中丸美繪ブログ

「モーストリー・クラシック」で「鍵盤の血脈 井口基成」連載中。六年目。小澤征爾伝も脱稿間近。

『日本航空一期生』週刊ポストで著者インタビュー 

2015年02月19日 11時33分43秒 | 日記
いま発売の週刊ポスト(2月27日号)の「著者に訊け!」の取材をうけました。掲載は129ページ。

ポストのこの著者インタビューは2ページもあって、全身写真つきで、ページをひらいてちょっと仰天しました。

中丸美繪の10センチはあるとおもわれる名前のわきに、同じ大きさの全身写真。

<戦後、航空事業を封じられた日本人が屈辱の中で培った技術と矜持で、”日本の空”を支えた>

との見出しです。





日本航空一期生(白水社刊)中丸美繪著

2015年02月17日 11時55分26秒 | 日記
週刊文春2月12日号
<文春図書館>に書評が載りました。

:::::鶴が飛んだ日::::::

『日本航空一期生』中丸美繪著

全日空におされぎみのJAL。2010年には会社更生法適用を申請した過程で、放漫な経営感覚が非難されるなどイメージダウンした時期も。だが、本書で描かれる、敗戦後の米軍占領下において、ナショナル・フラッグ・キャリアを誕生させるために奔走した人々の姿は、読者に新鮮な驚きを与えるだろう。現代では人気の高い白洲次郎が、日本人による独立経営を邪魔する「悪役」なのも面白い。(目)


注目してもらったのは、白洲次郎によるパン・アメリカン航空を日本の国内線に誘致する、という部分ですね!
ほんとうに、もし白洲次郎案が通っていたら、日本の国内線はどうなっていたのだろうと思います。




『日本航空一期生』(白水社)中丸美繪著 刊行ー『日航一期生』の会

2015年02月13日 11時31分48秒 | 日記
取材させていただいた日本航空一期生のかたがた。
1300人の応募者のなかからエアガールとなった小野悠子さん、伊丹政子さん。

地上職の一期生の方々のなかに、総務部に採用となった鷹司信兼さんがいます。
昨年、取材させていただいたとき、94歳。
しかし、矍鑠としてらっしゃいます。

ご自身がどのように日本航空に入社したか。
戦争中は軍人として、どのように過ごしていたか。
戦後になって、食べるために夜行列車に揺られる日々。
そして日本航空に入社してから、彼が関わった広告の仕事・・・・。

そんなお話をじっくり聞かせていただき、本に盛り込むことができました。

そんな鷹司さんが、『日本航空一期生』の会を開きたい、と発起人となりました。

3月5日に霞会館でおこないます。
なんでも霞会館は、旧華族会館だとかいうことです。

その会には、拙著の『日本航空一期生』に描かれた時代を知る方々がそろう予定です。

どういうお話が飛び出すのか。

また拙著をどういうふうに読んでくださったか。

ご感想も聞けるとおもいます。

本日発売の週刊ポストに、著者インタビューが掲載される予定です。


『日本航空一期生』(白水社)中丸美繪著 刊行

2015年02月13日 11時04分16秒 | 日記
あまりにも長い間ブログを更新していなかったら、ログインパスワードの記憶があやしくなり、なんどもやっているうちにログインできなくなってしまいました。とほほ。

このたび『日本航空一期生』という本を白水社より上梓しました!
まず「週刊文春」の「文春図書館」でとりあげられました。

<<<文春図書館>>>>

 *鶴が飛んだ日
『日本航空一期生』中丸美繪


全日空に押され気味の日本航空。2010年には会社更生法適用を申請した過程で、放漫な経営感覚が非難されるなど、イメージダウンした時期も。だが本書で描かれる、敗戦後の米軍占領下において、ナショナル・フラッグ・キャリアを誕生させるため奔走した人々の姿は、読者に新鮮な驚きを与えるだろう。現代では人気の高い白洲次郎が、日本人による独立経営を邪魔する“悪役”だったのも面白い(目)

文春図書館さま、書評ありがとうございます。
白洲次郎さんの行動には、わたし自身、驚きました。
吉田茂の側近として、政治に参加した初めての民間人です。
オール・ジャパンで民間航空会社を始めようとしたところが、権力の中枢にいる白洲から「待った!」がかかる。彼自身はアメリカのパンアメリカン航空に、日本の国内線を飛ばせようとするのですね!
敗戦後、国土は疲弊し、国民は飢えていた。しかし、日本人は復活の夢を信じていた時代。

白洲の誘致案に、マスコミが反応し、世論が反対のノロシをあげました。

そして、完全民間会社である「日本航空」が誕生したのです。1951年8月のことでした。創立集会にあつまったのは30名あまり。本社は銀座のかつて日航ホテルがあった場所でした。それは木造の古い時計店を買ったものでした。
資本金は一億円。飛行機が三億の時代ですから、これがいかに無謀であったか!

まだまだ創業の困難はつづきます・・・・・。