新聞で加藤周一の作品が取り上げられていて、読みたくなり、アマゾンを見ているうちに興味が他に移り、本書を注文していた。よくあるパターンだが、自らの趣味が選択の食指を偏らせてしまうのを良い意味で逸脱させてくれる、新聞の捨て難さを再認識した。
幼少期から終戦までの回想である。いわゆる、“わだつみ”の世代だが、医師であり(おそらくは病弱であったことで軍医にもならずに済んだ)、学徒出陣とも感情的にはリンクしていない。善し悪しは別として、超然としており、回想はそれゆえ極めて冷静で何ものにも染まっていないのが、この時代を描写したものとしては特異であろう。
といって、著者は反戦の立場から(のみ)世相を斜に構えて見ていたわけではなさそうだ。
小学校へ行くようになると、私はただちに、他の子供たちが、私と父との間での話題に、なんの関心ももっていない、ということを知った。私は、彼らが問題そのものを発見していない、ということを発見し、いよいよ父との会話を楽しむようになった。
これは単に早熟の為す結果ではない。著者は続けてこう書いている。
すべての成人には幻滅がある。しかし多くの人々は、幻滅をごまかすのに充分なほど忙しい仕事をもっている。私の父には、忙しい仕事がなかった。彼は幻滅をごまかす代りに、理論化しようとしていた。私はといえば、その父の圧倒的な影響のもとで、人生に夢をもつことからはじめて、次第に幻滅を感じるというよりも、先取りした幻滅をもって人生をはじめ、次第に夢をみずからつくりあげるということになるだろう。私自身が小児であったときほど、私にとって、子供のすることがばかばかしく「児戯に類し」てみえたことはない。
幻滅を先取りしてしまうこと。それが場合によっては知性を鍛えもするのだと、読了して、俄かに勇気づけられている自分に気づいた。
青春の過程で、著者は“忠臣蔵の芝居を見る前に芥川龍之介の「大石内蔵助」”を、“騎士物語を知るまえに、「ドン・キホーテ」”を知ってしまったとも表現している。それが“長い迂回”を必要とさせたとあるが、バスに乗り遅れるなという世相の中で超然としていられたのは、まさに長い迂回がもたらした教養や思惟の深さ故だったろう。
先取りしてしまった幻滅から歩み始め、希望を自ら再構築していかねばならなかった「羊の歌」は、終戦を迎え、ようやく本当の一歩を踏み出すかに見える。その後の歩みを知りたいと思った。
続編や、評論等にも目を通してみよう。
