「これまで、何を最優先にしてきた?」
「喜びを感じるのはどういう時?」
「これだけは許せないってことは?」
「今、自分を何に使いたい?」…。
こういう問いから生まれる言葉は、
答えがないだけに、予備知識が要らない。
1人ひとりの体験に基づいて、
自分で答えを探し、自分で言葉を紡げばいい。
私の場合、何かの出来事に立ち止まって、
日記やブログを書いているうちに、
そこから大きな問いにつながって
考え始めることが多いです。
その場合には、ひとつ問題があって、
それは、「自分の考えのクセ(色)は、
自分だけではなかなか自覚できない」、
ということ。
もし、そういうことを人と話せたら、
自分の(お互いの)眼鏡の色に気付いて、
眼鏡を外して考えることができるのにな~。
私はシュタイナーが好きで勉強してるから、
一緒に勉強している人たちとは、
そんな深い会話も出来る。
だけど、それって、
みんなが「シュタイナー色」の
眼鏡をかけちゃってる危険性があるんだよね?
それに気づくためには、
自分の日常体験で目を洗えばいいんだけど。
「自然食」とか「スピリチュアル」とか、
「ナントカ教育」とか、何でもいいんだけど。
同好の士の集まりは、
同じ色の眼鏡をかけている人の集まり、
という危険性は、意識しておきたい。
いや、とは言え、
普段できない話が出来て楽しいから、
なかなか意識できないんだけどさ~。
そういう読書会や勉強会に集まる人とは、
同じ興味があることがわかっているし、
本質的な事でめっちゃ盛り上がれる。
だけど、日常ではあまりそんな話はしない。
普遍的な問いなんだから、
本来は誰でも少しは気になる内容のはずなのになー。
いろんな人とそんな話が出来たら、
それだけ深まって楽しいだろうな、と思う。
というわけで、
あれこれ自分に出来る形を
考えている今日この頃です。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます