金属中毒

心体お金の健康を中心に。
あなたはあなたの専門家、私は私の専門家。

ag115

2008-12-06 20:58:20 | 鋼の錬金術師
ag115

Housaku1034


やさしくするよ。あなたを傷つけたりしない。だから僕にゆだねて。あなたの身体を。心までほしいとは言わない。ココロはあなたの大切な人たちに任せるよ。でも身体は、いまぼくのものだ。

つらい?僕を兄さんだと思ってみて。ね、僕はあなたのためなら誰にでもなるよ。あなたの保護者にもあなたを愛している人にも、あなたが愛している人にも。

あなたはなにもしなくてもなにもかもぼくにまかせて。きっとこうふくにするよ。

そんなに兄さんがいいの。僕もあなたをこんなに大切におもっているのに。

あなたはなにもしなくてもいい。ぼくにまかせていればいいんだよ。・・・心配?傷つけられないか疑ってる?だいじょうぶだよ。僕の手はにいさんのものだから。




いかにしてエドワードのこうもんをフレッチャーに掘らせるかで、頭がフリーズしました。結局段階別表示という逃げを打ちました。それにしても、本来のホームページを何とかして修理しないと。

インスタント

2008-11-23 14:39:42 | 鋼の錬金術師
うっすいコーヒー、まずいお茶!!
東方司令部名物として、よくぶつくさいわれるこの2品だが、さて、このコーヒー、インスタントだろうか?
時代背景的にはインスタントも在り得るが・・・、

 アメリストンという、薄いコーヒーから連想されるインスタントコーヒーの出所はアメストリス。しかし発明したのは日本人である。緑茶のインスタント化を研究していた時に、なぜかコーヒー抽出液を真空乾燥する技術を発明。1901年の博覧会で「可溶性コーヒー(soluble coffee)」として発表したのが最初である。その後、軍事用品として製造され、第二次世界大戦後に一般に広まった。この偉大な発明家は、加藤と言う苗字しか知られておらず、特許をとったのも彼とは関係のないアメストリス人であることから、彼自身は経営センスのない学士様だったのだろう。

えせ、
百貨辞典より。

エドワードがキメラのゴリさん達とお世話になった年寄り夫婦の医者の妻の方が、袋入りのコーヒーを入れるシーンがある。あれを見る限り、粉モノらしい。コーヒー抽出用の道具は見当たらない。
という事はインスタントの可能性が高い。
錬金術世界ではこちらの世界よりも早くインスタントが普及したらしい。


ハガレン再アニメ化

2008-08-22 20:27:35 | 鋼の錬金術師
やけにコマーシャルが増えた。もしや?と予測はしましたが、今ギアスサーチからハガレンネットに飛んで「再アニメ化」の文字に納得。人気ありますしね。
ところで、原作に沿ってということは、ラッセルの出番は無いでしょうね。
うーん、実のところそのほうがいい気もします。あのアニメの絵のままでしたら。合わないんです。小説版のイメージと。
銀色の姿。守ると決めた存在を逆に苦しめていた、おろかで、愛しい兄。
・・・ライのイメージと重なってしまって。
ともかくもこの情報のおかげでコードギアスが終わってからも、生きる気力が出てきます。
大げさな言い方のようですが、生きる理由とは案外その程度の方がいいのでは。

ともかくも、今は皇帝失格を楽しみに生きてます。

housaku1033

2008-06-28 00:52:24 | 鋼の錬金術師
Housaku1033

Housaku1033

ノリスの街に入ると同時にラッセルは馬賊?の集団に襲われた。覚えておいでだろうか?シン国皇帝第一皇子の第一子が馬の暴走でエリスの街から離れた事を。
 彼は砂漠でふらふらしているところをある集団に拾われた。それが本物の馬賊であったことは別に驚くに値しない。昨今では密貿易の隊商と馬賊ぐらいしかこの辺りにはいないからだ。
第一皇子の第一子はあまり頭のいい青年ではなかった。彼はべらべらと自分の身分を明かした。馬賊は何らかの利益を読んだ。彼らはノリスの街でラッセルを待ち伏せて襲った。
 乾いた空気に響く銃声、うぉーりゃー、という掛け声。ずいぶんわかりやすい典型的な馬賊だった。運転手の中年男が顔色を変えた。彼の受けた依頼はただラッセルをあるルートで運ぶ事。それだけだった。大型銃で撃ちまくられる危険手当など受け取ってはいない。といっても、『俺は関係ない』と叫んでみても通用する相手ではない。こうなったらこの月の化身のような、銀色の青年の戦闘力に期待するしか・・・。運転手の中年男は絶望した。

「・・・、あれ、なに?」
てめぇぼけとんのか!
状況をまるで掴んでいないラッセルの声に、運転手はハンドルに派手に頭をぶつけた。
実際、このときのラッセルは半分以上ぼけていたといっていい。意識の半分以上はもうセントラルの黄金達のもとに飛んでいたからだ。
 「敵だ!盗賊だ!」
運転手は叫ぶと同時に大きくハンドルを切った。無茶な加速にタイヤがきしむ。加速についていけず、ラッセルは頭をぶつけた。それでようやく現状を把握した。
3秒後、
ラッセルの口からは文部省から苦情が出そうな、たちの悪いスラングが飛び出した。
「        !俺の邪魔をするな!」
声が馬賊に届いたとき、ラッセルはすでに戦闘モードに入っていた。
意識は高揚し脳の回転が過熱する。極度の興奮。高揚。だが、外見は涼やか。この特徴はラッセルの生涯を通じて存在した。


月の化身さながらの美形から飛び出したスラングのあまりの品格のなさに、運転手はこんな状況ではあるのに大いに吹いた。直後に凍りついた。底知れぬ銀の瞳が見据えている。極低温。そして、それからの展開はあまりに速かった。
「高い所に行け」
こいつやっぱりファーストの養い子だ。
命令形がさらりと出てくる銀の青年に運転手は寒気を感じる。ファーストは裏社会でさえも化け物と呼ばれていた。
『桁が違いすぎる。悪とか、犯罪とかそういうレベルじゃない』。ファーストを知る物は皆恐怖心を抑えられないまま呟く。『単にあいつは化け物なんだ』。
外見だけ見ればセラン工房の精霊ドールさながらに美しいこの青年。銀のラッセル。だけれども中身は間違いなくあのファーストの養い子。運転手は今更ながら、とんでもない者とかかわってしまったと後悔した。

注がれた毒 housaku1032

2008-04-27 23:30:14 | 鋼の錬金術師
Housaku1032
注がれた毒

エリスの街からの帰途は車だった.ラッセルが患者達を診て一人一人に声をかけた後、下に下りてみるともう車は用意されていた。一刻も早く大切な黄金達の所へ帰りたいラッセルは迷うことなく車に乗った。市長にも白水にも帰る事は言ってある。ラッセルにとって今は早く帰る事だけが問題だった。
 車はすぐエリスの街を出た。だからラッセルは知らなかった。車が走り去った後、市長に言われてやって来た運転手がすでに車が無いことに驚いた事を。市長と白水が、ではトリンガムは誰と帰ったのかと疑問符をうかべたことも。

 帰りに立ち寄ったオアシスにはちょっとした街があった。そこでラッセルはこんな噂を聞いた。
 『あのイシュヴァールの英雄は革命を起こすつもりらしい。そのときに、シン軍を介入させるつもりだそうだ。シンへの代価は若返りの術を使う錬金術師をシン皇帝に売ること。鋼の錬金術師が死んだらそいつを送るそうだ』。


ラッセルは長年、といっても客観的に見ればほんの短い間だが、情報の中継屋をやっていた。たった一つの噂だけで信じるような愚か者ではなかった。しかし、逆に言えば確認できれば噂を信じるタイプだった。またこの噂には真実の分子が含まれていた。マスタングが至高の座を目指している事、大総統が倒すべき相手をあることは紛れも無い真実だった。
エリスからノリスの町への帰途、車はいくつかのオアシスに立ち寄った。これはこの時代のエンジンの性能からいって不可欠な事である。さもないと沙漠の真ん中で立ち往生しかねない。だが選ばれたコースそのものに毒がしこんであることに、ラッセルは気が付かなかった。




裏切り者!
裏切ったのは俺じゃない、あいつだ。
何のために!
オレはエドのためだけに。あいつのためじゃない!
この国の運命。そんなものしるもんか!
ラッセルの言葉は激しい興奮のため途切れかけた。
神経が高ぶりすぎて声が出なくなっている。



『ロイ・マスタングは鋼の錬金術師が死んだ後、・・・シン国軍を反乱に利用しようとしている。そのために若返りの術を使う術師を、銀時計を持つトリンガムをシンに売る』。
この噂は事実として確認された。幾つもの情報拠点でラッセルは事実を確認した。その結果ラッセルの精神は一気に激興した。
 運転手の中年男が、ゆがんだ笑みを浮かべたことにラッセルは気が付かなかった。
ラッセルが憤ったのは、自分をシンに売るとしたくだりではない。怒りの元は『鋼のが死んだ後』と言う部分だ。
ラッセルはロイの部下でも友人でも仲間でもない。その彼らをつなぐのはエドワード。ロイはエドの法的な保護者で守り手だ。ラッセルはエドの肉体と精神を特殊な錬金術で支えている。
 ロイとラッセルはエドを守る同士で、同時にライバルでもある。そのライバルの部分をより強く意識しているのはラッセルの方である。逆に言えばロイがエドの守り手であることを一番認めていることになる。だからこそ、この裏切りは許せなかった。
 『エドが死んだ後』それをロイが言ったということが、エドの死を前提にしている事が許せない。
 さて、ラッセルより冷静である事は間違いないブログ読者様に申し上げる。はたしてこの噂は裏切りになるのか?
 落ち着いて考えれば否である。ラッセルはこういった事態に冷静な判断を下せなくなっていた。このことを捏造自伝はこう説明している。
『このころの私は、脳の半分以上をエドの肉体の維持に使用していた。そのために思考に乱れが出ていた。また常時繋がっている状態である以上、思考に影響が出るのはやむを得まい。このころの私が幾分衝動的にまた感情的になったのは、エドの影響が大きな原因であった』
入力者は基本的に捏造自伝の作者に賛成しているがこの項目だけはいただけない。というのも、ラッセルがエドに抱く感情からして上のような文章を書き残すとは認められない。しかし、むしろそれでもあえてこの文を残したのなら、これが真実という読み方もある。判断はトリンガム文書の研究の進みを待つことにする。



