その一、その二、その三、その四の続き
河北新報に板垣雄三氏のコラムが載ったのと同じ2月3日、池内恵氏は「「イスラーム国」は日本の支援が「非軍事的」であることを明確に認識している」というブログ記事を書いている。73年生まれの氏はネット情報の収集もしっかり行っており、その上での結論がタイトルとなっているのだ。記事の最後近くで、池内氏は次のように述べている。
「重要なのは、「イスラーム国」がある意味最も冷静で、「非軍事的」であることを認識し、英訳できちんとそう記しているということです。そもそも「イスラーム国」が「非軍事的」と言っているのに、「自分には軍事的に感じられる」と騒ぐ人は、一体どうしているんでしょうか。
ワイドショーやニュース番組などのいい加減なフリップが作る「空気」に流され、検証がないままに、多くの論者がいつの間にか「軍事的な援助だと誤解された」という無根拠な情報を事実であるかのように信じて議論をしてしまっている。それが国会論戦にまで反映されてしまっている日本。それに比べて、紛争地の武装集団に過ぎない「イスラーム国」の方がはるかに情報収集・分析力において優れている、という気がいたします」
日本よりも、「紛争地の武装集団に過ぎない「イスラーム国」の方がはるかに情報収集・分析力において優れている、という気がいたします」の箇所には思わず吹き出してしまったが、このような“事実”をいう研究者では、日本のメディアに敬遠されても当然だろう。池内氏と板垣氏の見解はまさに月とすっほん。板垣センセイはネットを使えるのかも疑問だし、孫のような年代の現東京大学准教授に及ばない。また池内氏は2月6日付の記事「『中東 危機の震源を読む』が増刷に」で、日本の中東学会の実情をこう述べている。
「このような議論は「西洋近代はもう古い」「イスラーム復興で解決だ」と主張していた先生方が圧倒的に優位で、「イスラーム」と名のつく予算を独占していた中東業界や、中東に漠然とオリエンタリズム的夢を託してきた思想・文学業界では受け入れられませんでした。
しかし学問とはその時々の流行に敏感に従うことや、学会の「空気」を読んで巧みに立ち回ることではないのです。学問の真価は、事実がやがて判定してくれます…」
wikiにある板垣氏の来歴に、「日本中東学会会長、日本イスラム協会理事長、アジア中東学会連合会長」ともあり、こんな教授殿が日本中東学のドンになっていたのだ。池内氏が指摘したように、とかく日本の中東研究者はイスラム思想やイスラム世界を過度に理想化する傾向があり過ぎる。そんな風潮に心底飽き飽きしていた私には、池内氏の著書は大満足させられた。
実は池内氏の前にもイスラム世界を過度に理想化しない研究者はいた。私が度々ブログで引用するトルコ史研究家の故・大島直政氏がそうで、“革命”の言葉に感情移入してしまう進歩的文化人や日本のマスコミを批判していた。さらに大島氏はイスラム・パワーのみを伝えるマスコミ、日本人ムスリムにも厳しい目を向けている。その一部を紹介したい。
「日本人のイスラム教学者で信者と称する人びとは、たとえ異民族、異国籍の者でも、互いにイスラム教徒と分れば、すぐ兄弟同然に打ち解ける等と主張するが、あれは我田引水に他ならない。或いは観察力に乏しく、アバタもエクボ式の見方しかできないからだろう」(『イスラムからの発想』136頁)
未だに池内氏の著書はもちろん名前さえ載せない河北新報は、2月16日付で『イスラム戦争-中東崩壊と欧米の敗北』(内藤正典 著、集英社新書)の広告を出していた。「内田樹氏推薦」「ハサン中田先生のこと」のコピーだけで見る気が失せたし、アマゾンの紹介だけで、いかにも…の内容なのが知れる。
この類は欧米メディアの偏見や軍事侵攻、過去の植民地支配への批判を繰り返すのみで、思考停止状態なのだ。日本でまかり通る「欧米視点」を正しているつもりだろうが、イスラム世界を過度に持ち上げたり、未だにオリエンタリズム的夢を託している「日本左翼視点」はさらに酷い。
欧米が第三世界に偏見を抱き続け、平然と軍事侵攻を繰り返すのは私も憤慨している。中東には全く関心がなく、PCに触れたこともない昭和一桁生まれの私の母は、今回の安倍首相の中東訪問には怒りを露わにし、「あんなトコにカネをけてやる(※あげる、の意。仙台弁)なら、こちら(被災地)に出せばよいのに。全く安倍くんときたら…」
私も母の言葉に完全に同感だが、哀しいことに一庶民の声が届かないのが国際政治なのだ。もし首相が今回の中東訪問を止めて、支援金を出さなかったとしても、中東での日本の株は上がったのだろうか?米国における中東の重要性が下がったとしても、今の石油文明に依存する日本は中東は依然として重要な地域なのは変わりない。日本の中東政策の要はズバリ石油であり、石油確保が最重要なのだ。石油を必要としなければ、中東に関心を持つのは変わり者くらいだろう。
その六に続く
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