トーキング・マイノリティ

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ナチスとゾロアスター その②

2008-07-22 21:22:17 | 読書/欧米史
その①の続き
 アーネンエルベ(アーリア民族遺産研究協会)が研究題目として採用したのは、主に以下の4項目だった。アーリア民族発祥の地としてのチベット探検(当時、中央アジアではなくチベットがアーリア民族の原郷と考えられていた)キリストの聖杯のためのアイスランド探検(イエスの父がローマ軍兵士だとすれば、彼は半分アーリア人となる)純粋アーリア人であるペルシア皇帝の血液を求めてのイラン高原探検アーリア民族発祥の地としてのアトランティス大陸を求めてのカナリア諸島探検。

 まるでオカルト雑誌の特集めいた研究題目だが、冗談ではなく真面目に純粋にアーリア民族の考えに基づき科学を民族浄化した結果である。ただ、彼らが依存したものが北欧神話だったり、アーリア民族のルーツ探しであったりしたゆえ、科学的であることを謳いながら国家の総力を結集しオカルトに没頭していく。アーネンエルベで「古代アーリア民族の英雄ザラスシュトラ」研究が推進されたのは、このような土壌の中であった。

 1937年、当時ミュンヒェン大学文学部長で古代インド学の権威だったヴァルター・ヴュスト教授は、アーネンエルベで親衛隊将校を前に講演する。題目は「アーリア民族の世界観の反映としての『我が闘争』」。講演でヴュストは厳粛にこう宣言した。「総統の一語一語は他の偉大なアーリア人と密接に共通している。つまり、民族的な存在基盤と、先祖からの遺産への聖なる意識である」と。続けて彼は“総統との共通性を持つ偉大なアーリア人”にザラスシュトラや仏陀まで含めている。前者は明らかに古代アーリア人だが、現代でも仏陀はインド亜大陸に移住したアーリア人の子孫なのか、土着していた先住民系だったのか、結論は出ていない。たとえ仏陀がアーリア系だったとしても、ナチスの広告塔に利用されたとは唖然とさせられる。

 仏陀への解釈はさて置き、この教授殿、ザラスシュトラの業績は宗教面よりも、「古代アーリア民族の英雄」の観点から評価されるべきだと言う。「純血種のインド・ゲルマン系指導者人間の天才は、我々の前にあって誰もその中を覗き見た者がいない暗黒の中から到来し、電撃的にこの道を指し示す…ザラスシュトラは現代にそびえ立つ総統の姿と同様に、時代の変わり目に立っていたのではないか?」。
 つまり、ナチス・ドイツにおいて、ザラスシュトラは単なる古代アーリア人の新興宗教の神官であってはならなかった。彼は古代アーリア民族の将来を数世紀の単位で見通し、民族が混迷の淵にある時、その帝国復活のための導きの星となった天才的指導者(総統)なのだ。この認識ならヒトラーは20世紀のザラスシュトラと言える。

 ヒトラーにとっても御用学者のもっともらしい学説は有難かっただろう。「ニーチェ的ツァラトゥストラ」が説く「権力への意志」「善悪の彼岸」「超人思想」は、冷徹にアーリア民族至上主義を推し進め、感情を交えず科学的に民族問題を処理、何時の日かゲルマン民族が世界を征服し超人に進化する指針を与えてくれるように思えた。
 戦後、アーネンエルベのスタッフの多くはニュルンベルク裁判で戦争犯罪人として裁かれ、処刑された。それと同時に「アーリア民族の英雄」としてのゾロアスター研究も消滅する。

 現代では上記のような研究は似非科学の集大成といった感がある。だが、これはナチス・ドイツだけの特異な現象だろうか。アーリア民族至上主義は近代英国にも見られ、英国でのアーリアン学説について書かれたブロガーさんもいる。そもそも、インド・イラン人のように古代からアーリアを自称した東方印欧族と異なり、欧州人が自らをアーリアと名乗ったのは近代になってからなのだ。
 あまり知られていないが、ドイツに帰化した英国人ヒューストン・ステュアート・チェンバレンの著書『19世紀の基礎』は、ナチズムにかなり影響を与えている。アーリア民族優位と反ユダヤ主義を説いたこの本は、全欧で広汎な読者を集め、ヒトラーもその1人だった。ナチスが躍進しても、英国知識人の中にはフランスよりドイツと組むことを考える者さえいたのだ。遠交近攻が目的なのか、同じゲルマン系のよしみもあったのか。