ラッセルは急速に日の陰ってくるオアシスの1遇に座った。彼は無意識に両手に一ぱいの砂をすくい上げた。さわやかな感じで今まで味わった事の無い重量だ。きめの細かい砂、ご婦人方の使う化粧品よりもっと細かい粒子。
 すくい上げると指と指の間からさらさらとこぼれて落ちる。無生物の魂。この時代の詩人のカノンがその砂を表現した。『彼らは 何を訴たえるのか何かを囁くのか 』詩はこう結ばれている。
 運転手がラッセルにコップを差し出した。水かと思って受け取ったラッセルは白い液体とそれにいっぱい入った細かい葉っぱを見た。それはこの地方の名物、アイランだった。
  アイランは、ヨーグルト・ドリンク。地方によって若干の違いはあるが、セントラルのヨーグルト・ドリンクとの最大の違いは砂糖味ではなく塩味だということである。砂漠地帯の飲料として、ビタミンも塩分も取れ見た目をすずやかなアイランほどふさわしい飲み物はない。     百科事典より。


あと30分も走ればノリスの街に着くと運転手が自分もアイランを飲みながら言った。


ユリイカ housaku1031

2008-04-02 23:27:17 | 鋼の錬金術師
Housaku1031
ユリイカ

ユリイカ ラテン語で理解した、解ったという意味である。
この日の朝、ラッセルは硬い寝床の中で、この言葉を叫んだ。
(俺は正気を失くしたわけじゃない。逆だ。いままでより以上にエドワードを理解して想っていつくしんで、だからあいつの事がここまでわかるようになった。今までの異常な幻覚、あれはエドの視界だ。俺はあいつの視界を共有していたんだ。)
 それを教えてくれたのは弟の声。昨夜、また幻覚を見ていると思った。目を開いていても目の前の老女は見えない。見えるのは闇ばかりだった。以前にもこんなふうに急に見えなくなる事はあった。だが、今回は弟の声が聞こえた。はっきりと。

兄さん、ぼくの声聞こえる?ぼくたちね、誘拐されたんだ。大事にしてもらってるけど。ここがどこかわからない。でもセントラルからそんなに離れていないはずだよ。気候が変わらないし、欲しいって言い出してから1時間以内に保存の効かないお菓子がもらえるから。ほら、3週間くらい前に准将がケーキを買ってきたでしょう。あの店の極薄クレープを欲しがってみたんだよ。味がまったく落ちてないから作ってから1時間とたっていないよ。
 あの時、兄さんずいぶん怒ったよね。『カロリーの高いお菓子を食べさせるなって。カロリー計算が狂うし、消化器系にも負担がかかるから、絶対禁止です』。こんなことで准将に怒鳴りつけるなんて、兄さんだけだろうねぇ。でもそんな事言っておきながら次の日には兄さんがマカロンをお土産にしたよね。マカロンのカロリーはケーキより高いのに。
 エドワードさん、とってもかわいいね。あんなかわいい顔で喜ばれたらつい甘いものも買ってきたくなるよね。
かわいくて、大事で、エドワードさんが、いちばん・・・。
守るから、僕がかならず守るから。だからにいさん・・・

だからにいさん、その続きの言葉は聞き取れなかった。焦点の合っていない目をしたラッセルを心配した老女が早く休むように声をかけたからだ。だから、ラッセルは知らない。弟が言いたかった事を。弟は「自分達は大丈夫だから、兄さんは心配しないで。一人で助けに来るなんて、あの時みたいに無理はしないで」。そう言いたかったのだ。だが、ラッセルは弟が助けを呼んでいると思ってしまった。

そして翌朝、いままで自分自身の正気をうたがっていて、その不安から不安定になっていたラッセルは、一晩で真実を悟り自信と強気を取り戻した。その姿は、月の光の下でだけ開く花のようだったと晩年に白水は書き残している。









注がれた毒

マスタングは鋼の錬金術師が死んだら、若返りの術を使う錬金術師を送ると約束した。その代償はマスタングが大総統になるための戦いへのシン軍の介入。


裏切り者!


その叫びはラッセルののどからは出なかった。極端に興奮すると人は叫ぶよりも声を失うものだ。このときの彼もそうだった。

としよりのひやみず Housaku1030

2008-03-31 23:07:34 | 鋼の錬金術師
Housaku1030
としよりのひやみず
勝利 罪 法 責任 賠償 こども 小人 道化
 
完全に勝ったよ。
シャオガイにそう言われてもラッセルはまだ茫洋と立ちすくむだけだった。
ラッセルにはさっきの水の壁すら見えていなかった。彼はたったひとりのおとうとの幻覚だけを見ていた。
(肝心なときにほうけちゃってるよ。困った人だな)
ラッセルはまるっきり役に立ちそうにないので、シャオガイは彼をある老女に預けた。
老女は一晩ラッセルを預かり、その間に≪女の子≫として知るべき教育を施してくれた。別れ際に彼女は自分の勘違いに気付くが、教えてしまった事はどうしようもない。この教育の内容はセントラルに戻ってから軍の秘書課などの女性達に伝えられ、彼女たちのアメニティを向上させた。細かい事はいずれ後記するが、一例として生理の出血を自分の意思でコントロールする筋肉の使い方がある。[これは過去に実在した知識である。日本でも大正時代ぐらいまでは女から女へと口伝で伝わっていた。それにしても、そういう知識を男であるラッセルから教わるとは・・・。秘書課の女性達にもラッセルは男として認識されていなかったのだろうか(入力者・・・笑)]


「そうか、としよりのひやみずってこういう事を言うのか」
翌朝、昨日とは別人のように元気を取り戻したラッセルは白水を見たとたんに開口一発、納得したようにうんうんとうなずきながら言った。
この言葉を聞いた白水はもう二度とこの若造とかかわるものかと深く誓ったという。〈と言いつつ、この後あちこちで顔を合わすたびどうにもこうにもほっておけなくてつい面倒を見てしまうのだが〉
昨夜の洪水作戦で白水はぬれねずみになった。大量の水を結界で囲い込み、放すタイミングを計り間違えた。おかげで真冬の1月、しかも吹きさらしの沙漠で寒中水泳する羽目になった。〈アメストリス人はかなづちが多いが、白水は泳げる。〉
 幸い熱は出なかったが、鼻水はずるずるだしくしゃみは連発して出るし、おまけに冷えたのが悪かったのか腰まで痛む。
白水はすっかり不快になっていた。

「すぐ帰る。
おとうとが俺を呼んでいるから」
何の脈絡もなく、ラッセルは白水に告げる。それを聞く白水はこの上なく不機嫌だ。
白水の不機嫌の原因はさっきの『年寄りの冷や水』発言。そして、豹変とも言いたくなるほどのラッセルの変化だ。
そもそも≪年寄り≫に無理をさせたのはこの若造なのだ。それなのに責任の1グラムすらも感じていないかのようなこの態度。それはまぁ、そもそもこの1件は白水の依頼というよりお願いだったから、用事が済んだら帰るのは当たり前ではあるが。
(だが、何だ?昨日までと全然違うこの印象は?)
昨日までのラッセルは神経質で不安定な子供に見えた。それが今朝は自信たっぷりの青年に化けた。昨日までは白水の事を年長者にして専門家として尊敬の念を示していた。しかし今朝は同じ立場にある者として対等、いやむしろ強気を示している。
「白水、あなたはお疲れでしょうから3日ぐらい休んでから戻ってください。痛み止めと風邪薬を置いておきますから。それと街の人たちの薬は市長さんに預けてあります」
市長といってもこの街が寂れる前の市長の息子がその名を受け継いだだけだが、いちおうみんなの世話役とまとめやくになっている。白水に手紙を書いたのもこの男で、ついでに言うとシャオガイの父でもある。
いつの間にかラッセルの言葉は指示口調になっていた。

それでも白水は訊いてみようとした。帰り道はどうするつもりなのかと?
自信たっぷりの青年に化けたといっても、ラッセルの顔色の悪さとあまりにも細すぎる身体の線が改善したわけではない。
むしろ肉体の状態から精神が乖離したようで、改めて見直してみると昨日までよりも不安定にそして不自然に見えた。
だが、白水ののどからはかすれた音が出るばかりで、言葉にならなかった。
「のどが腫れてますね」
ラッセルは白水の側にひざを付いた。男の手とは思えないしなやかで華奢な指が白水ののどを撫ぜた。冷たい指先の触れる感覚。その感覚になぜか白水は亡くなった妻の唇の感触を連想した。
淡い紫の光が白水ののどを照らした。治癒練成をかけられたとすぐ分かった。
「大丈夫。少しお休みになっていればのどは治まります」
にっこりと特上の微笑を浮かべてラッセルは言った。

治癒練成をかけられた後白水は5時間も眠った。白水が目を覚ましたときいろいろな事が終わっていた。
まずラッセルはいなくなっていた。車で戻ったと旧友にして市長と呼ばれる男が教えてくれた。そして旧友はさらに続けて言った。「この街からは子供が完全にいなくなった。この街は今日死んだ」
市長と呼ばれている男は泣いた。ぼろぼろと大粒の涙を落として。白水は慌てた。この旧友は子供のころから若年寄とあだ名されるほど落ち着いていた。激しい感情を見せる事は一度もなかった。最愛の妻を亡くしたときも旧友は落ち着いて、弔問客の挨拶を受けていた。その彼がなぜこんなふうに世界は死んだとでも言いたいような嘆きを見せるのか?
答えはすぐに旧友の口から出てきた。
「あいつは、人を殺した」


