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”長崎原爆の日”に思う

2022年08月09日 | 最年長オジイはかく思う

こんばんわぁ!

弊社最年長のおじい事、河野です。

本日8月9日は“長崎原爆の日”について一筆投稿させて頂きます。 

1945(昭和20)年8月9日午前11時2分、アメリカ軍のB29爆撃機「ボックス・カー」が原子爆弾ファットマンを長崎に投下。

プルトニウム239を使用した原子爆弾は、同年8月6日に広島へ投下されたウラン235型原子爆弾・リトルボーイよりも1.5倍の威力があったとされております…。長崎・浦上地区上空で爆発した原子爆弾は、半径200mもの火の玉を生じさせ、その表面温度は8,000以上だったとも言われております。

地面の温度は爆心地で3,0004,000にもなり、周辺一帯を巻き込み約15万人以上の死傷者を出しました…。原爆で犠牲になった方々の他にも後遺症に悩まされる方も多く、この悲劇を決して忘れず、二度と繰り返させない思いから建てられた「平和祈念像」のある長崎県長崎市・平和公園内にて、例年8月9日には慰霊平和祈念式典が執り行われております。

 この記事を見て、初めて知ったのですが、爆心地の地面温度が3,0004,000にもなったとの事。今年の夏は異常気象で36-37℃ で暑い暑いと言ってますが、その100倍以上の地面温度、まさに想像を絶する異常温度だったとは、、、

 小職の故母親からガキの時代に、戦争時代の話をたまに聞かせてもらってましたが、畑仕事の最中にB29爆撃機が飛んで来たら、慌てて近くの防空壕に逃げ込んだりとか、それこそ、上記の1945年8月9日に何か、ピカッと光る異常な光線(長崎市と上天草市の直線距離は約100㎞程)を見たとの話しを今思い出しています。距離の関係で、故母親は被爆者にはならなかったので、この4年後に小職はこの世に生を受けています。

 72歳になっても、仕事を与えて頂いている弊社並びに中島社長に熱い感謝の気持ちを持ってもっともっと熱く自分の業務に邁進していきたいと思いを新たにしています今日この頃です。

以上です。失礼します。今後とも宜しくお願い致します!

 

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