こ~んばん~わ
乃木坂46の山下美月が『舞いあがれ!』(NHK総合)に登場して3週間が経とうとしている。
山下が演じる望月久留美は、ヒロイン・岩倉舞(福原遥)の同級生で幼なじみの役。物語の舞台が2004年に移った第4週「翼にかける青春」より、久留美の幼少期を演じた大野さきからバトンタッチする形で山下が久留美を演じている。
ポイントになるのは、その交代を経て月日は10年が経過しているということだ。クラスでは「ウサギ殺し」と揶揄され孤立してしまい、怪我を機にラグビー選手をリタイヤし職を探す父・佳晴(松尾諭)との父子家庭という貧しい環境から、決して社交的ではなかった久留美が、舞や貴司と過ごす時間をきっかけにして、子供パートを締めくくった小学校の校庭で模型飛行機を飛ばすシーンでは、満面の笑みを浮かべるようになっていた。
そして、18歳となった久留美はすっかり明るく、強い女性に成長した。浪速大学の航空工学科に入学した舞に、システムエンジニアとして働く貴司(赤楚衛二)。久留美は看護専門学校に通いながら、放課後はラグビーファンが集うカフェ「ノーサイド」でアルバイトをして、家計と父を献身的に支えている。初登場は舞に新しく購入した携帯の番号から電話をかけるシーン。「舞に遅れての契約」「お店の片付けが残るアルバイト先から」という2点から念願叶っての携帯購入であり、いてもいられなくなり舞に連絡したことが分かる。
大学生になっても謙虚なところは変わらない舞を、久留美はグイグイと引っ張っていく。なにわバードマンに入部したことで部費や活動費が必要になった舞は久留美と同じアルバイト先で働きたいと相談。すると「ほな、今面接してもらい」とその場でオーナーに話を持ちかけてしまう。トレーニング用のロードバイクを購入しようとする舞に付き添いでやってきた際も、デザインはかわいいが値段はかわいくないとまさかの値切り交渉に向かっていく。まさに「善は急げ」という言葉がぴったりな、舞とは対照的な女性に育ってきた。
演じる山下が多くのインタビューで、久留美のキャラクター像について語った時に出てくるのが「母性」というワードだ。母が家を出ていった8歳の時から10年間、父子家庭で暮らしてきた久留美からは、父を支えたいという気持ちが前面に溢れ出ている。元々母親が看護師だったことも背景にあるようだが、職業柄、不規則な生活を送る父を健康面からも支えたいという思いは、看護師という夢へと確実に繋がっている(「母性」についての定義はここでは抜きにするが)。その一方で、毎年誕生日に送られてくる母からの手紙に思いを馳せる久留美。旅客機のパイロットになりたいという夢を母に言い出せないという舞に、「贅沢な悩みやな」と本音が漏れ出る。そんな幼なじみにも言い出せない、心の影を合わせ持った役柄でもある。
山下としては、久留美はこれまで演じてきたことのないタイプの役だ。主演の一人を演じた『電影少女 -VIDEO GIRL MAI 2019-』(テレビ東京ほか)、妻を持つ教師を惑わす女子大生にして不倫相手役を好演した『じゃない方の彼女』(テレビ東京ほか)など、出演作に“あざといキャラ“が多く並ぶ山下は、自分に自信がない“低温女子“から徐々に成長していく広報課社員を演じた『着飾る恋には理由があって』(TBS系)への出演が、乃木坂46ファン以外にも広くリーチするきっかけとなった。
今年8月20日には土曜プレミアム『ほんとにあった怖い話 夏の特別編2022』(フジテレビ系)に出演し、切迫感の詰まった恐怖の演技を披露しているが、やはり久留美のような明るく、母性の強いキャラクターは、山下の中で前例にない役柄であり、今後はこの久留美が山下にとってのパブリックイメージに変換されていくことだろう。また、関西弁というのも東京出身の山下にとっては大きな挑戦の一つ。福原、赤楚との幼なじみ座談会では、関西弁が3人にとっての課題になっていることが明かされているが、ナチュラルなアドリブが出るほどに関西弁が馴染んでいくかも注目すべき点だ。
先述した『ほん怖』の撮影以降、乃木坂46としてのアイドルと『舞いあがれ!』での俳優のみを行き来している(と思われる)山下。ただ、最近『舞いあがれ!』以外でも演技を披露する場面があった。それが乃木坂46の冠番組『乃木坂工事中』(テレビ東京系)だ。様々な演技シチュエーションにメンバーが挑戦していく企画「目指せ大女優!乃木ザカデミー賞」。これまで番組MCの一人であるバナナマン設楽統が、山下を「朝ドラ女優」としてイジることは多々あったのだが、YouTubeのサムネイルを筆頭にして番組全体を通して『舞いあがれ!』をパロディにするまでに発展。「第1回 乃木ザカデミー 最優秀女優賞」を獲得した山下が番組の締めに言った一言が「この薄汚ねぇ、ドブネズミが! 『舞いあがれ!』絶対観ろよ!」だった(企画の一つ「ぶっとびセリフ選手権」から)。NHKとテレビ東京の局の垣根を超えた間接的なコラボレーション。改めて、山下が俳優としての現在地を確認する。
この『乃木坂工事中』で披露したのは、言ってみれば少々オーバー気味の“アイドル的“な演技でもあるが、ほかメンバーと比べて山下が飛び抜けているのは咄嗟に出されたお題やシチュエーションをその場で深く解釈して役に落とし込む力。Instagramでは多忙な中でも、趣味と勉強を兼ねて映画館に通う様子が映画の半券とともにアップされているが、そういった想像力としての素養は着実に身についていると言えるのではないか。
まだまだ『舞いあがれ!』は始まったばかり。この朝ドラ出演を通じて、山下が俳優として飛躍していくことはもちろんのこと、その演技力の真価が発揮される時が必ずやってくる。
■放送情報
NHK連続テレビ小説『舞いあがれ!』
総合:午前8:00〜8:15、(再放送)12:45〜13:00
BSプレミアム・BS4K:7:30〜7:45、(再放送)11:00 〜11:15
出演:福原遥、横山裕、高橋克典、永作博美、赤楚衛二、山下美月、目黒蓮、長濱ねる、高杉真宙、山口智充、くわばたりえ、又吉直樹、吉谷彩子、鈴木浩介、高畑淳子ほか
作:桑原亮子、嶋田うれ葉、佃良太
音楽:富貴晴美
主題歌:back number 「アイラブユー」
制作統括:熊野律時、管原浩
プロデューサー:上杉忠嗣
演出:田中正、野田雄介、小谷高義、松木健祐ほか
主なロケ予定地:東大阪市、長崎県五島市、新上五島町ほか
写真提供=NHK
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