罪 法 責任 賠償 こども 小人 道化
 昨夜、起きた事だ。
馬賊達を見事にひっかけたラッセルは、すっかり惚けていた。しかたないなと、シャオガイは3歳の子でも扱うかのように彼を扱い、博物館で元の服に着替えさせた。
(赤ん坊より手がかかるよ)内心ぐちりながらシャオガイは手際よくいくつもの用事を済ませた。
 そのとき予測しなかった事が起きた。ラッセルを襲い、シャオガイの作戦に倒れた馬賊の青年が不意に起き上がった。
馬賊の青年はすぐさま戦闘態勢に入った。しかし、それを真正面から受けるラッセルはいまだに惚けたままだ。のどに巨大な手をかけられて、ラッセルはようやく現状に気が付いた。ラッセルは慌てなかった。そういう点、彼はけんか慣れしていた。驚きを0,1秒で消すとすぐさま攻撃に転じた。手刀を鋭く打ち込んだ。数年前のゼノタイムで、エドワードはラッセルの蹴りの攻撃に悩まされた。そして拳の攻撃も蹴りに劣るものではなかった。
 そう、奇妙な練成陣の暴走発作がおこる前のラッセルなら、体格差を問題にせず5分以内に勝利していただろう。
しかし、いま、馬賊の青年はラッセルの攻撃をせせら笑った。
スピードも打ち込むポイントも優れた拳だが、(しょせんは女、力が無い)。
馬賊の青年はラッセルの両手首を片手で引っ掴んだ。きりり、ガラスがこすれあうような音がした。
 シャオガイはこの戦い、というより一方的な暴力行為を少し離れた位置から隠れ見ていた。苦痛を示すラッセルの表情と、暴力に酔ったような馬賊の顔を見た。空いているほうの手で馬賊はラッセルを叩いた。平手であっても力が並ではない。重ねて握られていた手首が音をたてる。骨が折れてはいないかとシャオガイは隠れ場所から一歩乗り出す。この時シャオガイはロープを見つけた。それは耳欠け達が生きていたころ作った遊びの仕掛け。このロープを引くと2階の中空にぶら下げて展示してある50キロもある青銅の大鍋が落ちてくるのだ。仕掛けはまだ生きていた。
 このときラッセルが反撃した。自分を捕らえている馬賊の手をおもいっきり引っかいた。馬賊はラッセルの顔を見て哂った。ねずみに威嚇されたライオンの表情を浮かべる。そのまま片手でラッセルを投げた。ラッセルは5メートルも投げ飛ばされ動かなくなった。
(まさか!)
死んだのか?とシャオガイは身を乗り出した。かすかに呻き声が聞こえた。ラッセルは生きている。だが、もう戦うのは無理だ。馬賊が展示コーナーのガラスをこぶしで叩き割った。そして割れたガラスの大きなかけらをナイフのように持ってラッセルの方へ行こうとした。
(耳欠け!)シャオガイはもう悩まなかった。子供は目の前の太いロープに思いっきりぶらさがった。機械が大好きだった耳欠けの作った仕掛けは正確に動いた。
3秒だった。ドーンンと床が揺れた。シャオガイは舞い上がる埃の中、青銅の大鍋が馬賊の後頭部をかすめるのを見た。馬賊はばったり倒れた。
シャオガイはリスのようにロープから降りた。馬賊が完全に気絶しているのを確かめ、ロープで手首と足首をしばった。ラッセルはどうやら気を失ってはいなかったらしく自力で立ち上がった。ラッセルはまず両手の埃をはらい、髪をもてあそんだ。それからようやく敵である馬賊が気絶して縛られているのを見た。その目がシャオガイをかすめて、もう一度床でのびている敵を見た。
「ざまあみろ」
透けるように白い肌の中で、そこだけ感情のある生き物に見える唇がいささか品格を欠くスラングを吐き捨てた。

シャオガイは次の反応を待った。当然、礼の言葉の一言ぐらいあるべきなのだ。だがラッセルは動かない。
近寄ってみると、・・・ラッセルの瞳はまた焦点を失っていた。こうしてラッセルは老女のところに届けられた。


子供たちが動いていたころ大人たちもじっとしてはいなかった。いや、子供たちが戦いという非生産的な行為を行なっていたころ、大人たちはこれからどうすべきかを決めていた。まず、このエリスの街と馬賊改め弱小部族の間で、協定が結ばれた。もともと戦う理由は馬鹿皇孫の命令だけ。その皇孫がいなくなったので戦う意味がない。さらに両族は300年前まで同族だった事が分かった。祈りに使う聖なる紐の結び目が同じであったのが決め手であった。そんな大昔に同族だったからといって、どうだというんだ?そう疑問に思われるだろう。しかし両族には言い伝えがあった。兄弟の血を流す者は永遠に呪われる。つまり同族間の戦いをするなということだ。ところで、禁止されているというのは過去それがあった証拠でもある。
 今回の場合、弱小部族側にもエリスの街にもそれぞれの事情や弱みがあった。どちらも戦いもトラブルも避けたかった。そしてどちらもこのままではジリ貧になって一族が滅ぶという危機意識を持っていた。さらに幸運な事にどちらにも死者がいなかった。市長と部族の長は話し合い、今後自分の意思では相手を攻撃しないという約束を交わした。
 そのうちに部族側が一人足りない事に気が付いた。今回初めて戦いに参加した若者がいなかった。探してみると博物館の建物で気絶していた。目を覚ました後、どこかおぼつかない表情の若者が言った。ものすごい美女を見つけた。捕まえようとしたら、小猿に邪魔された。頭が痛い。
 もともと語彙に乏しい若者だったが、頭に出来た大きなたんこぶのせいか今夜は特に言葉がうまく出ないようだ。まぁ和平も決めた事だし、明日の朝にはここを出ようと部族の長は思った。そしてその夜若者は死んだ。原因は脳内出血。すなわち殺したのは市長の息子、シャオガイであった。
シンの法では人を殺したものは死刑である。アメストリスの法では未成年の場合、まして事故の要素もあるので、少年院あるいは強制労働である。そのいずれにしても生きて帰ったものは1パーセントに満たない。市長はただ嘆くのみだった。馬賊の長も状況が状況だけに死刑は避けたかった。そこで長は沙漠の掟を適用した。誰かに損害を与えた者は、その損害を賠償できるまでその者のところで労働するという法を。この場合、シャオガイが死んだ若者に代わって遺族のために働く事になる。父は息子を手放したく無かった。だが、手放さなければ息子は殺される。すべてを聞いた息子はむしろすっきりした表情で自分の運命を受けた。
 こうしてシャオガイは翌日の早朝、ラッセルよりも早くエリスの街を出た。自分の罪を知り、自分で償いを決めた。シャオガイはもうこどもでは無かった。
 シャオガイのこの後の人生だが、遺族に引き渡された後、死んだ若者の祖父の医療費のため旅芸人の一座に売られた。当初はコビトとして見世物にされていたが、どういうわけかシンに来てからシャオガイは身長が伸び始めた。身長が150センチになったころには軽業師として、特に代表作『黄金のちいさい猿エドワードの世直し物語』の主役として活躍した。
 シャオガイ、シンでの名をエドワード・ヘルリックが、ほんもののエドワードに出会うのにはまだたくさんの時間が必要だった。



寝耳に水 housaku1028

2008-02-24 15:36:03 | 鋼の錬金術師
Housaku 1029
寝耳に水

シャオガイはかんしゃく玉を続けざまに破裂させた。
馬という生き物はあんがい臆病で、ちょっとした刺激で我を忘れて暴走する。馬賊たちの馬もご多分にもれなかったが、さすがは人馬一体の生活をしている馬賊たちは長のひとこえのもと、たちまち馬をおちつけ街の大通りに集合した。しかし、皇孫は馬を抑えられなかった。馬は怯えたまま皇孫を乗せてあらぬ方向へ走り去った。馬賊の長、否、シン国某弱小部族の長は大きく音を立てて舌打ちした。馬も操れないあのバカ皇孫に一族の命運を託さねばならないとは。
 長は思う。いっそシンを離れアメストリスにもぐりこんだ方が良くはないか。アメストリスとて良い国とはいえないが、これから先皇位継承争いはますます激しくなる。弱小部族が生きるのは、難しくなるだろう。今回はやむをえず皇孫に従ったが、たとえ今回の仕事がうまくいったとしても、あの皇孫が自分の部族に報いてくれるとは思えない。高貴な生まれの人間は他人が自分のために尽くすのを当然と思っているからだ。まぁ、皇帝の子供たちの中でも少しは例外もいるが・・・あのヤオ族の皇子はアメストリスに入れたのだろうか?
入力者注〈砂漠越えのあちこちでリンはいくつもの弱小部族の協力を得ている。むろん代価は支払われている。この部族もその一つだった〉
長が今後の方針を決意しかねている数秒間、彼の部族の戦士達はバカのように口を開けてある方向を指差していた。
「さばくのめがみ・・・」
誰言うともなくそんな言葉が出た。
そこには巫女の扮装をしたラッセルが、折からの上弦の月のやさしい光に淡く照らされている。
(つきのめがみ)
言葉にこそ出さなかったが長も部族の若いもの達と同じ感情を抱いた。
きれいだ

全員がふらふらと女神の方向に向けて進んだ。このときは普段の人馬一体があだとなった。馬は乗り手の心に従い罠に向けて歩いた。
 彼らがわれを失っていたのは時間にして30秒ほど。だが、用意されていた罠が発動するには十分な時間であった。
いままで聞いた事もないような異常な音と気配に長が振り返ったとき、彼の前には3メートルを超える水の壁があった。生粋の砂漠の民がはじめて見るそれこそは洪水であった。長は生きている限りこの光景と音を忘れまいと思った。そして一族の者達に「逃げろ」と命令する事も出来ないままどうどうどうと音を立てる水に飲み込まれた。

