父が認知症になり 要介護1~5までの過程が
思い返すと早く進行したと思う
ここで父が認知症になり他界するまでを簡単に経過をまとめます。
思い返すと認知症と判断されるまでが大変でした!
本人は正常と思っていますので先生に診断されるのを拒否
簡単に病院へは行きません
父よりも早く母が認知症を発症
デイケアにも素直に従ってくれますが父 一人残して行くのが心配
一緒に通いたいと私達やケアマネージャーさん達に訴えます
あの手この手で色々 試しますが最初は上手くいく事が出来ず
大変な思いをしました
ようやく診断して貰うと結果は要介護1の認定でした
2015年3月 要介護1の認定が通知される
2016年1月 要介護3の認定
2017年1月 要介護5の認定
要介護5の通知を貰い父の体調が変わり
1月25日17時7分 父は他界しました。
※以前 役所で手続きをした時
要介護5の認定を貰った方は短命が多く長生きできないような事を聞いた事を
思い出しました!
ただ 父の場合は認知症の他に糖尿と貧血で緊急入院その後
貧血の原因がガンではないかと詳しい検査の結果 胃がんが見つかりました。
胃がんが見つかった時は転移はしておらず 胃を全摘出する事も可能
しかし、高齢の父の事を考えると 痛い思いと食事をする楽しみを奪うのは
辛く 延命治療はしない方が良いと考えました。
父にも確認しましたが、考え込んで何も言いません
帰る時 車の中でもう一度確認した時 父が
「なるようにしかならない」と一言 私に話しました。
それを聞いて私は感じました。
父は延命治療は望んでいないと ・・・
親族や周りの方の意見も聞きましたが やはり皆さんの意見も答えは同様です
しばらくは父の事を思うと涙か出て悲しみに浸っていました。
昨年の5月に入院 9か月の闘病生活でした。
父は7の数字が好きなようで生年日がラッキーセブン
S7年7月7日 生まれ 死亡時刻が17時7分とこれまた7がつき
やはり7が好きなのね~
葬儀の日も7が付くようにバタバタと日程を決め
病院から自宅に戻った父のしたく準備をしてお寺へ連絡
枕念仏を和尚さんが唱えに来て貰い その時に
通夜 26日
葬儀が27日に決めて 和尚さんの都合を確認 斎場も大丈夫と言う事で
午前0時すぎに斎場の営業さんと打ち合わせが終了
一番遠い大阪の親族に電話連絡して
父方 母方への連絡はもう深夜になっていたので翌朝
日程時間の連絡をしました。