『自由の哲学』を読む ~日々の暮らしから~

日々の「?」から始めて一歩ずつ
自分で見て考えて、行動していきたい。
私の自由が人の自由にもつながりますように。

垂直方向に言葉を使う

2022年06月08日 | 哲楽cafe
一日に一回、
こうやってブログを書いています。
これ以外に、さらに気が向いた時には、
手書きで考えを書き散らしたりもして。

誰のためでもなく、何の得もなく、
純粋に内面を見て言葉を綴ることは、
自分を客観的に見ることになり、
この時間は、かなり精神的に集中できる、
いわば垂直方向の時間です。

一方、社会の中に繰り出す言葉、
普段、普通に暮らす中で使う言葉は、
事実やノウハウ、情報を伝えるために
水平に使うことが多い。気も使いつつ、だね。

何なら、使い方によっては、
何かの主張を押し付けたり、
プロパガンダの道具にしたり、
誰かを攻撃したり、バカにしたり、
問いただしたりする武器にもなり下がる。

むしろ、これが
一般的な言葉の使われ方かもしれないな~。

いや、そういう使い方なら、
言葉じゃなくても出来るかも?
キメの粗い言葉を、イラストで補う
「スタンプ」の実力ときたら!

あれ、「好き」を伝えるには向いてるけど、
少なくとも、相手に真実を迫ったりはしない。
ある意味、毛づくろい的な言葉の使い方。

う~ん、言葉なぁ。
社会の中で使う言葉は水平方向に広がる。
波に巻き込まれて溺れないためには、
垂直方向に踏ん張っておく必要がある。

垂直方向に踏ん張る時に使う、
内面を見て、整えて、
するすると降りて来るのを待つ言葉。

この言葉を使えば使うほど、
自分は何がしたいのかな~って、
自分の中身の芯のようなものが
少しずつ強化されていきます。

垂直方向に錨を降ろして踏ん張ってたら、
溺れてるふり、楽しんでるふり、
をしてる自分に気付いてしまって、
「一体、何を優先してるんだ、私??」 
ってうんざりした事もあるなー

それでも、気づかないよりは気づく方がいい。
日記を書こう、おーーー。
鏡を見るように中身を見てあげよう、おーーーー。
書くのが面倒なら、瞑想をしよう、おーーーー。

1人の時間には、
垂直方向を意識してみると、
ブレに気付けていいかもしれません。

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5 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (ZIP)
2022-06-10 20:49:32
義務や道徳は垂直
義理や人情は水平
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Unknown (オキツ)
2022-06-11 22:37:04
義務が地上の役目なら、水平かな〜。
返信する
Unknown (ZIP)
2022-06-12 19:21:25
神か人間かの違い
返信する
自由の哲学について (梅崎幸吉)
2022-06-16 01:27:12
オキツさま
初めまして梅崎幸吉と申します。
コメントするのに若干躊躇しましたが、コメントします。

>義務が地上の役目なら、水平かな〜。
オキツ様の方が正しいです。
自らの内部から生じる行為の根拠が無ければ全て水平です。

私は「空間と時間」がクロスする意識空間、意識状態と言っています。
自由の哲学では「純粋観察」の意識状態とも謂えます。
純粋思考が活動する意識状態でもあります。

「自由の哲学」はシュタイナーの世界観、自由な精神に至る為には基本中の基本的著作です。
、、長くなりそうなのでこれ位で止めます。
本当に地味な作業ですが一進一退しつつも一歩づつ歩むしかありません。
、、健康に気を付けて頑張ってください。
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Unknown (オキツ)
2022-06-16 10:03:05
ZIP様
私もそのくくり方がわかりやすいです。

梅崎幸吉様
「自由の哲学」をお読みになるんですね? 私も、背骨を与えてくれたこの本とは長いつきあいです。この場に限りませんが、基本的に「正解を出す」より「自分で考える」自体が大切だと思っているので、ご自分で考えて歩く方にお読みいただけて嬉しいです。良かったらまた来てくださいね!
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