新・南大東島・沖縄の旅情・離島での生活・絶海の孤島では 2023年

2023年、11年振りに南大東島を再訪しました。その間、島の社会・生活がどのように変わっていったかを観察しました。

宮出しとご祝儀

2023-05-13 19:57:12 | 旅行

  大東神社で神輿の御霊入れが終わったなら、各集落の氏子は神輿を担いでもと来た道を戻ることになる。一段目の写真は大東神社から在所集落に向かう途中の村道であり、このあたりでは練り歩きはせず、氏子はただ担ぐだけである。神社から在所集落の入口までは1キロメートル程あり、ここで練り歩いて体力を消費するのを避けるためである。この写真では、内地のどこかにある農村のような風景であり、沖縄の離島の祭とは感じられないであろう。
 在所集落にある飲食店、商店、企業の前に神輿が到着すると、店頭や事務所の前で練り歩くことになる。いわゆる渡御であり、神輿に乗り移った神様が町内を巡行して地域の繁栄(即ち、豊作祈願)を願うことである。神輿の練り歩きには各地、各神社によりそれぞれ独自の風習がある。有名な江戸前担ぎでは、担ぎ手が一列になって神輿を揺らしながら真っ直ぐ進むものである。南大東島での担ぎ方は、神輿を廻して放り投げるものであった。神輿を中心にして氏子がグルグル廻り、何回か廻った後で神輿を上に持ち上げるのであるから大変な作業である。体力を使うためか、途中の休憩所では若い担ぎ手も地べたにへたり込んでしまうようだ。
 帰路は往路と違って、奥山モータースを過ぎた当たりの県道で左折れし、在所集落の歓楽街に突入する。歓楽街を練り歩くのは、ご祝儀を頂戴するためである。神輿の後には空櫃を担いだ氏子がいて、飲食店、商店からご祝儀を頂戴していた。島民を相手にして商売していると、日頃の御礼を兼ねてご祝儀を差し出さざるを得ない。ご祝儀は一種の税金のようなものである。
 空櫃に入れられたご祝儀、お菓子の袋は、ある程度まとまるとトラックの荷台に集められる。ご祝儀はその夜に開催される各集落の宴会(直会)の酒代に化け、お菓子は行列に参加した子供たちに分けられるらしい。



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