 権威筋とされた学者と権力の癒着は興味深い。欧州の絶対王政の理論的根拠となった王権神授説も、“正しき神学”の帰結である。社会科学を高らかに謳ったのは共産主義。「科学的思考」と銘打って行ったことは、外征と“劣等”民族支配の大義の詭弁に過ぎなかった。明治以来ドイツを憧憬の目で見てきた日本も、この似非科学の影響を受けている。権力に奉仕する学者はいつの時代も絶えない。
■参考:『ゾロアスター教』青木健著、講談社選書メチエ408

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6 コメント

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一神教を冷ややかに見よう (のらくろ)
2008-07-24 03:02:32
>これはナチス・ドイツだけの特異な現象だろうか。アーリア民族至上主義は近代英国にも見られ、英国でのアーリアン学説について書かれたブロガーさんもいる。そもそも、インド・イラン人のように古代からアーリアを自称した東方印欧族と異なり、欧州人が自らをアーリアと名乗ったのは近代になってからなのだ。

>アーリア民族優位と反ユダヤ主義を説いたこの本は、全欧で広汎な読者を集め、ヒトラーもその1人だった。ナチスが躍進しても、英国知識人の中にはフランスよりドイツと組むことを考える者さえいたのだ。遠交近攻が目的なのか、同じゲルマン系のよしみもあったのか。

ヒトラーのアーリア人至上主義にある種お墨付きを与えた勢力の一つがローマカトリック、カトリックのユダヤ大嫌いはもう数百年のつみかさねがあり、ゲットーとかその他の「ユダヤ迫害」にはなぜかカトリックの影がちらつく。

このエントリーで示されたドイツのアーリア人至上主義は、第一次大戦中「黄禍論」で以て新興国日本を「口撃」した「ドイツ第二帝国」の旗印でもあった。そういう経緯を無視して、なぜ大日本帝国はナチ・ドイツやファシスト・イタリーと同盟したのか理解に苦しむ。

女(敢えて女性という表現はしない)に対する扱いにしても、今でこそ「日本を女性差別国家」と口汚く罵る「キリスト教」国家群が、ユダヤ教パリサイ派からキリスト教への転向組であるパウロが書いた「女は黙っていろ」に1000年以上支配されてきたことは絶対に言わない。でも新約聖書にはちゃんと書いてあるし、カトリックのシスターが司祭、司教になった例はないはずである。日本には古くから巫女がいたのとは大違いだ。

先ごろ職場で日本の録画技術が発達したのはAVの隆盛によるところが大きく、これにいち早く対応したVHSがベータを駆逐した話になっていたが、そこに私が割って入り「そうやって日本はスケベに技術発展の最先端を惜しげもなくつぎ込む-アシモも10年ほどすればダッチワイフの発展型として登場するかも-が、欧米は軍事力増強に用いてきた。ざっくりと言えば、日本はスケベの先にある次世代発展に最先端技術をつぎ込んだが、欧米は現世代の異教徒大量殺戮のために最先端技術をつぎこんだ。どっちがマシと思うか」と子を持つ女性の同僚に問いかけたら、「そりゃ殺戮よりスケベだ」と、納得してくれた。尤も、ご自身で「ワタシはカラダは女だが、精神はオッサンだ」とおっしゃる「変わり者」ではあったが。
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家と血 (Mars)
2008-07-24 20:55:39
こんばんは、mugiさん。

我が国も、家名を第一とした血縁主義と批判する者は、国の内外を問わず、少なくないですが、家(名)と血を重視するのは大きな隔たりがあるように思えます。
(血縁の身内がない場合、非血縁者に家名を譲る場合もある我が国と、絶対的な血縁主義とは異なるように思えます)

歴史に、ifは禁句ですが、もし仮に、ナチス・ドイツが世界を征服したとしても、アリーア人純血主義と、世界を支配するのでは、少なからず矛盾が生じるでしょうね。
また、人も馬も、全ての動物もそうだと思いますが、限られた範囲で交配を続けると、奇形や弱い生物が生まれるのも、自然の成り行きだと思います。
(だからといって、安易な、外国人労働者を受け入れる事には、断じて反対するのですが)
ま、血で血を重ねる事は、生物的だけでなく、思考すらも硬直させるものかもしれませんが。

私のような、無芸大食者には、難しいないようですね。
(でも、今現在も、欧州に限らず、我が国の、近親諸国でも、何よりも血が大切、という国もありますが、、、。
一時は時の人となった、ホ○エモンが批判した、お金で買えるものとそうでないもののうち、後者は、血や家名等だそうですが、金で買えるもの方が、健全であると。
私はホ○エモンを手放しで賞賛するつもりはありませんが、そういう事実もあるのかな、と思う次第です)
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欧米人学者も冷ややかに見よう (mugi)
2008-07-24 21:47:38
>のらくろさん

