心の中の塊
渡辺 蓮
私の心に息づく郷愁へのあこがれ
何よりも満たされていた頃の
心地よい、懐かしい風景が
まだ、心の奥底に潜んでいる。
それはもう、きっとこれからも
心の中だけに取り残されて
思い起こそうとしなければ
鉛のように重く固まっている。
私だけじゃない、きっと、
みんなの心にも
その鉛は重く固まっているはずだ。
だけど、誰もそのことに気づいていない。
私たちは目の前の生活に追われ、
それを維持してゆくことに
翻弄されてしまう。
そして、
世の中の流れに巻き込まれてゆく
でも、
みんなが持っている
本当はみんなの心が欲しがっている
大事な潤い、心の糧のようなもの
鉛の塊は何もしなければ
心の奥底で暗く固まって
心に重く圧し掛かっているに違いない
そして、それを感じたまま
次の世代の心に
得体のしれないものとなって
受け継がれてゆく。
受け継いだものはただただ、
厄介なものとしか思わないであろう。
だから、心の中を感じてほしい
鉛の塊が溶けはじめるまで
感じてほしい
熱い思いで懐かしむことで
鉛は心の中でドロドロに溶け込む
心地よい、懐かしい風景
言葉に言い表せない
寂しいけど心が楽しくなるような思い
受け継がれた
古来の人々も変わらぬ
心に馴染んできた
日本の美しい思いが、
見えてくるに違いない。
そして、それは、こちらから思い起こせば
やさしく、いつでも、迎えてくれる。
その時、心の中は
初体験のような
それでいて癒される
懐かしさに陶酔してゆく
一度味わえば、誰もが、虜になる
日本古来の情緒の世界だ。
誰もが思い起こさなくなった
心の潤いである
遥か昔を懐かしむ思い
自然を愛おしく思う心
限りある命を哀れみ尊ぶ思い
先人から受け繋がれた
日本の美しい思いは
我々の心の中に重く圧し掛かっている
暗い塊となって
空のように
渡辺 蓮
渡
僕は君に出会うために生まれてきたよ。
そして、僕は空のように君を包んでいるよ。
君がどんなに遠くにいても
僕はいつも繋がっているよ。
君がどんなに辛くても
僕はいつもそばにいるよ。
この果てしない空が続く限り君の悲しみは、
雨となって僕はこの大地を濡らすだろう。
僕は君に出会うために生まれてきたよ。
そして、僕は海のように君を愛しているよ。
君がどんなに痩せ我慢しても
僕はいつもわかっているよ。
君がどんなに隠していても
僕は深い心で感じ取るよ。
この母なる大海原がどこまでも広がる限り
君の苦しみは、嵐となって僕は全てを消去るだろう。
僕は君に出会うために生まれてきたよ。
そして、僕は大地のように君を支えているよ。
君がどんなに挫けそうになっても
僕はいつも諦めないよ。
君がどんなに後ずさりしても
僕はいつも君に着いてゆくよ
恵みの大地がある限り君の失望は、花となって咲き乱れ僕は希望を君に与えるだろう。
僕は君に出会うために生まれてきたよ。
そして、僕は空のように君を包んでいるよ。
心の中の雪景色
渡辺 蓮
遠い彼方の昔から
心の中に雪が降る。
しんしんと降り続いて
雪が積もる。
田畑も野原も
川も木々も
降り積もる雪に
姿を消してゆく
目の前は雪の景色が
何処までも続いている
遠くには霞んだ
なだらかな山々の稜線が
空との境を曖昧にして
やがて消えてゆく。
空も大地も雪の中
いつまでも、
何処までも
雪が降り続く
遠い彼方の昔から
心の中に降り続く
バスの停留所
渡辺 蓮
時間に来ないバスを
苛々しながら待って いる。
もう10分も経っているのに
遠くの方にも姿が見えない。
気になりだすと度々、
バスの来る方角を窺い始める。
それでもバスの姿は見えない。
この時間ならとっくの昔に駅に着いている。
だけど、今から歩くのも癪に障る。
気持ちはどんどん苛立ちはじめる。
隣のおじさんの顔を一瞥してみた。
平気な顔をして平然と微動だにしない。
『バスはあてになりませんね』
と言うと
『バスを待つときはあてにしては
いけませんよ。あてにするから
苛々するのですよ、私はもう30年以上
待っていますよ』
と話してきた。
怪訝そうな顔でおじさんの話を
聴いていたら、
『来るか、来ないか、解からないバスを
待っていると時間は無駄に過ぎてゆくが、
必ず来ると信じて待っているとバスはいつしかちゃんと現れますよ。
そんな思いで私は30年経ってしまったのです。』
このおじさんは、まさか三十年も来ないバスを待っているのだろうか。
そんなことはあり得ない。
そのうち、バスの方向指示器の音がした。
『ほうら、来たでしょう。』
しかし、もう20分も経っていた。
時間通りに来なかったけど、
バスはちゃんと現れた。
風の精、雪の精
渡辺 蓮
夜の帳が降りる頃、
森や山は月明かりに照らされて
静かに風の精が遠い空から舞い落ちる。
胸騒ぎの様なざわめきが、
辺り一面に繋がってゆく。
木々の葉を揺らし、
草叢を撫でながら、
湖水に波紋を伝え
風の精がやってきた。
淋しい季節の装いを
月明かりを頼りに
丹念に拵えてゆく。
葉影の虫はじっと堪えて
静かに息を潜めている。
風の精は時々、ため息をついて
立ち止まる。
出来栄えが気になって仕方がない。
淋しい色や艶やかな色が
月明かりの下で一緒に見える。
色の違いをどうやって出せるのだろうか
悩んでしまう。
最初はきっとまだ分かりづらい。
翌朝、陽の光に照らし合わせ
その晩に少しづつ、色を重ねて
淋しい季節を織りなしてゆく
そして、日ごとに寒くなり
陽の射す時は短くなって
深まりゆく淋しい季節の様子が
とても見事に完成しました。
風の精はまた、急いで
遠い空に帰ってゆきました。
残された淋しい風景は
どんどん色褪せて、
荒涼としてきます。
仕舞には木枯らしが吹き始め、
やがて、
白い季節に変わります。
夕暮れの街の明かりが、
ぽつん、ぽつんと灯る頃、
野山には雪の精が舞い降り始めます。
秋になりました。
沈んだ心のような空の色。
黄金色の絨毯が
敷き詰められた
銀杏並木。
人の背が悲しく思えます。
みんなの動きが
止まったようにも
見えます。
秋は人の心も
秋色に
染めてしまいました。
淋しくて
淋しくて
それでも、
独りが好きになりました。