作戦が完全に成功したとシャオガイは思った。大量の水はいっきに流れ馬賊たちを飲み込み低みへと流れ、砂の中に消えた。その間2分である。2分程度で、戦闘力を失わせられるのか?と疑問をもたれるかもしれないが、砂漠の民は洪水と言うものを全く知らない。未知への恐怖心から全身ぬれねずみの馬賊たちは降伏した。
ちなみに余計な事だが、寝耳に水ということわざは、突然の出来事に驚く例えである。元の意味は寝ている時に聞こえる洪水だ。昔は治水が不十分で、大雨が降ると河川が氾濫することが多かった。天気予報も十分でない時代、夜中の突然の集中豪雨でドーッという音と共に水が…まさに寝耳に水である。

1916年1月12日 月齢7,9 上弦の月の夜

16歳、14歳、12歳Housaku1028

2008-02-11 14:00:23 | 鋼の錬金術師
Housaku1028

16歳、14歳、12歳


「余計な事を考えずに、現場で指揮を取るタイプです。頭だけでなく足で考える。それにあの男の精神は誰にも買収できません」
東方司令部時代に、階級の低いハボックに重要な現場を任せた事について、上からいやみを言われたときにマスタングが答えた言葉。



 ハボックは緑陰荘にいた。雇い人2人はここから徒歩10分のアパートの中に待たせている。
(犯人はまだアメストリスを出ていないはずだ。)
ハボックは5番街の情報網を使い、ここ数日の海洋地帯の天候を調べた。それによると大型の低気圧がのさばり、海は荒れまくり、大型船すら足止めされている。シン人はエドを生かして連れて帰る必要があるはずだ。そして今のエドの体力から考えて沙漠越えは不可能だ。
 偶然の荒天にハボックは感謝する。アメストリス人の彼は、神様とやらに祈った事はない。だが、今回だけは
御伽噺に聞いた海の神さん、シードラゴンとやらに感謝した。
 そして、手がかりがもう一つ。それは意外な線からの情報だった。セントラルの高級店が並ぶ通りの高級玩具屋でちょっとしたルール違反があった。ある職人の手作りチェスが本来の売値の100倍で横流しされた。買ったのはマダム・ペルルの執事。この職人は頑固者で年に1点しか製作しない。そのチェスはこまの1つ1つが異なった木で作られていて、チェス盤にこまを置くときとても心地よい音がする。さらに慣れてくると一つ一つのこまの音を聞き分けられるようになる。
〈この話より少し後にこのチェスセットを使った目隠しチェスでずるをする子供が出るが、それはまた後に語ろう〉
この職人のチェスセットはプレミアムが付いているので、玩具店の店員の横流しはたまにある。だが、100倍とはなんとも気前のいい話だ。この情報は黒い瞳の男が売りつけてきた。5番街に出入りする情報屋と名乗る男は、田舎の夜空よりも暗く深い黒の瞳をしていた。
 そしてハボックにはもう一つ、誘拐犯が簡単にアメストリスを出ないのではないかという推測があった。
(大将が縮んでいる事を知っているのは、大佐と俺、それに中尉、銀坊と金坊、はたして犯人はエドワード・エルリックを誘拐したと確信できているのか?)
錬金術師はでたらめ人間、そんな風に言ったのは今は亡きヒューズ准将。その彼すらも想像もしなかったのではないか。蝶をさなぎに戻すように、人間を縮める錬金術があるとは。いまのエドワードは12歳ぐらいの外見をしている。いや、下手したら10歳ぐらいに間違われかねない。16歳のエドワードが10歳児の姿・・・とても信じられまい。
(もし俺が犯人の立場なら、絶対フレッチャーのほうをエドワード・エルリックと思うだろうな)
 エドの性格から考えると偽名を名乗ったりはすまい。むしろ堂々と「俺がエドワード・エルリックだ!文句あっか!!」
と怒鳴っているだろう。それが逆に犯人を困惑させているだろう。

 ハボックは東方時代にマスタングが公言したように、もともとは頭よりも足で考えるタイプだった。しかし、彼は文字通りの意味で足を奪われた。そのために彼は思考を変えた。いや、足で考える本質は同じだが、その足に自分以外の要素が入るのを受け入れるようになった。この変化は仕方なく行なわれたのだが、結果的に彼は自分の足だけで動いているときよりも広く物事を見るようになった。さらに物理的にも1メートル85センチの視点から、車椅子にしばられた1メートルの視点へ。この変化は彼の視界を変えた。そしていまハボックは以前なら見逃したかもしれない情報から、メッセージを読み取った。
(僕たちはまだアメストリスにいます。こういう高級品をも望めば与えられるほど大事にされています。つまり、こういう身分や地位、財力を持った者に捕まっています。助けに来てください)
これは連れ去られた金の子供たちからのメッセージ。
 マスタングが忙しい仕事の合間を縫って、子供たちと遊んだチェス、グラマン中将から贈られたチェスがこの職人の作品だった。

犯人はシン国人だ   housaku1025

2008-01-19 14:42:33 | 鋼の錬金術師
housaku1025

ジャン・ハボックの自伝とされている本より参照
第5章 馬が頭を使うときより
 
ジャン・ハボックは東方で馬の馬とあだ名されていた。別に悪い意味ではない。あのマスタングがハボックの運転にだけは一度も文句をつけた事が無く、送り迎えもほとんどハボックにさせていたからだ。
 さて、その馬だが今夜の彼はある貴婦人の寝室!を目指してある館の包囲網を突破しようとしている。 ことの起こりは10日前に金色の子供たちが誘拐された事に始まる。
 ハボックは警備員達に『通常の任務』を厳命した後、一人ずつ呼び出して襲撃された状況を尋ねた。一人ずつ呼び出すのは理由がある。警備員のほとんどが『いつもどおりの警備をしていたが何だか甘い香りを感じた後、急に眠くなって、後はたたき起こされるまで何も分かりません』と答えたからだ。こういうあいまいな記憶は、複数に同時に訊くとお互いの記憶を無意識に補足しあい、当人達も補足した記憶が正しいと信じてしまう。事故現場の目撃者にもよくある現象である。
全員に聞いた後、ハボックの頭にはこの館と庭の時間帯別地図が出来ていた。ガスは庭の南側のワイン蔵から広がった。最初に気が付いたのはデン。吠え始めて15秒後、警備員が南から北へ数秒のタイムラグで眠らされた。誰一人として侵入者の姿を見ていないとなるとデンが殺されたのは全員が眠った後である。
 問題がまず2点。敵がどうやってワイン倉まで侵入したか?そしてガスがほとんど拡散することなく庭全部に広がったか?
ハボックは火のついていないタバコを強く噛み締める。
少なくとも後者の疑問についてハボックはある仮説を立てていた。それを実証するのも難しくなかった。
「こいつに火をつければ、わかるか」
空気より重いガスを使っても多少の拡散は避けられないはずである。まして襲撃を受けた時間帯は風が吹いていた。しかし、警備員たちの眠ったタイミングから見てガスは密室に注入されたような動きをしている。本来なら半数が眠ってしまったとしても戦闘可能なものが50人はいたはずなのに。
「ラッセル、大将の事を考えたのが裏目に出たぞ」
愚痴る相手がいないまま、ハボックはつぶやいた。
後者の疑問の回答仮説は以下のとおりである。
ラッセルは出かける前に庭全体に結界を張ったのだ。
あの心配性の銀色坊やは大将の体調を気にしていた。庭の空気を室内と同レベルの安全度にするために空気に壁を作ったのだ。

入力者メモ≪この結界の原理はすでに失われた知識であり、今日の科学では再現できない。とりあえず古いアニメのバリアーみたいなものだと推測している。≫

「どうしてこううまくいかないのかね。あの坊やは」
ハボックはバラの木の脇で深々とタバコを吸った。紫煙は彼の仮説通りの動きを見せて、    やがて青空へと消えた。
「やれやれ、あっちもこっちも」
紫煙が青空に立ち昇っていく。つまり、今、結界が消えたのだ。おそらくラッセルの方にも何かあったのだろう。

緑陰荘の敷地内にいる間は、完全禁煙!を命じられている警備兵たちの前で堂々と1服した後、ハボックは館の中に入った。軍にも警察にも言えない以上、全ての事情をわかっている自分が探偵役をするしかない。ホークアイにすらうかつにもらすわけにはいかない。
(こういう頭脳労働は俺の管轄外だけどなぁ)
室内に荒らされた様子はない。犯人の遺留品も発見できなかった。期待が持てないまま指紋を採取したが≪指紋の技術は1874年以降確定している≫鑑定には軍がらみの施設を使うしかなくうかつに鑑定に出すわけにはいかない。
(軍に関わる連中は使えない。となると裏の仕事師を使うか)
軍に知られては困るから、軍がらみの連中は使うわけにはいかない。退役者でもリスクを考えるとうかつに使えない。彼らがマスタングを裏切る、そう考えているわけではない。だが、マスタングつながりの誰かが動くということ自体が、軍の目に留まりかねない。しかし、そうしてリスクを排除していくと、ハボックには手足になって動いてくれる手持ちの部下がいない。
ハボックはもともと当分田舎でリハビリ暮らしと思っていたのに、ひょいとセントラルに出る事になった。マスタングはジャーナリストをやれなどと言っているが、本気だとしてもハボックが独自の情報網や人脈をセントラルでつくるには時間が足りなさ過ぎた。
≪というより、この事件の後ハボックは本気でジャーナリストを目指し始めた。あるプロカメラマンに弟子入りし、元軍人のコネを活用し、軍関連のスクープで次第に名を上げていった。むろんマスタング組の有形無形のバックアップもあった。≫

手元に人材がいないときどうするか。今のわが国なら人材派遣業社を利用する。この業界の歴史は意外に古く江戸時代の口入屋(くちいれや)、ローマ時代の角屋(当時の人材派遣業)までさかのぼる。どこの国にも表社会用と裏社会用のこういう商売は存在する。
 ハボックが利用した裏の紹介屋はセントラルの繁華街の1画にある『5番街』という店だった。覚えていらっしゃるだろうか。この店はラッセルの出入りしている店であり、プライドがファーストの名で使っている巣穴の1つでもある。

 今回、ハボックが雇ったのは屈強な筋肉が自慢の大男と、もう一人は10代の少年である。大男にはハボック自身が動けなくなったとき車椅子ごと担ぐ役目を依頼し、少年には車椅子で入れない狭い場所で用件を果たしてもらう。完全に手足の代理であり、金で雇った期間以上の関係を持たない。
 
ハボックはまず緑陰荘から徒歩15分のオートメールの店に行った。看板にはバラの絵が描かれ、赤地に大きく金の文字で≪麗しのガーフィールの店 2号店≫と書かれている。看板だけを見れば化粧品店と間違えそうだが、ここは間違いなくオートメールの専門店。ウィンリィの仕事場である。
ハボックはここに入るのは気が重かった。だが、(黙っているわけにもいかないしな)。意を決して店内に入る。伝えないわけにはいかない。デンの死を。
ウィンリィはハボックが拍子抜けするほど静かにデンの死を聞いた。ハボックはたんにデンが死んだ事のみ伝えたので、自然死と思ったのかもしれない。ハボックのそんな考えをウィンリィは一言で否定した。
「それで、エドは無事だったの?」
ハボックはとっさに返答できなかった。デンの死について聞かれると思っていたらいきなり痛いところの核心を突いた。
(さすがは大将の幼なじみ。強いぜ)
しかし、事実を伝えるわけにはいかない。ウィンリィを疑うわけではないが、この店には軍人のオートメール使用者が多く出入りしている。真実を教える事により彼女を危険にさらす場合もある。
ハボックの返答を30秒待ってから、彼が答えられないのを見て、ウィンリィは質問を変えた。「デンは私に返してくれる?」

 デンはオートメールの店に裏庭に葬られる事になった。ウィンリィが墓穴に花を敷き詰める。葬儀に立ち会ったのはウィンリィとハボック、そしてブラックハヤテ号。デンの葬儀のための花を買いにいったウィンリィの上着のすそに、いつもはおりこうなブラックハヤテが食いついて離さなかった。まるで自分も連れて行けというように。花屋の女の子はウィンリィとラッセルがお友達と信じていた。 ・・・事実はまるで異なるが・・・ だからウィンリィにハヤテの散歩を頼んだ。おかげでハヤテはデンの葬儀に出る事が出来た。

ク―ン
ハヤテが鳴いた。いつも答えてくれたデンはもう何も言わない。
「デン、ありがとう」
小さいころから一緒に育ってきたデン。いつの間にかデンだけ大人になってしまって、それでも一緒に遊んで、いつも私達を守ってくれた。
デンの血はウィンリィに見せる前にハボックがきれいに拭いていた。だからデンはただ眠っているだけのようにも見えた。
クーン
またハヤテが鳴いた。ウィンリィがデンを花の上に降ろした。後は土をかけるだけである。
ハボックの横でいい子に座っていたハヤテが立ち上がった。そのまま穴の中のデンのところにいく。ペロリ。デンの鼻先をなめた。
ぺろぺろとハヤテはなんどもデンの鼻先をなめた。
「こら、ブラック」
ハボックがブラックハヤテ号を止めようとした。
「いいのよ。お別れしてくれるのね」
ウィンリィが淡い笑みをうかべた。
ペロリ、ハヤテが大きくなめた拍子に固く閉じていたデンの口が開いた。
ころり。
小さいものがデンの口から転がり落ちた。ウィンリィがそれを拾い上げる。
血に汚れた小さい石に見えるそれはまがう事なき真珠の粒だった。

もしや、まさか、やはり。
その小さいものが真珠であると確認したときハボックの中である事が確信になった。
手がかりが無かった誘拐事件、犯人の手がかりを掴んだ。犯人はシン国人だ。




犯人はシン人だ!

それを伝えた小さな真珠はハボックの手の中にある。
(最初からシンを疑うべきだった。だが・・・)
だが、なぜ、いま、大将を連れ去ろうとする?
エドをさらった犯人の目算として軍関係、ホムンクルス関係、マスタングに怨恨を持つもの達、青の団、金銭目的の誘拐団などあらゆる可能性を考えた。だが、結果が出てみればシン国。考えてみれば、お家の事情で動く彼らは一番怪しい存在だったのに。しかもシン国のヤオ家はリン皇子を通じてエドのことを始め、マスタング側の事情をよく知っている。それなのにシンをさらにはヤオ家を疑う考えは無かった。
なぜか。
エドがリンを信じていたからだ。ただそれだけだった。
(なぜ? なぜ、いま裏切る?)
エドがリンに持つ思い。なぜ、いま、それを裏切る?
緑陰荘に滞在し始めてから、ハボックはエドのお守り兼話し相手だった。
すっかり細くなってしまった腕を振り回しながら、〈後で、フレッチャーに怒られた〉対スカー戦を再現放送するエドは実に楽しそうだった。
『そのあと、リンが青竜刀1本で切り結んだんだ』
あの大総統と短時間とはいえ切り結ぶとは、しかも負傷者を抱えたままだ。
『戦闘力も相当だが、・・・』
このときハボックにしては珍しく言葉に出さないまま語った。
(あのときの大佐、あんたみたいなやつだ。リン皇子か。 バカ、だな)
エドがハボックと視線を合わせてにかっと笑った。
『女好きなとこもそっくりだぜ』
だれと、とは言わず、ほかに似ているところも声にはぜず。

だが、現実にエドはシン人に、いや、間違いなくヤオ家の手のものにつれさらわれた。


シンが絡んでいるとなると、この雇い人2人だけでは不足だとハボックは思った。
大佐が戻れば、この状況をどうするか?そう考えてハボックは慄然とした。焔の錬金術師が指揮官となってシンとの全面戦争。ハボックはあわてて否定しようとしたが、ありえない話ではない。軍事的に政治的にシンと戦争状態でないのはあの沙漠のお陰。もしそれを踏み越えて対決するとなると・・・。錬金術の歴史上最大の戦いとなる。シンとアメストリス、大国同士の戦争は世界の軍事バランスを大きく揺るがす。世界大戦の引き金になりえるのだ。
「だめだ」
ハボックは声に出した。後ろで車椅子を押していた少年が怪訝そうにのぞきこんだがハボックは気付きもしない。
何としてもマスタングの個人レベルの話で終わらせなければならない。
そして、東方の女神様のご神託がある。
『大佐はあの兄弟の事となると自分を見失うところがあるから』
そう、だから絶対に大佐が帰るまでにエドを無事に連れ戻さなければならない。
ハボックはため息をつかなかった。そんな暇はなかった。



エリナ 

2008-01-19 10:02:24 | 鋼の錬金術師

エリナ 
この話は時系列的には輝きの兄弟の時期の話ですが、独立色強いのでここでもぐりこませます。

マダム・ベラドンナには子供がいない。何度か妊娠したがいずれも出産まで持たなかった。手にすることができなかった子供の代わりという気持ちもあって、ベラドンナは姪をかわいがった。姪はまだ10歳だがすでに経済や経営に関心を抱き、ベラドンナは自分の後継者として期待していた。ただ、この姪には後継者として困った点があった。10歳にしてすでに大変な男嫌いであった。原因は実父母の夫婦仲。北部出身の父親は女を支配し隷属させるものとしか思っていなかった。
 姪の将来のために男性嫌悪は克服させた方がいい。ビジネスの相手は男が多い、そういう時に女の身を有利な要素として利用することもあるのだから。そう考えたベラドンナはある男を姪に会わせることにした。姪の父とは外見も精神も180度異なった男。女を支配するどころか、女が守ってやりたいと思う男。
『この子を守ってやらないと・・・危なくて見ていられない』そんな想いを抱かす男。繊細で可憐、華麗で怜悧。

年上の女が《弱くなる》年下の男の条件』とは、まず美しさ。新鮮さが立ち上がるほどの若さ。知性。豊かな感受性。
古代の詩集をめくっていたマダム・ベラドンナは上の文章に付け加えた。
私が守ってやらないと何をしているかわからない不安定さ。
これこそが最大の魅力


 ラッセルは博物館の入り口で女の子を待っていた。少しして高級車から降りたのはエリナ、マダム・ベラドンナの姪である。
「初めまして、レディ」
ラッセルはマスタング仕込みの完全な礼儀作法と天性の涼やかな笑顔で少女を迎えた。
少女の手を取り一人前の淑女を扱うかのように手に接吻しようとしたが、あっさり払いのけられてしまった。
(・・・まだ子供だから、恥ずかしいのかも)
ラッセルは好意的に解釈した。
『心のそこまで裸にされている気分になるわ』。有力なマダム達にそう褒められて、この時期のラッセルは自分の銀の瞳に自信を持っていた。
『あなたの瞳に映されて心溶かされない女はいないわ』
実際、この時期のラッセルは〈マスタングの天敵〉と呼ばれるほどだった。

「叔母様が案内をさせると言っていたけど」
あんたがそうなの?
少女は表情で続けた。
「はい、レディ・エリナ」
ラッセルは微笑む。ゼノタイム時代から鍛えてきた対女性用の優美な微笑だ。
しかし、少女は固い表情でラッセルを見た。ラッセルの身長が高いので見上げる形になるが、少女は心の中では彼を見下ろしていた。
博物館は昔の王家の城館を改装してつくられていた。巨大な城は出入り口だけでも10箇所あった。そして、とにかく広い。すべての展示品を見るためには10日はかかると言われている。
 ラッセルはしきりにエリナに話しかけたが、エリナは完全に無視した。そして2時間。
「歩き疲れたでしょう」というラッセルの言葉で館内のティールームでお茶の時間となった。実際にはエリナはちっとも疲れていなくて、疲れ果てたのはラッセルの方だが。
(懐いてくれないな)
マダム・ベラドンナに「姪っ子をお守りしてね」と言われて、エリサと同じ歳と聞いて何気なく引き受けたが、少女は少しも気を許してくれない。
(困った・・・いない!)
ほんの少しラッセルがよそ見をした隙に、少女はいなくなった。
一瞬、ラッセルは誘拐を疑った。しかし、ここの警備体制からいってその可能性は薄い。となると勝手に歩いているのだろう。
(ここは広すぎるし、小さい子が迷子になったら大変だ)
ラッセルはすぐ少女を探しに出た。そして1時間。少女は見つからない。
落ち着いて考えれば、下手に探しにいくよりも館内放送をかけるなり、その場にとどまって帰ってくるのを待つなりしたほうがいい。しかし、ラッセルは頭がいい割にこういう面では完全に無能者だった。

