画にはホッジャトという妻帯者の男が登場しますが、彼は完全に「神経質で”大人の男”として女を愛せないタイプ」そのものです。失業してやけになったというより、元からそんな気質があったと思うし、その上粗暴で亭主関白だから論外です。ホッジャトに比べれば、ナデルの方がずっとマシです。

 2も難しい質問ですね。私はイランに居住した体験がないため現地の教育環境は知りません。ただ、私は物ぐさなので特に生活に困らなければ、文化習慣の異なる外国に移住したいと思わないでしょう。シミンが海外に移住したがっていたのも、娘ばかりではなく自分のためだった?
返信する
離別について (Alex)
2012-06-29 23:51:47
mugi様、こんばんは。お世話になります!

シミンがナデルを”良い男”ではなく”良い人”と表現した理由は?それがヒントです。シミンからすればナデルは男の価値が無い。良い人なら結婚する必要がなく、強烈な人格否定で鋭い皮肉ですよ。

中産階級のシミンが外国に移住したい理由。それは経済的自由を手に入れたら、今度は精神的自由を手に入れたいからですね。カナダへ移住すべきの理由ですが、世界で最もリベラルで生活水準が高く、亡命イラン人も多いからです。
頭の良いシミンは直に英語をマスターし、望んでいた自由な生活を満喫できるでしょう。
http://en.wikipedia.org/wiki/Iranian_Canadian

>欧米人の男も同胞の女からは相手にされないタイプが多いし・・・

勿論、ダメな欧米人の男はよく知ってますよ。
本国でモテルかモテナイかは直ぐ分かります。同性である男の考えは大して変わりませんから。これがモテナイ欧米人の男です(爆笑)。
http://www.charismaman.com/CMweb_2.98.jpg
http://www.charismaman.com/index.html
https://www.youtube.com/watch?v=N9qYF9DZPdw
http://ja.wikipedia.org/wiki/White_%26_Nerdy

>東洋の女は従順と思い込んでおり、尽くしてくれることを期待して、一緒になる者もいる。

Facebookの若き大富豪、マーク・ザッカーバーグはモロそのタイプですね。東洋人の女性が好みで実際、中国系のプリシラ・チャンと結婚したし。オタクっぽいカップルですね(爆笑)。
嫁がブサイクすぎ。マーくん、女の趣味が悪すぎ。頭いい人間の発想が分からない(爆笑)。
http://hakadoru-sokuho.com/archives/6746
返信する
RE:離別について (mugi)
2012-06-30 21:03:48
>Alex様、こんばんは。

>>強烈な人格否定で鋭い皮肉ですよ

 一般に男性は異性に”良い人”と言われたら凹みますよね。ただ、イランの家庭裁判所で”良い男”と言えば、心証が悪いかもしれません。担当者が彼は家庭に金銭を入れないのか?暴力夫なのか?と問い、それに対してのシミンの回答が”良い人”でした。
 カナダの事情は知りませんでした。一般に亡命イラン人といえば米国在住のイメージがありますが、カナダにも多く移住していたとは。何しろリベラル派米国人も移住するほどなので(笑)。

 White & Nerdy なるスラングも初耳です。紹介された動画などモロに「白人でオタク」そのもの。こんな白人なら日本人の田舎のおばさんでも願い下げです。

 マーク・ザッカーバーグの伝記映画『ソーシャル・ネットワーク』がありましたね。以前記事にしています。
http://blog.goo.ne.jp/mugi411/e/b05bcbcde92502f7862d120e557d536a

 映画では白人と付き合っていたし、東洋系のガールフレンドは登場しなかった。欧米人と日本人では好みが違うのかもしれませんが、本当に不細工すぎる中国嫁で驚きました。ザッカーバーグはユダヤ系ですが、チャン・ツィイーの婚約相手もユダヤ系富豪でしたね。こちらは男の方がブサイクですが、中国人とユダヤ人は相性が良い?
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