トーキング・マイノリティ

読書、歴史、映画の話を主に書き綴る電子随想

拝啓・東大名誉教授 殿 その四

2015-02-19 21:40:18 | マスコミ、ネット

その一その二その三の続き
“邦人人質殺害”事件』と題された板垣雄三氏のコラムの中で、特に私が苦笑させられたのが、「西アジアないし中東では、ムスリム市民はこれまで日本に敬愛の念を抱いていた」の箇所。反米左派が多い中東・イスラム研究者だけではなく、右派にも中東は親日という人も少なくないが、私はこの見方にかなり懐疑的だ。
 中東の知識人に「日本は欧米とは違うとの認識」があるといえ、欧米諸国のように日本がキリスト教国でないことくらいは知っているだろう。多神教との激闘で成立したイスラムの信者には多神教徒への蔑視が強いのだ。多神教は偶像崇拝の邪教に過ぎず、ユダヤ・キリスト教徒と異なり「啓典の民」ではない。キリスト教徒は嫌いでも、ムスリム市民は多神教徒よりは信頼しているはず。身も蓋もない言い方だが、日本のカネへの敬愛の念に過ぎず、下手すると異教徒のジズヤ(人頭税)程度に見ているのではないか?という想いがぬぐいきれない。

 2009年1月20日付のブログ記事「根深汁」にみる作家・曽野綾子氏の、ガザパレスチナ)難民キャンプで出会った女教師の話は興味深い。当時もパレスチナに対する支援額は、一位がアメリカ、二位が日本だったが、女教師は口をきわめてアメリカを罵るのだ。曽野氏がアメリカの経済援助を指摘するや、この女教師はアラビア語でこう喚き出した。
アメリカが金を出すのは、パレスチナに悪いことをしたという自覚があるからだ。もっと取ってやればいい。そしてこういうことをいう女(私)は誘拐してやればいい
 
 中東オタクではないブログ管理人robitaさんは、この女教師の“激しい気性”をこう見ており、どうしても日本への敬愛の念を見出したい中東研究家よりも鋭いのではないか。
この女教師の過激な物言い、戦闘的な態度は彼女のせいではない。すべて気候のせいなのだ。彼女の気持ちなんて、肥沃な土地に住み着いて、穏やかに農耕生活を営んできた日本人にわかるわけがない。あちらにもこちらの気持ちなど理解できないだろう…

 先日『イスラーム国の衝撃』(池内恵 著、文春新書)を読了した。1月20日に初版が出たばかりで、タイムリーな話題本だった。池内氏は東京大学准教授のアラブ研究家であり、板垣氏と同じく東京出身。1973年生まれと板垣氏より42歳も年下だが、中東世界への視野、知識、分析力の全てが年齢と反比例しているとつくづく感じた。処女作『現代アラブの社会思想』(講談社現代新書)で注目を集めた池内氏が、またも佳作を出してくれた。
 邦人人質殺害事件を受け、河北新報にはイスラム研究家やイスラム通と呼ばれる知識人の声を載せているが、未だに池内氏のそれはない。彼が地方紙風情に応対しないのか、河北新報があえて無視しているのかは不明だが、中田考のようなイスラム主義者の意見は載せている。ちなみに中田は池内氏の先輩に当たるが、イスラムに改宗したためか河北ではイスラム通として好意的な扱いをされている。

 73年生まれの池内氏はブログも開設しており、2015/01/20付けの記事「「イスラーム国」による日本人人質殺害予告について」には、次の文章がある。
アラブ諸国では日本は「金だけ」と見られており、法外な額を身代金として突きつけるのは、「日本から取れるものなど金以外にない」という侮りの感情を表している。これはアラブ諸国でしばしば政府側の人間すらも露骨に表出させる感情であるため、根が深い…

イスラム国”ならともかく、援助される側の政府側の人間すらも露骨に侮りの感情を表していることには絶句させられる。アラブ諸国の政府担当者がせめて表面だけでも援助に感謝してくれるのかと思いきや、それすら怪しいようだ。どうりで湾岸戦争終結後、クウェート政府が日本に一言も礼を言わなかった訳だ。尤もこれはアラブ諸国に限らず、メディアは伝えないが、他の第三世界も五十歩百歩かもしれない。
 2005-11-27付けの記事にも書いたが、人頭税を支払う異教徒へのムスリム役人の態度は実に尊大無礼であり、このような習慣が広く行われていたのだ。先に書いた私の日本の援助金=ジズヤ視説は、残念ながら的外れではなかったようだ。

 日本のメディアに登場する“中東通”の人々は安倍首相の中東訪問を散々非難していたが、池内氏は2015/01/20付けの記事でこう反論している。
安倍首相が中東歴訪をして政策変更をしたからテロが行われたのではなく、単に首相が訪問して注目を集めたタイミングを狙って、従来から拘束されていた人質の殺害が予告されたという事実関係を、疎かにして議論してはならない
その五に続く

◆関連記事:「明治の日本人が見たイラン
 「福沢諭吉たちの見たエジプト
 「日本でイスラムが敬遠される理由

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4 コメント

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中東自転車旅行記事 (スポンジ頭)
2015-02-21 22:58:24
 こんばんは。ご無沙汰しております。記事は拝見しておりましたが、昔ほど書き込む気力がなく、失礼しておりました。mugiさんのご健筆ぶりが羨ましい限りです。

