こんばんわぁ!
弊社最年長のおじい事、河野 司です。本日は
“ワープロ記念日” について一筆投稿させて頂きます。
1978(昭和53)年9月26日、東芝が世界初の日本語ワープロとなったJW-10を発表しました。
開発者のひとりでもある森(もり)健一(けんいち)氏がある新聞記者との雑談で、 欧米の新聞記者に比べて日本の記者は記事を書くのが遅いとの指摘を受けたそう。
森氏はその原因が道具の差だと考え、日本語の独自ワードプロセッサ(ワープロ)の構想を持ったとされております。
JW-10
- 幅
- 115cm
- 奥行
- 96cm
- 重さ
- 220kg
- 価格
- 630万円
翌年から実際に「JW-10」の発売が開始されましたが、 その価格と当時の必要性の度合いから、販売台数は伸び悩む結果に…。ですが、以後登場するパーソナルコンピューターなどの先駆けとなり、多くの注目と関心を集めることとなりました。世界初となる日本語ワープロ「JW-10」が東芝から発表された9月26日はワープロ記念日として制定されております。
この記事を見て思い起こすこと約45年前の出来事になりますが、小職が社会人6年目の頃になります。当時外資系商社の事務機械事業部大坂支店の電子会計機の営業マンとして勤務しておりましたので、書類関係等は殆ど英文タイプライターでカチャカチャと作成しておりました。
丁度大阪の御堂筋本町の交差点南西角に東芝ビルがありまして、1階のショウルームにこの日本語ワープロ「JW-10」が展示されておりまして、まさに黒山の人だかり状態でした。
それまでは、コンピューターと言えばIBMを筆頭に外資系メーカーが幅を利かせてましたが、今から思えば、これ以降位から、国産系コンピュータが徐々に勢い付いて、国産系コンピュータがシェアーを広げて行って、形成逆転していった経緯がありました。
世の中、いつの時代も、“潮の変わり目”はあると思います。
この変わり目を見逃さずに、この新しい流れに乗って行くのが肝心。
“言うは易く行うは難し”ではありますが、これを見逃さない柔軟な発想及び感性をこの老骨に鞭打ってでも身に着けていきたいと思っています今日この頃です。
お付き合い頂き有難うございました!
以上です。失礼します。今後とも宜しくお願い致します!