さて、エリナは別にラッセルを困らせようとしたわけではない。手前のコーナーの展示品を見たくなって、ちょっと行っただけだった。その間5分。戻ってみるとラッセルは消えていた。ティールームの店員に聞くと真っ青になって走っていったという。その方向はエリナが行ったのと反対に。
少女はラッセルよりよほど落ち着いていた。いざとなれば駐車場で待機している運転手のところに戻ればいいと考えた。だから、走って探しにいったラッセルが、すでに本人も迷子になっており、さらに迷子になっている事に気が付いてもいないとまでは考えなかった。
 
エリナは賢い少女だった。ティールームを離れなかった。そして1時間ラッセルは帰ってこなかった。待ちきれなくなったエリナは一人で展示を見ながら、ラッセルを探そうとティールームを出た。そして10分後、疲労困窮したラッセルがティールームで座り込んだ。

 エリナは歩いていた。1時間たってもラッセルとは出会えなかった。館内放送でもかけてもらおうかしらとエリナが思っていたとき突然ダーンと大きな音がした。
銃声?
その音を聞いた全員がそれを疑った。
ラッセルもその音を聞いた。情けない事だが、歩きすぎで疲れたラッセルはティールームの奥の休息室で横になっていた。
さすがにすぐ飛び起きた。
(子供が!)
最悪の想像が走る。
実際にはあの音は銃声ではなくて、車のバックファイヤーだった。
だがラッセルにそんな事が分かるはずもない。休息室を飛び出して少女を探す。
「エリサ!エリサ!」
名前を間違えている事にも気付かないまま少女を探す。
エリナもさっきの音に不安を感じていた。
だが、折悪しく警備員がいなくて尋ねることが出来なかった。
中世王宮コーナーの部屋に入ったときエリナはラッセルに出会った。
ラッセルはエリナを見ると一瞬、立ちどまり、それから走ってきた。すっかり青ざめて、硬い表情だったのでエリナはラッセルが怒っているのかと思った。
エリナの前まで来てひざを付いて彼女の視線に真っすぐあわせると、彼は小さい声で言った。
「よかった、会えて」
エリナは彼を見た。彼は、氷河湖よりも深く、クリスタルより透明な瞳に涙をうかべた。
「ごめん、不安にさせて」
エリナは思わず彼を抱きしめた。



数日後、マダム・ベラドンナは家に戻った姪っ子から手紙を受け取った。
そこには10歳にしてはしっかりした文字で、先日のお礼とマダムへの挨拶が書かれていた。
その挨拶の最後にこう書かれていた。
安心してください。叔母様の後は、ラッセルさまは私が守ってあげます。


マダム・ベラドンナは手紙をまじまじと見た。姪っ子の男嫌いを直そうとして、ラッセルに会わせたのは成功なのか失敗なのか。
ベラドンナは手紙に鮮やかに微笑んだ。アメストリスの花束(アメストリスで最も美しい女)の筆頭としての彼女がそこにいた。
「まだまだ負けないわよ。エリナ」
この日、叔母と姪は女として同じ位置に立った。

102-9日記より  housaku1024

2008-01-01 14:55:41 | 鋼の錬金術師
(いちばんたいせつなひとだから。だからこそ兄さんはぼくにエドさんを託したのに。それなのに、こんなことに)。昇りつつある月が兄の瞳に重なる。
『エドを頼む』
あの兄が一番大切な人を託してくれたのに。それなのに「ぼくは何も出来なかった」
フレッチャーは唇を噛みしめた。エドが起きているときには決して見せない表情。不安、あせり、後悔、恐れ。そういうマイナスの感情がフレッチャー・トリンガムの瞳を陰らす。
「にいさん」
つぶやく声は誰の耳にも届かない。
エドワードとフレッチャーは誘拐された。

「フレッチャーの緑陰荘日記」より抜粋および参照
〈守れなかった。兄さんが託していった人を〉
1915年12月28日の日記はこの一文で終わった。

1915年12月28日、少し遅めの昼食を終えた。
「な、お昼食べたからいいだろ」
エドワードさんが上目遣い(身長が僕より低いのでどうしてもこうなる)に見上げてくる。
外で遊びたいと言うのだ。遊ぶといってもせいぜい庭の中で愛犬のデンを散歩させるだけだが、ここで甘い顔をしてはいけない。一緒に暮らしてみてわかったことだが、エドさんは子猫みたいな人で一つ許すと次々にやりたいことをしたくなるのだから。(この兄を制御していたアルの偉大さがよくわかる)
お昼のメニューはシチューににんじんのすりおろしのゼリーよせ。離乳食みたいなメニューだ。消化力の落ちたエドさんに合わせるとこうなる。ご相伴した僕としてはもっとお腹にたまる料理が欲しいが、兄が戻るまでは毎食離乳食で我慢するしかない。
「だめです」
「ラッセルはいいって言ったし、」
「僕は兄とは方針が違います」
小声でつぶやいたエドさんにぴしゃりと決め付けた。

お昼が済んだら次はお昼寝タイム。
すっかり老犬になったデンもこの時間帯はいつも昼寝をする。だがこの日に限りデンは激しく吠えた。一度は横になったエドワードさんは起き上がってガラス窓越しに庭を覗き込む。
「デン、やけに吠えていますね」
「何かあったんじゃないか。俺見てくる。フレッチャーは危ないからここにいろ」
(あぁ、この人は)
エドさんの言葉に僕は思う。
(何があっても自分自身がどんなことになっていても『兄』なのだ)

『兄』の言葉に感動したからといってエドワードさんを簡単に外に出すわけにはいかない。
「いいですよ。内線で警備主任に訊きますから」
あっさりかわして電話を手にする。しかし、いつもなら3コール内に取られる電話を今日は10コールを越えても誰も出ない。
デンの吠え方が激しくなる。と、その声がぷつりと消えた。
(何かあった!)
そう思ったとたん背中にざわざわした感覚が走る。
〈このとき僕はそのざわめきを武者震いだと思った。だが、後に軍で正式の訓練を受けてからあのときの感覚は素人が暴力に感じる恐怖心だったと考え直した。この緑陰荘のなかで、僕は戦闘に対する唯一の素人だった〉
すぐ紅陽荘へのホットラインを手にする。だが。
「でない」
いつもならワンコールで取られるはずのホットラインがただ鳴り続けるばかりである。
すでに紅陽荘も制圧されたと見るべきだった。
ギャン
いちどとぎれたデンの声がいやおそらく断末魔の叫びが響いた。
その声を聞くなりエドワードさんは外に向かって走り出した。すぐさま僕はエドさんを追った。エドさんの生身の腕を掴みぐっと引き戻す。
「だめです。エドワードさんはここにいてください」

建物の構造上からも、エドワードさんの部屋は一番安全な場所を選んでいる。最悪の場合、建物の壁や天井を落として(壁の石は1.5メートルの厚さがある)エドワードさんの部屋だけを要塞化することもできる。だが、(僕には、出来ない)。
シリコン系の錬金術はアームストロング家のお家芸。アームストロング家の建築物には必ずこの仕掛けがあるそうだ。この仕掛けの使い方をマスタング准将はやり方を聞いただけでマスターしたそうだ。兄は何度か手を取って教えてもらって『たぶん出来ると思う』と言っていた。
しかし、ずっと治療に特化していた僕はまだとてもそこまでいっていない。

引き寄せたエドワードさんの腕を手早くベッド柵に縛る。有無を言わせずオートメールの腕も縛る。もちろん縛る位置は両手を打ち鳴らせない位置を選んでいる。
あんまりな扱いに口を開けても言葉が出てこないエドワードさんに僕は言う。
「ごめんなさい」
「お前、言う事とやることが違いすぎだ」
「ごめんなさい」
もう一度僕は言う。
さっきは立ったまま、今度はひざを突いて、エドワードさんを見上げて。
こうすると、小さいころのように『兄』を見上げることになる。
「僕、エドワードさんには一番安全でいて欲しいから。だから、ここにいてください」
声が震えた。必ずしも芝居ではない。頼りになる人が誰もいない不安感が僕を追い詰めていた。
言い終えると同時に僕は走り出した。もし、『兄』としてのエドワードさんの声を聞いたら決意が鈍って動けなくなると思ったから。
マスタング准将の部屋に入る。ここには銃がある。
(両手で持って引き金を引けば弾が出る)


正式に習ったことは無くても、軍事国家のアメストリスでは子供でも銃の撃ち方ぐらいは知っている。といってもこのときのフレッチャーはかなり動揺しており、自分の手にした銃の銃身には鉛が詰めてあり、使えなくしてあることにまるで気付かなかった。


(これはひとをころしたりおどしたりするどうぐ。でも、今はこれが大事な人を守るためにいるんだ)
僕の手に、銃は想像していたよりずっと重かった。


銃を握り締めて外に飛び出した。
〈なぜ得意技の錬金術を戦いに使おうとしなかったのかと疑問に思われる方も居るだろう。ラッセルも昔のエドも使っているのだからと。しかし、錬金術を戦闘時に用いるにはそれなりの訓練や慣れが要る。フレッチャーの立場では錬金術を使おうとしなかったのは賢い判断だと評価していい〉
冬バラが咲き誇る庭は一見何の異常も無い。
(   ?何も無い。でも電話がつながらなかったしそれに、あ、デン!)
つるバラの根元にデンが倒れていた。口もとが血にまみれている。
デンの歯はもう数本しか残っていない。わずかな牙でエドワードさんの敵に立ち向かったのだ。
(デン、あとは僕が、あの人を守るから)
デンの死因を確かめる暇もなく、僕は周りを警戒した。
ふと甘い匂いをかいだ。甘い心をとろかしてしまいそうな、有機溶剤に似た匂い。
(薬?毒ガス?麻酔?)
そのガスを吸ったのはわずかに一呼吸だった。
それでも次の1歩はもうふらついていた。
「にいさん」
とっさに口にしたのは兄の事。兄がいないのはわかっているのに。