キリスト教圏の魔女狩りくらい、女性迫害の最たるものはない。同じ一神教でもイスラム圏が殆どなかったのは対照的です。パウロが徹底した男尊女卑主義なのは時代もあったにせよ、それが連綿と受け継がれ、魔女狩りに繋がった。
優れた女性君主として定評のあるマリア・テレジアは敬虔なカトリックでもあり、ユダヤは迫害しています。

日本がドイツやイタリアと同盟したのは、対米関係の悪化が大きいはずです。日英同盟も消滅、敵の敵は味方、バスに乗り遅れるな、とばかり独伊と同盟した。現時点から見れば拙劣な外交となりますが、実は第一次大戦前のトルコも似たような状況でした。英国との関係が悪化するにつれ、ドイツに接近し戦争に巻き込まれました。
ナチズムに影響を与えたチェンバレンは、フランスの人種主義者ゴビノー伯爵の影響を受けていると見られますが、この伯爵、母や妻もクレオール(白黒ハーフ)なのです。

カトリックもさることながら、政府や世論におもねった欧米の学者どもの曲学阿世も面白いですね。
合理性、論理性を自認する欧米人の実態など、この程度なのですよ。にも係らず今でも日本の少なからぬ知識人は、欧米は感情論などせず、論理的に思考すると幻想している。屁理屈を論理的と吐き違え。

まぁ、子供を持ち男性もいる職場で働く女性だと、どうしてもオッサン化してきますからね。そうでもなければ、職場でやっていけない。
子供もいないのに旦那にぶら下がったまま、ネットに明け暮れているものぐさ妻より、遙かに立派です。

それにしても、日本の録画技術が発達した背景にAVの隆盛があったとは知りませんでした。日本をポルノ大国とレッテルを張りたがる欧米の意図がこれで分りましたよ。
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純血主義 (mugi)
2008-07-24 21:49:23
>こんばんは、Marsさん。

血縁主義がない国など、世界中の何処にあるのでしょう?
儒教、イスラム、ヒンドゥー社会はもちろん、欧米も実は凄まじい血縁主義がある。未だに英国王室など、庶民出の女は同じ英国人でも皇太子妃にもなれないではありませんか。貴族でなければダメと国民自身が納得している。そして歪んだ人種主義があり、KKK、ネオナチがその典型。

仰るとおり、ナチス・ドイツが勝利したとしてもアーリア人純血主義では、長続きしなかったのではないでしょうか。
このアーリア純血主義自体おかしなモノですが、ドイツに限らず欧州人の内面に訴えるものがあると思いますね。記事や上記コメントにも書きましたが、英国やフランスにもアーリア民族至上主義者がいた。それを唱えた者が黒人の血を引いていたとはお笑い種。

安易な外国人労働者受け入れなら、既に欧州で失敗していますよ。まして日本の場合、反日教育を受けた者が来るのだから、厄難は欧州の比ではない。

ゾロアスター教は近親婚で知られますよ。クレオパトラもそうですが、古代エジプトは兄妹婚。近親婚はクレオパトラのような例外も生み出しますが、奇形の方が多い。ひょっとして、イスラムに征服されたゾロアスター教とそうでなかったヒンドゥーの差は、後者は近親婚をしなかったこともあったのかも。
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血統主義 (motton)
2008-07-24 22:04:30
日本の家(名)は法人と捉えるとすっきりすると思ってます。
血統については、天皇家という総本家が守っていますし、歴史上では千年以上ほぼ純血といってもよく、縄文からの連続性も間違いないので、必要以上に拘る必要はないのでしょう。

近隣諸国は一族の父系血統は重要視しますが、民族としては夷狄に散々侵略されたのでとてもとても純血という感じではありません。なので血統主義はコンプレックスの裏返しかとも思います。
ドイツもそうかもしれませんね。ヨーロッパの中ではローマ帝国周辺の蛮族ですから、古代アーリアに出自を求めたくなったのかも。
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法人ですか! (mugi)
2008-07-25 21:58:10
>mottonさん

成る程、日本の家(名)は法人と捉えると分りやすいですね。天皇家万世一系はオーバー過ぎますが、世界最長なのは確かです。

儒教圏の父系血統主義はコンプレックスの裏返しとは、またも目からウロコです。斬新なご意見、有難うございました。
近代ドイツが何故古代アーリアに拘ったのか不可解だったのですが、ローマ帝国周辺の蛮族だったという背景がありました。一方英国は北部を除きローマ帝国領でしたね。アングロサクソンも元は蛮族であり、ローマ崩壊後に侵入、征服したはずなのに、何故かローマ文明継承者面したがります。
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