東北歴史博物館の特別展「GIGA・MANGA展」を見てきた。期待した以上に充実した内容となっており、博物館HPでは「江戸戯画(GIGA)から近代漫画(MANGA)までをたどる漫画の歴史!」に続き、こう紹介されている。
―いまや世界共通言語となった日本の漫画=MANGA。その起源には、様々な説があります。本展では、印刷出版文化が発達した江戸時代の戯画を、現代日本で認識されている漫画的な表現の出発点としています。
江戸時代には、木版技術が発展し、版本や浮世絵版画といった出版物が庶民の手に届く値段で販売され、生活文化の中に浸透していったためです。そうして、江戸時代以前から絵巻の中で熟成されてきた漫画的表現(戯画)が、大衆も楽しめる新しい絵画表現として完成しました。
本展では、江戸戯画から明治・大正期の諷刺漫画雑誌、昭和戦中期の子ども漫画等、前・後期合わせて約250点の作品・資料を通じて日本の漫画の変遷を展覧します。
チラシのサイトもあり、コピーが「北斎、広重、国芳、暁斎…のらくろも!」「浮世絵から飛び出す漫画の世界!」。こうして浮世絵から戦前の漫画を並べられると、漫画は浮世絵の流れで生まれたことが素人目にも分かった。
展示のトップは鳥羽絵で、北斎のような有名画家ではなくともユーモラスな作品もある。ズバリ「大酒」というタイトルの絵では、茶碗ではなく丼ぶりで飲酒する女が描かれている。酒を普通に飲んでいる現代女性でも丼ぶり酒というのは珍しいだろう。北斎、広重、国芳、暁斎等の作品は素晴らしいが、質が高すぎて“漫画”よりも芸術画のようだった。
幕末に来日したチャールズ・ワーグマンやジョルジュ・ビゴーの作品も展示されていたのは良かった。残念なことに歴史教科書には必ずといってよいほど載っているビゴーの風刺画「魚釣り遊び」はなかったが、彼が発行した風刺雑誌「トバエ」が保存されていたのは考え深い。
その影響を受け、20世紀初めには日本でも諷刺漫画雑誌が刊行される。戦前の諷刺漫画雑誌を代表する「東京パック」が何点か展示されていて、表紙のデザインは現代から見ても洗練されている。「東京パック」を代表する画家・北沢楽天の作品の質は、単なる風刺漫画を超えている。上の画像は楽天による表紙画。
現代は諷刺漫画雑誌自体がなくなってしまったのだろうか?週刊朝日に連載されていた山藤章二のブラック・アングルはイイが、河北新報に毎日掲載されている諷刺漫画は見られたものではない。
戦前から新聞の4コマ漫画は掲載されていて、「正チャンの冒険」は朝日新聞に連載された作品。上の画像からも古臭さが全く感じられない画風である。
戦前の子供たちに人気絶大だったのが「のらくろ」。私の父もお気に入りで、買ってきた復活版を私も見ていた。少年時代にのらくろを見ていた来場者がいたならば、感慨もひとしおだったことだろう。
漫画は子供が読むもの、というイメージが強いが、戦前の殆どはオトナが見るものだった。各新聞社も漫画雑誌を刊行しており、それだけ漫画読者が多かったと言える。
社会風刺画も漫画扱いだったが、日本女性初のメダリスト人見絹代の風刺画もあった。女性の壁を超えるといった描き方だったが、明らかに揶揄が含まれ、決して称賛ではない。女性アスリートを小馬鹿にするのは現代と変わりないようだ。
「読売サンデー漫画」も幾つか展示されていたが、私的には漫画よりも興味を引いた広告があった。白髪染めの宣伝で自然に染まります、と現代でも同じコピーが使われていたのは笑える。値段は粉タイプが40銭、液状は50銭とあったが、製造元は聞いたことのないメーカー。
その隣には男性向けの強壮剤の宣伝。こちらの値段は書かれていなかったが、昭和6(1931)年なのだ。漫画だけではなく広告からも時代が伺える。
北沢楽天は1876年生まれで、洋画と日本画の両方を学んだそうです。浮世絵の名残を感じるのは当然でしょう。
手塚治虫ぽいですね。
楽天パックの絵柄も浮世絵の名残を感じますね。