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1-1 サメの選択・ヒトの選択

2019年11月12日 | 『少子化問題を考える』


1-1 サメの選択・ヒトの選択


 人類は、厳しい自然を生き延びて、今日の繁栄を築いてきました。それには、他の動物にはない戦略があったからです。有名なものに道具、言語……がありますね。それらに加えて「共同養育」も戦略の一つと考えられています。共同養育、つまり実の親だけでなく家族、コミュニティー……で子どもを育ててきたことが今日の繁栄をもたらしたのです。
 
 共同養育について詳述する前に、人類の進化の歴史について軽くふれておきます。

 ご存知のとおり、人類の祖先は猿人、つまり二足歩行を始めたサルの仲間です。登場は今から約700万年前。その後、約200万年前に原人が現れました。
原人は、猿人と比べ脳が発達していました。いいかえると、約200万年前に脳が発達し始めたといえます。そのきっかけは肉食。

 想像するに、雷が落ちて森が焼けた。森林火災です。木の実など、本来の食糧は焼けてしまった。焼け跡には逃げ遅れた動物の焼死体のみ。「生きるためには仕方ない」と、おそるおそる食べたところ、意外に美味しい。しかも腹もちがいい。そこで、彼らは積極的に肉を食べることにしたのです。
 最初は肉食獣の食べ残しを漁(あさ)るだけでしたが、やがて自ら狩りを始めます。本格的な肉食の始まりです。これを境に人間は、草食動物から肉食動物(学問的には雑食動物)になったのです。人類史上 初の革命といえるかもしれません。

余談ですが;
 人間と反対に、肉食から草食に転じた動物がいます。パンダです。彼らも本来の食糧が手に入らなかったので、しかたなく他に食糧を求めたのでしょう。なお、パンダは、進化の過程で手首の骨が変形しました。ササを食べやすいように突起ができたのです。突起というより新しい指が生えてきたといってもよさそうなくらい大きな変化です。

狩りによって食糧確保のチャンスは増えましたが、同時にピンチも増えました。
 狩りには危険がつきもの。獲物を捕まえる際には、抵抗する獲物と格闘しなければなりません。また、時には肉食獣のテリトリーに足を踏み入れることになるでしょうから、彼らに捕食される危険もあります。
 そんな危険を解消すべく人間も他の肉食獣のように、鋭い爪、牙、あるいは角……で武装してもよかったのです。肉体改造という途を歩んでもよかったのです。動物の体は、使わない部位が退化する一方で、よく使う部位は発達します。進化という変貌です。多くの動物はその途をたどってきました。もちろん肉体を改造するには長い年月を要するでしょうが―。
実際、狩りをしやすいように肉体改造に成功した動物もいます。サメは、より速く泳ぐために頭蓋骨を捨て、鳥はより速く、より高く飛ぶために歯をなくして体重を軽くしたといわれています。

余談ですが;
 サメに頭蓋骨はありません。頭部の硬い部分は顎だけで、そのほとんどは軟骨だとか。したがって、骨の数が少ないサメは、他の魚より原始的―とする位置づけに甘んじてきました。しかし、科学誌『ネイチャー』によると、頭蓋骨を持ったサメの祖先の化石が発見されたことで、あえて頭蓋骨を捨てたと分かりました。
 しかし、人類はその肉体改造の途を歩まなかった。代わりに選んだのは、知恵を出し合うことだったのです。肉食獣に比べて劣る攻撃力・防御力を道具とチームワークで補いました。木の枝や石などを武器に利用したり、合図や言語などでコミュニケーションをとりながら集団での狩猟を行い、大きな獲物も捕らえることができるようになったのです。
 これが文明の始まりといってもよいかもしれません。
 
このように肉体改造ではなく知恵を出し合うことが生存戦略となったのですが、知恵を出すには頭脳が必要です。
これには二足歩行も大きく寄与しているようです。四足歩行に比べて二足歩行は、高度なバランス感覚を必要とします。猿人は、地上はもちろん、樹上でも二足歩行していたといいますから、かなりのバランス能力を身につけていたことでしょう。その結果、神経細胞やそのネットワークが発達し、全体の脳細胞の発達も促したのではないでしょうか。
 近年、認知症の予防としてウォーキングが取り入れられていますが、原点回帰ともいえますね。


余談ですが;
 インドネシアのバジャウ族は、潜水能力に長けているそうです。70メートルもの深さまで潜れ、しかも10分間も潜水活動ができるというから驚き。イルカやクジラに匹敵するほどの潜水能力を手に入れたバジャウ族は、もはや半漁人に進化したといってもいいのではないでしょうか。それを可能にするのが発達した脾臓(ひぞう)だとか。何世代もの間、潜水を続けた結果が脾臓のパワーアップだったのです。
「こうなりたい」という欲求と長い期間の訓練が肉体改造をもたらすようです。道具に頼らず、あくまで丸腰で狩りに臨んだならば、人間は「オオカミ男」のようになったかもしれません。また、飛ぶ訓練を続けていたならば、天使のように飛べたかもしれません。
もし人類が道具に頼らず、肉体改造を目指していたら、現代のように文明も発達しなかったでしょう。すると、昨今問題となっている環境破壊も起こらなかったかもしれません。

 一人ひとりは か弱い存在でも、知恵を出し合うことで我々の祖先は、敵に立ち向かうことができるようになりました。いうなれば、知恵による武装です。こうして共同作業を軸とする人間の生活が始まったのです。
 共同作業は狩りにとどまりません。子育てにも及びました。「共同養育」です。
子育てを実の親の専任事項としたら、親が不幸にして死んだ場合、あるいは親が子育てを放棄した場合……には子は死んでしまいます。これは集落・グループにとって大きな損失です。だから共同して子育てにあたったのです。それが人間の生存戦略。

 共同養育については、次項以下で詳述いたします。

7:25 2019/11/12


参考:
『ホモ・サピエンスはどこから来たか』馬場悠男〔KAWADE夢新書〕
『人間とは何か チンパンジー研究から見えてきたこと』松沢哲郎〔岩波書店〕
NHK『SWITCHインタビュー「ゴリラから見たヒト、旅から見た日本人」山極壽一・関野吉晴』2015年8月15日放送
『NHKスペシャル 人類誕生 第1集 こうしてヒトが生まれた』2018年4月8日放送
「直立二足歩行のまとめ~歩き方の違いがもたらした革命~」
http://blog.monoshirin.com/entry/2015/11/06/003530
















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