あだちスタンプラリー
江北(東京都足立区)は江戸時代に多くの参詣客で賑わった「六阿弥陀」の故郷です。
この地に「六阿弥陀参り」の二番寺「恵明寺」があります。
恵明寺について
開山は亮尊と言われているが、年代は詳らかではない。
本尊は阿弥陀仏、木造の座像で平安末期から鎌倉初期のものと言われ、
足立区の有形文化財に登録されている。
明治9年、小台大門にあった延命寺(旧二番寺)と合併した際、移された。
六阿弥陀の伝説については長文のため、記事の一番下に記載しました。
境内は美しく整えられており、背筋をピンと伸ばしたくなります。
そんな境内にある休憩所に「あだちスタンプラリー」のスタンプはあります。
区文化財に登録された六阿弥陀を模したものとなっています。
よりみち・五色桜大橋
恵明寺のそばには土木学会田中賞を受賞した「五色桜大橋」があります。
一休みに荒川河川敷に足を運ばれてみてはいかがでしょう。
五色桜大橋について記事を書きました。よろしければご一読ください。
六阿弥陀の伝説
聖武天皇の御代、足立の庄司と言う長者がいた。紀州熊野権現に願をかけて生まれたという足立姫を
玉のように大切に育てていた。やがて美しく成長した姫は隣村の豊島の長者のもとに嫁いだ。
しかし、姑との折り合いがつかず日夜悲しんでいた。姫はついに生家に戻ることを決意し、侍女とともに
豊島の家を出た。沼田川(今の隅田川)にさしかかった時、世をはかなんだ姫は五人の侍女とともに川に
身を投じてしまった。一人娘を失った足立の長者は嘆き悲しみ、出家となり、姫の菩提をとむらうため
諸国の霊場をめぐり歩き、やがて姫とゆかりの熊野権現に辿り着いた。姫の冥福を祈願していると、
夢うつつの中に「霊木を授けるからこれで仏像を造り安置するように」との神示があった。
それで山中を尋ねると麓に光り輝く大木があった。これぞ神のお告げの霊木と「もしこの木が娘等成仏の
感応ならば早くわが本国へ流着せよ」と紀州の海へ投げ入れた。長者が霊場巡りを終えて故郷へ帰ってみると、
例の霊木はすでに沼田川に到着していて芳しい香りをたてていた。さて長者は大いに喜び、里人とこれを引き上げ
わが館に安置した。
この時、諸国行脚の行基がこの里に来た。長者はつぶさにこれまでの物語をした。行基は長者の仏心と
その奇跡に感心し「この木は正に霊木である。この霊木で阿弥陀仏の尊像を彫刻しよう」と、別座りに籠り、
ただちに六体の阿弥陀仏を彫り、木が余ったのでさらに一体を刻み長者に授けた。
はじめの六体を六阿弥陀といい、六カ寺にまつり、あとの一体を木余り如来といい、館の傍に草案を建て
そこに安置したという。
※六阿弥陀にまつわる伝説はこのほかにも色々あるそうです。
ちなみに木余り如来を安置した草庵は、現在、性翁寺(しょうおうじ)となっています。(恵明寺のそばにあり。)
性翁寺には足立姫のお墓もあり、女性往生のお寺として区内有数の寺院となっています。
お世話になった本
- 『足立区史跡散歩』(東京史跡ガイド21・学生社)
あだちスタンプラリーとは。
足立区の施設や観光名所など、計24カ所にスタンプ所を設け、
10個以上スタンプを集めると、記念品がもらえる。
スタンプ所は足立区にまんべんなく設けられており、隅から隅まで回れるようになっている。