和歌の浦散策第二弾…
不老橋近くに県内最古の石橋がかかっています!
三断橋

不老橋から遡ること200年初代藩主徳川頼宣が
1651年干潟に浮かぶ妹背山に架けたアーチ橋です

妹背山中腹には海禅院多宝塔(1653年)
頼宣が亡き母を弔うために建立
和歌の浦は紀州徳川家との関わりが深い地ですね。

波の浸食でできたのか
美しい模様を描く山肌に咲くハマユウの花
この橋の近くで2つの歌碑を見つけました
一つはあまりにも有名な歌

若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る (山部赤人)
そして、読み難かった句碑は調べてみたら

行春を わかの浦にて 追付たり
松尾芭蕉の句でした!
移ろい行く季節を追いかけて
ようやくたどり着いた うららかな晩春の和歌の浦
そんな思いが込められているのでしょうか?
芭蕉は赤人から1000年近く経た1688年に訪れたそうです(*._.)φ))
気の遠くなるような長い時の流れですね。
私もこの日短歌を2首詠みましたが
お二人の秀作に並べるのはおこがましく、いずれ改めて…(^^ゞ

あいにく曇天のため
美しい海の写真が撮れなかったけど…(田の浦より)
不老橋近くに県内最古の石橋がかかっています!
三断橋

不老橋から遡ること200年初代藩主徳川頼宣が
1651年干潟に浮かぶ妹背山に架けたアーチ橋です

妹背山中腹には海禅院多宝塔(1653年)
頼宣が亡き母を弔うために建立
和歌の浦は紀州徳川家との関わりが深い地ですね。

波の浸食でできたのか
美しい模様を描く山肌に咲くハマユウの花
この橋の近くで2つの歌碑を見つけました
一つはあまりにも有名な歌

若の浦に 潮満ち来れば 潟をなみ 葦辺をさして 鶴鳴き渡る (山部赤人)
そして、読み難かった句碑は調べてみたら

行春を わかの浦にて 追付たり
松尾芭蕉の句でした!
移ろい行く季節を追いかけて
ようやくたどり着いた うららかな晩春の和歌の浦
そんな思いが込められているのでしょうか?
芭蕉は赤人から1000年近く経た1688年に訪れたそうです(*._.)φ))
気の遠くなるような長い時の流れですね。
私もこの日短歌を2首詠みましたが
お二人の秀作に並べるのはおこがましく、いずれ改めて…(^^ゞ

あいにく曇天のため
美しい海の写真が撮れなかったけど…(田の浦より)