 ところで、このような記事をネットにありました。

「旅に出てから知ったイラン・トルコ・アラブ諸国とイスラムについて」
ttp://gigazine.net/news/20150204-islam-arab-iran-turkey/

下記は今までご当人が旅行した地域です。
ttp://shuutak.com/

 イスラム諸国の日常取材でそれ自身興味深いのです。しかし、それとは別に、筆者は中近東のイスラム諸国でアジア系と言うことで非常に不快な目に遭遇しています。

>イラン、トルコ、アラブ諸国では、東洋人を馬鹿にしているようで、歩いてるだけで不快になる経験が何度もありました。
>つい最近まで居たヨルダンでは、人間不信になりかけました。

私も筆者の記事を全て読んではいませんが、ここまで強い不快感が記載された記事は中東以外見た覚えがありません。iPhoneを盗まれ難儀した治安の非常に悪い中南米、反日教育の中国、何かと問題の多いアフリカでさえもです。アフリカではアルジェリア(?)といわゆるブラックアフリカで中国人に間違えられ不愉快な思いをしていますが、それでもここまでひどくありません。尤も、アルジェリアの場合は中近東と同じ性質のものかもしれません。

 ちょうどmugiさんの記事を読み、似たような話だと思ったので書き込みました。
 
 ただ、

>一方で、旅人に親切にしてくれるのも事実。一帯では何度も食事をご馳走になったり、何度も家に泊めてもらいました。見知らぬ旅人を信頼して家に招き入れる行為は、見方を変えると危険と隣り合わせ。だからこそ、お世話になったことは忘れることはできません。

ともあるので、異民族の興亡が繰り返され、激しい戦争の結果生き残った人々は一筋縄ではいかないと思ったものです。
返信する
Re:中東自転車旅行記事 (mugi)
2015-02-22 21:46:49
>こんばんは、スポンジ頭さん。

 お久しぶりですが、お変わりありませんか?マイナーネタが中心の、この駄ブログを読まれ続けて頂き光栄です。書くことは私のストレス解消だし、健筆よりも書き殴りです。

 面白記事の紹介を有難うございました!日本の親中東派や日本人ムスリムは管理人のような報告はまずしないし、とかく親日ぶりを強調しがちなので、一般人のこのような体験談は貴重です。

 かなり前にみた日本人外交官の話では、インドや中東の人々は「アジア人」と呼ばれることを嫌がっているそうです。彼らは白人と同じ人種に属するという意識があり、パーティーでもアジア系とは距離を置いていたとか。インド・イラン人は印欧族だし、アラブ人も彫りが深いコーカソイドです。トルコ人は元はモンゴロイドでも混血を重ねたため、今ではほとんど白人に近い容貌。以前の貴方のコメントに、トルコ人の白人への強い憧れのお話がありましたね。
 
 私が記事で引用する大島直政氏も、とにかく外国人をぼったくるトルコ人の話を書いていました。外国人と現地人では値段が違うのが当たり前。大島氏も現地人と親しくなるにつれ、バザールで買う商品の値段が下がってきたといっていました。
 池内恵氏も処女作でエジプト在住時代の興味深い体験談を書いています。氏が住む近くには小・中・高校が集まっていて、通りを歩くと授業中にも関わらず生徒たちは外国人とみて、一斉にはやし立てたそうです。しかも窓からは、顔や手だけではなく足まで出して。

 一方で大島氏は、旅人にとても親切にする中東の人々のことを書いています。明治時代にイランを訪問した日本人使節の報告にも、親切な現地人の話がありました。異民族の興亡が繰り返された土地柄では、人間はその環境に相応しい生き方になるのでしょうね。
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池内 恵准教授 (スポンジ頭)
2015-02-23 21:07:04
 mugiさんのブログで池内准教授のお名前を知り、ご当人のブログを読みましたが、新進気鋭、鋭く要点を纏める力のある方だと感じました。ある意味、朝日新聞等の媒体に代表される思想のマスコミには不向きかも知れません(笑)。
 左右に偏らない目配りのできる方と推察します。
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Re:池内 恵准教授 (mugi)
2015-02-24 22:19:19
>スポンジ頭さん、

 池内氏自身も昨年06月30日付けのブログで、こう述べていました。
「私の上の世代も下の世代も『世界』『朝日新聞』の覚えがめでたい。私の方はというと、ほぼ出入り禁止になっている。
まあ他にも行くところはいくらでもありますからいいんですけどね」
http://blogos.com/article/89582/

 また池内氏はフェイスブックもしており、氏のそれを引用したブログ記事がありました。ここで私の気を引いた個所があります。
「そもそも私の名前を出して売れるのか。しかし内×氏や内×氏と一緒にして反米扇動本の扱いで中田さんの本を売ろうとしなくなったことで、私もささやかながら貢献したと思うことにしよう」
http://d.hatena.ne.jp/itunalily/20150218

 伏字にはなっていますが、内×氏とはまず内田樹でしょう。内田のような「思想家」はともかく、日本在住のムスリムについての言及もありました。このようなことを“親イスラム”は決して言いません。
「「知り合いのムスリムに聞いた」とかいう話を信じてはいけません。日本人はイスラーム教に全く無知だし、今後も無知でいて欲しいと思っている在住ムスリムは多い。何を言おうが異教徒には分かりやしないという馬鹿にした姿勢も目立つ…」
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