入力者書き込みメモより 
結局、フレッチャー・トリンガムはその人生全てが『弟』というキーワードで説明がつく。彼は『兄』のために父によってつくられ兄に守られ生涯をすごし、最期は四肢を失い正気を失った『兄』を心中に導いた。

102の8 宝石箱型警備

2007-12-17 22:35:34 | 鋼の錬金術師
Housaku1023

102の8 宝石箱型警備 たからもののまもりかた

地方で革命が起きる朝は、中央で反乱が起きる。
これはアメストリスの故事成語である。似た意味のシンの言葉に雨が降る前には山で雲が生まれるというのもある。要するに地方でことが起きるとき、その原因は中央にありそこでも何かが起きているということである。
国家錬金術師の『遠足』に向かう前にマスタングは緑陰荘の警備を倍に増やした。自分が不在の間大切なエドを安全に守れるようにとの思いを込めて。だがそれが気休めに過ぎないことはマスタングが一番良く知っていた。彼らの敵は人外のモノだったから。

『緑陰荘の警備は完璧だ』。
マスタングは軍の士官専用クラブで知り合いの佐官に自分が住んでいる屋敷の警備体制を自慢したことがある。そういう方面の専門家である憲兵隊の隊長さえもマスタング邸の警備体制を賞賛している。しかし、他人の前でいくら自慢して見せてもロイ自身は知っている。自邸の警備は所詮相手が『人間』である場合にしか通用しない。例えばあのホムンクルスのエンヴィーはやすやすと紅陽荘に侵入している。同じ日に合成獣も厳重な警備陣の隙間をぬって病床のエドを襲おうとした。結果的にはロイが撃退したが、優秀な警備兵達はロイの炎が天を焦がすまで侵入者に気がつかなかった。
 どんな厳重な警備も優秀な兵士もしょせんは相手が人間であるならばという限定付きである。化け物のあいてをできる者、それは同じように化け物と呼ばれる存在 人間兵器だけである。

真珠のピアスを携えたシン国の使者はすぐに本国に帰ったとマスタングたちは思っていた。しかし使者はセントラルにこっそりとどまり、ある目的のためチャンスをうかがっていた。使者が受けていたもう一つの指令、それは『エドワード・エルリックを誘拐してシン国に連れて来い』であった。
鋼鉄の賢者、アルフォンス・エルリックが使えなくなった以上、残る可能性は真理の扉を開いた錬金術師エドワード・エルリックしかいない。彼をシン国にむりやりにでも連れてきて皇帝に献上する。それがリン皇子様のご命令。
「あぶなくなったらにげてくださいね。あなたのいのちよりだいじなものはないのですから」
黒い髪黒い瞳泣きぼくろの異国の女の言葉が、真珠を握り締めた使者の胸で何かをささやいた。
(一度会っただけの女にすぎないのに)
使者は真珠を持つ手に力を込める。華奢なピアスは真珠をつなぐ金属部分がゆがみ壊れた。それでも使者の手はさらに力を加える。真珠とともに泣きぼくろの女の言葉をも砕こうとするかのように。


緑陰荘の警備にはある欠陥がある。それは欠陥というより警備システムの型というべきだが。
緑陰荘を訪れる客人はまず門の前で警備に捕まる。招かれざる客はここで足止めである。そこをうまく潜り抜けても庭には100を超える動線を複雑に描いて警備兵が巡回している。警備兵は数ヶ月の間に強盗・スパイなど300人を超える不審者を捕らえている。この警備網を突破したのは『人間』ではハボックだけである。
庭の警備網を越えると後は館の中まで何の防御も無い。これは館に住むもっとも大切なお姫様、エドの精神安定のためである。たとえ好意的な人物であっても、常時見張られる生活は自由な魂を持つエドには耐えられない。
 緑陰荘に入れば今度はラッセルの結界が何重にもかけられている。ただこれは防衛システムではなく空気の浄化システムなので事実上警備や防衛は庭の警備だけが担っていることになる。
なおこのタイプの警備・防衛システムは宝石箱型警備と言う。傷つきやすい宝石にはいっさい手を触れずに宝石箱ごと守るシステムだからこの呼び名が付いた。このシステムは東方司令部時代のロイの考案であり、そのときの現場指揮官がハボックだった。
 ラッセルはこのタイプの警備体制の弱点を気にしていた。もしなんらかの方法でいきなり館の中に敵が現れたらどう対応すべきか?その点はマスタングも気にしていた。しかし、つきつめて言ってしまえば『対応のしようが無い』というのが本音だった。あの防衛ラインを超えてくる敵ならおそらくは人外のもの。いくら警備を増やしても・・・気休めにしかならない。

「エド」
いとしげにつぶやく声はラッセルのものか、マスタングのものか、いやその声は緑陰荘に住まう男達の共通する、でも共有はできない思い。
マスタングが西の収容所で昇る朝日につぶやく。いつからあの子はこんなに大事な存在になったのか。「何があっても私が君を守ろう」それは約束だから?それとも、自分にはできない奇跡を見せてくれるかもしれない子供へのあこがれゆえになのか。マスタングは自分の感情に答えをだそうとはしなかった。


 国家錬金術師達が遠足に出た翌日、ジャン・ハボックは軍の事務課に呼ばれた。子供達を置いていくのは気が進まなかったがマスタングの家に居候している身では軍の呼び出しを無視するわけにはいかない。警備主任にくれぐれも注意するように頼んでそれでも不安を抱えながら車椅子を動かした。ハボックの不安は的中した。彼が緑陰荘に帰ったとき子供たちはいなくなっていた。
 幸運にも異常に気が付いたのはハボックが最初だった。現場指揮官としての経験豊かな彼はこの事態をどうすべきかの判断を誤らなかった。
(まず、軍に知られてはならない)
もし軍に知られたらエドが緑陰荘でどういう生活をしていたのか、そこから始まって人体練成のことまで表ざたにされかねない。そうなるとすべてを知っての上でエドを保護下に置き、今も大切に守っているマスタングの名に傷が付く。また軍が騒げば誘拐犯はエドを害するかもしれない。
(表向きは何もなかったことにするしかねぇな)
薬でぐっすりと眠らされた警備主任や警備兵をたたき起こし、通常の警備体制をとり一切騒がないことを厳命する。本来ならいそうろうにすぎないハボックの命令など聞くはずはないが、緑陰荘を守る警備兵は全員元東方軍のメンバーである。彼らは退役した今もハボックをマスタングの幕僚のひとり≪ナイト≫と見ている。イエス・サーの一言で警備兵は不安や混乱を押し殺し何事もなかったように、宝物はいつもどおり館の中にいるかのように警備の任を再開した。
 (まずはここまで、次の手は)
ハボックは咥えたタバコに火をつけようとライターを探した。そして苦笑する。
あれはもうとっくに無いのだと。
最高にいい女。名のとおり最後の女ラストとともにあのライターは燃え尽きた。


 真珠の使者は2人の銀時計保持者が館を離れたのを軍の通信で確認した。念のため元軍人の大男も軍の中に潜ませた協力者を使って呼び出しをかけさせ館には子供たちのみを残すだけにした。誘拐の準備は整った。
 その日、風は心地よく吹き朝からエドが「外に行きたい」と駄々をこねた。いつもと代わらない1日。いつまで続くか分からない、たぶんもうそんなに長くは続かない、いつもの一日が始まる。そのはずだった。この日は1915年12月28日月曜日。月齢は20.4、欠け始めた月が夜更けに昇る宵月の夜。


(いちばんたいせつなひとだから。だからこそ兄さんはぼくにエドさんを託したのに。それなのに、こんなことに)。昇りつつある月が兄の瞳に重なる。
『エドを頼む』
あの兄が一番大切な人を託してくれたのに。それなのに「ぼくは何も出来なかった」
フレッチャーは唇を噛みしめた。エドが起きているときには決して見せない表情。不安、あせり、後悔、恐れ。そういうマイナスの感情がフレッチャー・トリンガムの瞳を陰らす。
「にいさん」
つぶやく声は誰の耳にも届かない。
エドワードとフレッチャーは誘拐された。

102-7勝利

2007-09-22 11:00:57 | 鋼の錬金術師
102の7 勝利
勝利。
まさかそんなことがあろうとはこの街の誰も思わなかった。この街でまともに戦える者は10名にも満たなかったのに。
だが、現実に街を襲った馬賊は全員(と思われた)捕らえられ縛り上げられ、彼らの足元に転がされている。
「助かったのか」
疑問の形の確認を誰かが口にした。
誰も返答しない。
まだだれも勝利を信じられないでいる。
馬がいなないた。
「勝ったのは俺達・・・だよな」
「始めての勝利か」
この街は戦いに勝ったことは無い。いつも《平和的》に征服者を迎え入れてきた。その時代なりの供物を用意して。初めての勝利に対して沸き返るよりとまどいが強い。
「馬、どうする?」
食うか、売るか。
自分達の好きにしていいのだ。
そう思うとようやく勝利の実感が湧いた。
記録をつきあわせると砂漠の戦いは以下のような推移をたどったらしい。

