人の勧めで手にした。
その人は自ら服をデザインし、製作したり、美術館を巡ったりする人だ。どんな本を読むのだろうかと思って、「おすすめは?」と問うたときに、この本が挙げられた。
だから読み始めて意外だった。勧めてくれた人のイメージと、合致しない内容だったのである。
南極観測隊に、料理担当として参加した海上保安官が書いた痛快なエッセイである。当初ネットに掲載していたものが小規模な出版社から書籍化され、(経緯は知らぬが)大手の目にとまり、新潮文庫として再販された。
つまり、いわくつきなのだ。芸術家肌の人が私に勧めてしまうだけのものであり、大手出版社が目を付けるだけの価値があったわけなのだ。
読み終えて、それが具体的に、どれで、それが如何に素晴らしかったのか、私はまだ説明できそうにない。
しかし、ひとつ、肉体感覚としてわかるのは、食が人間の情熱に関して、燃料にも着火剤にもなり得るのだということだ。私はそのへんを、永らく軽視してきたように思う。そういうことが相対化され得る読書体験ではあった。
また、この読書のタイミングは、ちょうど仕事もプライベートもハードなときで、ぎすぎすしたところに油をさしてもらったような効用もあった。著者が、あんな過酷な任務に抜擢されているのは、その人間性のゆえなんだろうと思った。
