ZARDの坂井泉水さんには「2回しか会ったことない」 「またいつか一緒に何かできれば」と思っていたのに… =織田哲郎 あれからこれから=

2019-11-05 00:24:14 | ZARD
https://www.zakzak.co.jp/ent/news/191104/enn1911040002-n1.html

ZARDの坂井泉水さんには「2回しか会ったことない」 「またいつか一緒に何かできれば」と思っていたのに… =織田哲郎 あれからこれから=
2019.11.4

 私は25歳で自分の会社を作って独立したので、さまざまな交渉ごとも自分でせざるを得なくなりました。その時、そういうことがいかに向いていないかを散々思い知らされました。何しろ根本的に社会性に欠けた男なのです。

 ですから31歳の時、いったん音楽活動を中止して、いろいろ見つめ直そうと思い、自分の会社の運営をビーイングの社長である長戸大幸さんに委託する形でお願いしました。対外的な交渉、あるいは歌い手やアレンジャーとのやり取りなどをすべて長戸さんが仕切ってくれたので、私は基本的に長戸さんとだけ話をすれば済む状況になりました。これは本当にありがたく、私は音楽のことだけを考えていればよかったのです。

 ですからこの時期、自分がプロデュースしている西城秀樹さんなどを除けば、曲だけ提供している人たちとはあまり接点がありませんでした。しかも渡した曲に関しては、極力出来上がるまで聴かないようにしていました。スタジオに行くとついついアレンジに口出ししたくなるので、意見を求められれば言いますが、大体CDが出来上がってから初めて聴くということが多かったのです。

 ZARDの坂井泉水さんとは、おそらく2回だけ会ったことがあります。たしか一度、私の曲の仮歌を歌ってほしいと言われてスタジオに行きました。これだけ多くの作品を一緒に作っているのに2回しか会っていないというのは、なかなか珍しい関係だったかもしれません。でも共作者としての相性はとても良かったと思います。

 彼女の声はそれほど個性的ではないのに、実は印象に残る声です。結局のところ歌というものは「その声を聞いていたいかどうか」に尽きると思います。彼女の独特の硬質な倍音成分が、どんな歌を歌ってもさわやかな印象を残す、とても良いシンガーだったと思います。またいつか一緒に何かできれば、とずっと思っていたので本当に残念です。

 1993年は、私が書いた曲がヒットチャートの10位以内に常に数曲入っている状態で、作曲家としての売り上げ新記録を達成しましたから、この年は忙しかったでしょう? とよく聞かれますが、この年は曲だけを渡して編曲やプロデュースまで携わることがなかったので、そんなに忙しくはなかったのです。

 ですから私はずっとスタジオにこもって自分のアルバムを2枚、『T』というオリジナルアルバムと、93年という怒濤(どとう)のような年のまとめとして、人に提供した曲ばかりを集めた『SONGS』というアルバムを作りました。


 ■織田哲郎(おだ・てつろう) シンガーソングライター、作曲家、プロデューサー。1958年3月11日生まれ。東京都出身。現在「オダテツ3分トーキング」をYouTubeで配信中(毎週土曜日更新)。12月3日(火)に「オダテツ90分トーキング」生配信ライブを「渋谷 eplus LIVING ROOM CAFE&DINING」で開催。一般発売は11月3日から。

 12月21日(土)に『クリスマススペシャルライブ』をモーション・ブルー・ヨコハマで開催。一般予約は11月11日から。

 弦カルテットとの共演による『幻奏夜IV』は20年2月23日(日)=名古屋ブルーノート▽同24日(月祝)=ビルボード大阪で開催する。一般予約を受け付け中。詳しくは公式サイトt-oda.jpへ。

最新の画像もっと見る

コメントを投稿