白水への連絡からシャオガイが大急ぎで戻ってくると、ラッセルはまだ窓辺でぼーっとしていた。
(・・・この人、あれから服を脱いだだけ!!この非常時に何考えているんだァ!)
シャオガイは荒く足音を立てた。
その音にラッセルがゆっくりと振り向く。
「なんだちいさいの。まだいたのか」
(!!!!この人、このペースで今までやってきたのかなー)
「あんた、敵多いだろ」
「 あぁ世の中には馬鹿が多いからな」
(その最たる者はあんただよ)
シャオガイは怒鳴りつけてやろうと大きく息を吸ったがそれこそそんなことどころではないと深呼吸に変える。
折からの月の光が窓から差し込む。
(ふーん、昼間も細腰とこの髪、それにこの顔でそのまま役者になれると思ったけど)
青白い光の元で見るラッセルは昼の3割り増しにきれいだ。
(漢国初代皇帝でもタラシコメルヨ。これならいける)
黙って立っているだけでさえ、(というより黙っていたら)ラッセルは特上の美形だ。それも性別を無視したタイプの美形。女なら傾国の名を独占するだろう。
透けるような銀の髪、完全に無色透明の瞳。今宵その瞳は月を写しとり銀の輝きを見せる。
〈天下に一人の男が月の瞳に己の姿のみを焼き付ける〉
漢国初代皇帝は月の精霊を妃としたという。精霊の妃を激しく愛した皇帝はその瞳に他の者が映ることを許さず、即位式の夜に彼女の瞳を切り裂いたと伝わる。
その崇りかどうかは不明だが漢国は短命に終わった。
・・・とにかく服を着せないと。
10年後にシャオガイはあの時の自分がお子様で良かったと語っている。
『もし、あの時の僕が今の年齢なら・・・あの人を・・・、まぁ僕はそっちの趣味はないけど、あの人だけは・・・あれは、人の持つ成分を昇華してきれいさだけを残したような』
さて、10年後はともかく今夜のシャオガイはラッセルの全裸にも不埒な思いを抱かなかった。どうやら服の着方がまるでわかってないらしいラッセルを人形のように立たせて1枚ずつ薄布を身につけさせる。
 女神の服であり巫女の服でもあるそれは服というより掛けられた布である。まず腰の一番細い位置にベルトを巻く。巫女の人形の腰はかなり細く作られていた。そのベルトをそのまま巻いてそれが数センチも余ってしまったのにシャオガイは驚いた。(細いとは思ったけど。こんなのでもちゃんと内臓は入っているのかな?)
お子様の好奇心100パーセントでシャオガイの手はラッセルの腰をくるりとなぜた。
それについてラッセルの反応は、  無かった。
シャオガイは知らないが、ラッセルはしばらく前から自分ひとりで着替えたことが無い。ブロッシュは時々ラッセルのサイズを手測りしていたので腰回りを触られることには違和感が無かった。
 (怒られるかな)とちょっとどきどきしていたシャオガイだが無反応なのでどんどん着替えさせることにした。腰のベルトはあきらめて代わりに細い銀の組みひもを巻いた。その紐に薄く透ける布をかける。ボタンも無い。留め金も無い。ただかけるだけ。ここでシャオガイは外見がどう見えようとラッセルも雄であることを確認した。別に確認したかったわけではないが。見えてしまうのだから仕方が無い。
布は幅が35センチ。長さが40センチの三角形。幅の広いところをベルトにかけるので逆三角形になる。それを前後左右に微妙にずらしてかける。
次に片方の肩を出す形で胸にも細いベルトを巻く。これはサイズ調整ができるので人形のを使えた。このベルトにやはり透けそうな薄布をかける。
かけおわって見てみると胸のラインがさみしい。まぁ、これは仕方が無い。ラッセルには乳房などないのだから。そこで薄いレースのショールをかけた。これで胸のラインの多少のごまかしは効くだろうし、ラッセルの顔立ちとあいまってますます貴族の姫君に見えてくる。
これで巫女の服は完成。昔はこれに豪勢な金の装飾品だの、宝玉だのを飾ったのだが、もうそんな金に成りそうな物はこの街のどこにも無い。それでも探してみると真鍮の腕輪やアルグレットがみっかった。
幼児体型の自分でさえもう少しで握りこめそうな手首にシャラシャラと音を立てる舞姫の腕輪をはめる。小さな天然石が細い鎖で繋がれているそれは当たる石の角度によって微妙に異なる音を立てる。ラッセルが上半身を曲げて腕輪を揺らした。しゃらりしゃらさら。
どうやらこの音が気に入ったらしく薄い笑みをラッセルは浮かべた。わずかに傾けた上半身は薄い白いうなじが見えた。
ラッセルの様に痩せた者の場合ちょつと動いただけで肋骨が見えたりするが、それはそれで肋骨のラインが色っぽかったりするが、ラッセルにはそれは無かった。
(骨格のつくりが細くて華奢なんだ)
ラッセルのような骨格のつくりでここまでの身長があるのは珍しい。
(たぶんこの人子供の頃に一気に伸びたんだ。もうこれ以上は止まるんじゃないかな)
シャオガイはそんなことを考えながらラッセルの靴を脱がせ腕輪と同じタイプのシャラシャラ鳴るアルグレットを巻いた。
(うわー、爪の形までととのってる。この人王族のお姫様みたいだ)
シャオガイは王族の姫を見たことがあるわけではない。彼の知識はおとぎ話レベルである。しかしながらその浮世離れしたイメージにラッセルはぴったりと納まった。
これで飾りつけは終わり。本当の巫女ならもっといろいろな宝石で飾られるのだがシャオガイにはそこまでの知識は無い。それに金になりそうな宝石や貴金属はとっくに売り払われていた。
昇りつつある月の光が窓から差し込む。いつも留めている銀の組み紐が無いから腰まである髪はオーラのようにこのゼランドール製の工芸品を飾った。

さて、おいしい疑似餌はできた。
あとは釣り上げるタイミング。


102の6お夜食の時間

2007-08-17 01:47:50 | 鋼の錬金術師

102の6
お夜食の時間

さて、ラッセルがこの時点で正気であったか否かは別の論題として、すっかり忘れられている主人公を覗きにいこう。
ラッセルが素っ裸でぼけーっとしていた同じ時刻にエドワードはお夜食のピーチパイにフォークを突き刺していた。
ピーチパイのサイズに合わせて大きく口を開けてかぶりつこうとするエドに、フレッチャーがお手拭を手にストップをかける。
フォークを握ったままのエドの手を拭いてやり、またそのままかぶりつこうとするのを優しくでも断固として止め小さなナイフで(武器としては使え無いサイズ)パイを5つに切り分ける。
(兄さんが甘やかすからエドワードさんは自分では何もしない人になっている・・・兄さんだけではないけど、はぁ、この人が兄ではアルは苦労しただろうな)
はあぁとまた内心だけでフレッチャーはため息をついた。
果たしてエドがもともと手のかかる存在だったのでアルやラッセルの面倒見が良くなったのか、それとも面倒見のいい存在が身近にいたから手がかかる存在になったのかはタマゴとにわとりの関係だ。
ちなみにこの論法はラッセルとデニー・ブロッシュの関係にも当てはまる。
切ってもらったら今度エドは自分でフォークを持とうとしない。
「食べさせろ」と言わんばかりに口を開けて待っている。
(兄さん、これはどう見ても兄さんの責任だよ)
一時期ラッセルはエドを小鳥の餌付け状態にしていた。
ラッセルに言わせれば医学的見地からの患者の観察のためにやむを得ず行なっただけだが、実弟の目にはどう見ても兄がエドを甘やかして楽しんでいるとしか見えなかった。
フレッチャーは無言でフォークをエドの口元に持っていく。エドがまた口を開く。
(兄さん、アルが帰ってきたらアルと二人でエドさんをここまで甘ったれにした責任を追及させてもらうからね)
(アルが帰ってきたらか、それこそが最初で最大で最後の問題だ)
フレッチャーはアルがいない本当の理由を誰からも聞いていない。
想像や予測はしても本当のところはわからない。
アルがセントラルにいては危険だからマスタングが遠くに隠したとは一応聞かされたがとても信じられない。今、エドは死のふちにいるのだ。本当ならすでに死んでいてもおかしくない状態だ。それをかろうじてとどめているのが実兄の技。
あのアルが死に捕らえられつつあるエドをほったらかしてどこかに隠れているとはまったく信じられない。
(アル、君はエドワードさんのために君の兄さんのために何かをしているのかい。・・・いいな。僕もそうしたいな)
エドがまた口を開けた。
身長を縮まされたためか、自分より幼くさえ見えるエドの顔を見ているうちにフレッチャーはいらだってくる。
『エドを頼む』
あの日の朝、ラッセルは軍命で出るそのドアを閉める手を止めて弟にエドを託した。
短い言葉に弟は強くうなづき「大丈夫。兄さんの変わりに僕が何があってもエドワードさんを守るよ」
硬く約束した。兄がそれを望んでいたから。思えば兄が命令形以外で話しかけてきたのは数ヶ月ぶりではないか。
「兄さんの馬鹿」
フレッチャーは声に出さずにつぶやく。
「なんだ?」
声にしたわけでもないのに、こんなときのエドは勘が良い。
「なんでもないですよ。エドワードさん、僕お茶を入れ替えてきますからパイくらい自分で食べてください」
お茶の入れ替えくらいメイドにさせればいいのにフレッチャーは自分で立ち上がる。
今の数秒だけでいいからエドワードの顔を見たくなかった。
お茶のポットを持って戻ってくるときは、いつもの優しい弟代理兼実兄の代わりの完璧な治癒師の顔をしていられる。だから今だけはこの場を去らせて欲しい。
 フレッチャーが行ってしまってからエドは自分でフォークを手にした。
眉間に皺が寄る。たかがパイを食べるのにこんなに真剣にならなくてはいけないとは。
エドは苦い笑みを浮かべる。
ラッセルなら何も言う必要も無く気がついてくれて、自分にその不自由さを感じさせることさえ無いだろう。
〈人体若返り縮小〉という聞いたことさえないようなトンでもない技さえも使ってここまでの回復を見たエドだが、やはり神経系の障害は進んでいる。一口サイズのパイをフォークに刺すという動作が途轍もない難業になっている。
一度二度三度フォークは皿と遊んで音を立てた。
かちゃん。四度目にフォークは床に落ちた。

ことん。ポットが置かれる。
それからフレッチャーは床に落ちたフォークとまだ使っていなかった自分の分のフォークを見た。
だがどちらも手に取らず指先でパイをつまんだ。
そのままエドの口元に持っていく。
エドの前にあるのは少年の指。
そして少年の兄に良く似たどこまでも無色透明な瞳。
エドが思い描くアルと完全にそっくりの優しい笑み。
エドはパイを食べた。少年の指先ごと口に入れて。

これがラッセルが己の正気を疑っていた日に、誘拐された少年達のお夜食の時間にあったこと。