灯油タンクを満タンにしてもらったら、その量が予想より多くてびっくり。昨年暮れに新しいストーブにしたし暖冬だったので少なめを期待していたのにはるかに超えていたのだ。最初は納得できなかったが少ししてその理由がわかった。例年より在宅が多かったせいだ。こんなところにもコロナの影響が。でも、灯油の単価の低さに助けられた。これもコロナのせいなので相殺に。
20-5-21
遊歩道を歩いていると作業員が盛んに上を見ているので、それにつられて見上げると、かなり高い木の上でカラスの巣の撤去をしている人がいる。すぐ近くには威嚇して鳴き叫ぶカラスもいたが巣は壊されていった。カラスも人知れず産み育てるならまだしも、下を歩く人を攻撃するからこれはやむを得ない。いつの間にか生まれて、かわいいヒナを見せてくれるカモとは大違い。
20-5-22
かなり涼しいと感じる日でも、膝近くまで水に浸かって楽しいそうに遊んでいる子供たちを見ると、自分の子供の頃が蘇る。家の裏には川が流れていて、その川も普段は10mもない川幅だったので最高の遊び場だった。魚取りもしたけれど小さな流れにダムを作ったり、いかだ下りをしたりとたくさん遊んだ。そして夏には鳥肌が出てもまだ泳いでいたのを思い出す。まさに子供だった。
20-5-23
ついに我が家から古いパソコンが消えた。20年にも渡って生活の一部としてあったものが部屋からなくなるのは不思議な感じがする。パソコンはリサイクル業者が無料で引き取ってくれたが、モニタは有料でメーカーに戻さねばならない。その手配もすでに進めている。とくにモニタは大きかったので机の上はかなりスッキリした。こちらは嬉しいことだからすぐに慣れると思う。
20-5-24
ようやく北海道もコロナの緊急事態が解除された。これで6月からの教室は大丈夫のようだ。教室のない期間はもちろんこれまでの最長。一番長いところは3ヶ月にもなってしまった。6月からの再開はすごく楽しみだが、心配なこともある。休業の店が心配するように、これまでのように来てもらえるだろうかという点。通わない生活のリズムに慣れてしまっていないか気になる。
20-5-25
学生時代に続けて24時間以上寝たことがある。そうすると目覚めたとき、朝なのか昼なのか夕方なのかまったくわからなくなってしまったのだ。さらに、自分にとっての空白の1日ができたというのも不思議な感覚だった。そして今回は1ヶ月の空白体験になった。そのため、来月は5月のような気がしてしまう。この間には制作や持ち物の整理などをしてたが記憶があいまいだ。
20-5-26
何を今さらの感じがするアベノマスクが届いた。すでにマスク不足は解消されていて、店頭でも余っているようだから無駄なお金を使ったとしか言いようがない。思いつきの人気取りに使われたマスクだがもっと迅速に回すべき大事な場所があったはず。どうにもやることが後手後手になっている。ただ、多少救われるのはアベノマスクの回収ボックスがあるので早くそこに入れたい。
20-5-27
最近は現金を使う機会がずいぶん減った。いつも利用しているスーパーでの支払いにカードを利用するようになったからだ。ひとつは昨年からでもうひとつは3月から。完全なカード払いではなくチャージするものなのでお札は使うけれど、お釣りをもらわないのでそんな気になる。確かにこの方がレジも楽なので進めたいのも理解できる。ましてやこの非常時にはなおさらだろう。
20-5-28
およそ50日振りの地下鉄に乗り、8ヶ月振りの列車で隣町のアトリエというより作品置き場に向かう。ハルカヤマの発表以降は制作の場所としては使っていないのでこうなる。本当は4月に行く予定だったのにコロナのせいで2ヶ月近くも遅れてしまった。ここにも2ヶ月のズレができている。列車やバスからの眺めはすっかり春模様だけれど5月末の風景としては受け止められない。
20-5-29
コロナによって余儀なくされた長期間の休学に対する措置として9月入学案が出ている。これまで何世代にも渡った思い出深い桜の季節の入学という慣習を変えるのは容易ではないと思う。しかし、大事なのは今後も含めた当事者たちの有用性だ。あちらを立てればこちらが立たずで非常に難しい問題なので充分な議論が必要になる。でも今は児童生徒達への対応が近々の課題。
20-5-30
幸運と不運。とりあえずバス停に向かい、、もし10分以上待つなら止めようと思っていたら5分後に。これは幸運と乗車して目的の店へ向かった。しかし、店の前はすでに人気はなく7時閉店と告げられた。明日から8時までだという。その時7時15分。無駄足にしたくないので帰りはバスに乗らずに、散歩の時間と考え40分歩いて自宅に戻った。不運の半分は取り戻せた気分。
20-5-31