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ネットラーニングHD、ネットラーニング、WIWIW、Phoenix Consulting、各代表取締役 岸田徹

岩に染み入る蝉の声

2011-08-26 22:44:45 | 読書/新聞/映画など
朝、家をでるとミンミン蝉の声が道いっぱいに広がっていました。

会社から出かけた先でも、街路樹のミンミン蝉が元気に鳴いていました。わたしは、子どものころ、仲間でセミをみつける名人だったので、いまでも、木の枝のなかにとまっているセミをすぐに見つけてしまいます。

関西では、いまごろ鳴くのは、クマゼミです。シャンシャンシャンと勢いよく鳴きます。透明な羽と大きな体は子どもたちに人気があります。ミンミン蝉は、それよりは少し小型です。

セミといえば、松尾芭蕉が元禄2年5月27日(1689年7月13日)に山形市立石寺に参詣した際に詠んだ俳句「閑さや 岩にしみ入る 蝉の声」が思い出されます。

立石寺に行き、そびえる岩の崖をみて、はじめてこの俳句の意味をしりました。

なぜ、あのさわがしい耳をつんざくような蝉の声が「閑さや」なのか、ずっと疑問でした。現地に行ってわかりました。その崖の岩は、風葬の岩なのです。多くの人たちが亡くなり、その岩山にとむらわれて、白骨になり自然にかえっていく。あの騒がしい蝉の声が、岩に染み込み、まるで静寂のようです。芭蕉は、その静寂にはっと気がついたのでしょう。どんなに騒がしく鳴いても、すべて岩に吸い込まれていきます。

わたしが、もっとも好きな俳句です。「山寺や 岩にしみ入る 蝉の声」であれば、あたりまえの俳句です。

閑さや 岩にしみ入る 蝉の声ーーー生きることを考えさせられる壮絶な俳句です。



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1 コメント

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はっこつ収め (tokoya)
2011-08-27 22:07:32
20年ほど前山形市内に住んでいた祖父がなくなった。
葬儀に出席しました。
読経の際、大きな玉の、長~い数珠をみんなで輪になって送っていく。
葬儀も最後のほうはそれまでお手伝いをされていた婦人会の人々がハンドベルのような鈴を持って葬送歌を歌った。
納骨が、変わっていた。
普通の納骨のほかに記憶では“はっこつ収め”といっていたと思いますが、あごの骨だか、
のど仏だかを小さな骨壷に分けて立石寺におさめに行くんです。
こんな経験は初めてでした。立石寺もそのときが初めてです。
なぜこんな場所にと思ったのを覚えています。
きょう、この書き込みをよみ、懐かしい記憶がよみがえり、また、先人の深い想いにかんじいりました。
なるほどと。
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