中丸美繪ブログ

「モーストリー・クラシック」で「鍵盤の血脈 井口基成」連載中。六年目。小澤征爾伝も脱稿間近。

小澤フェスいよいよ開幕

2016年08月15日 18時29分26秒 | 日記
サイトウ・キネン・フェスティバル時代、長く公式ライターをつとめたのは、金井奈津子さんだ。
松本市と財団は、毎年の公演について公式記録というべき冊子を販売している。金井奈津子さんは、ヨーロッパの公演にもついていった。
わたしが斎藤秀雄の伝記をかき、小澤さんにも興味をもっているというので、事務局から金井奈津子さんやカメラマンの細萱博信さんを紹介された。
それはなんねんまえのことだっただろうか。

その後、金井さんのご紹介で軽井沢の元町長も取材させていただいた。
軽井沢では小澤さんが指揮セミナーをしたいという意向があって、軽井沢にホールを建設・・・予定で町長は動き、それが選挙の争点となったこともあった。
その町長は、金井さんの叔父さんでもある。

その金井さんが、今回、「幸せのための憲法レッスン」なる書物を上梓した。もともとは松本の美味しい店を紹介する本を書いたり、東京育ちの彼女は、楽しい・・・ことのみ。。。。とご自分でも「ノンポリみーはー」的なライターだったのだという。
ところが、ある日、偶然、信濃毎日新聞社主筆の中馬清福さんのコラムに吸い寄せられた。
彼女が憲法に興味を持った日だった。
彼女は中馬さんに憲法レッスンを請う。
取材の申し込みだ。
その申し出を、中馬さんは受けた!

そうして始まった「憲法をお茶の間に、中馬清福さんに聞く」はタウン誌に5年半もつづく連載だった。
まったくポリティカルでなかった金井さんが、憲法をまもることが、自分や家族の幸せをまもる術だときづいていく過程だったという。

なんか不安な世界情勢。日本をめぐる周辺国の動きも怪しい昨今。

そんな時宜を得て、彼女はこのたび「幸せのための憲法レッスン」を上梓したのだ。

彼女から10冊ほどもとめ、わたしは小澤征爾さんのお兄さんの俊夫さんに送った。
俊夫先生は、大江健三郎らと、「9条をまもる会」を牽引している。

わたしは征爾さんの伝記を書くにあたって、俊夫先生もお訪ねしたが、そのときはのっけから安倍内閣がつづくのは良くない・・という話だった。
一方で、父上は、満州にて日本陸軍のために働いた!
そもそも征爾というお名前でもわかるだろう。
満州事変をおこした板垣征四郎と、石原莞爾からとったものなのだから。

しかし、子供たちは違う思想に生きている!
「もっとも征爾が政治的な動きをするのは難しいだろうね。スポンサーがあるから」という俊夫先生の言葉。

対中国発言などは、小澤さんは朝日新聞紙上では行っている。でもそのニュアンスは、中国が母国、いや、生まれた国というニュアンスでの発言だった。

まあ、そのときどきの感性で動いているのだろうね。
日本フィル事件などのときには、ストライキをした楽員たちから離れたこともあったし。
でもこのストライキも、そもそも小澤さんは勧めるような発言もあったのです。それは拙著で明らかにしますね。

金井さんは、会えば以前通り金井さんながら、憲法を知ることによって、世界観がかたまったようです。

今後、中国、北朝鮮など、わたしたちは日本の将来をどうすべきか、考えなくてはいけない事態がきそうです。

フランス人は戦わずして、パリ陥落となった。。。」

でもわたしは、そのやり方は、国民を大切にしたやり方だったのではないか、などと、弱腰ながら思ってしまうのです。
最後は、パルチザンでナチスに対抗・・・それまで機をうかがってひそんでいた・・・そんなフランス人らしい小賢しさというか、そんな感性を日本人ももつべきではないかと。
特攻など、日本人は潔すぎる。
そういえば、オリンピックでも、サッカーワールドカップでも、日本人は審判の言葉にけっこう素直。

そういう国って、戦争にむかない・・・とわたしは思う。
9条があったために、なんとかここまで日本はやってこられたのではないか・・・。
そんなふうなことを考える2016年の夏です。











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