呪術だの超能力だのを「信じやすい」心性には問題がありはしないかということです。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:09
↑考えてみよう
そしてこれは80年代ポストモダン文化と強く連動している。鉄腕アトム時代の「科学信仰」が素朴すぎたことは確かですが、しかしポストモダン時代には「あらゆる信念は社会がつくる」みたいな所まで言われた。世界観を変えれば呪術にも心開かれる、という次第です。文化相対主義と呪術信仰が連動した。
— 中村圭志 宗教学 (@seattlelubbock) 2018年7月12日 - 19:22
しかしポストモダン時代には「あらゆる信念は社会がつくる」みたいな所まで言われた。世界観を変えれば呪術にも心開かれる、という次第です。文化相対主義と呪術信仰が連動した。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:10
文化相対主義は、今日のナショナリズムの情念にゴーサインを出す働きもしました。それはまたリベラルの権利主義とくっついて、諸社会の近代西欧文明からの「解放」の主張ともつながった。イスラムなどは典型的でしょう。しかし、文化相対主義もまた広義の呪術信仰ではなかったかという疑いがあります。
— 中村圭志 宗教学 (@seattlelubbock) 2018年7月12日 - 19:23
しかしポストモダン時代には「あらゆる信念は社会がつくる」みたいな所まで言われた。世界観を変えれば呪術にも心開かれる、という次第です。文化相対主義と呪術信仰が連動した。〜しかし、文化相対主義もまた広義の呪術信仰ではなかったかという疑いがあります。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:12
私はオウムは激しい結果をもたらした凡庸な出来事と思っており、かつ死刑制度は再考すべきだと思っています。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:13
オウムの大それた結果に圧倒されるためか、犯行を「未解明」と感じる人がいるようですが、それは当人の神秘的意識の投影の可能性が高いでしょう。なお、これと死刑制度の是非は全く別問題。私はオウムは激しい結果をもたらした凡庸な出来事と思っており、かつ死刑制度は再考すべきだと思っています。
— 中村圭志 宗教学 (@seattlelubbock) 2018年7月12日 - 20:49
オウムの大それた結果に圧倒されるためか、犯行を「未解明」と感じる人がいるようですが、それは当人の神秘的意識の投影の可能性が高いでしょう。なお、これと死刑制度の是非は全く別問題。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:13
もう遅いから、明日考える。おやすみなさい。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:19
しでかしたことはデカイが、凡庸な悪事である。デカイが故に圧倒され、たじろいていないか、オウムの中に神秘や真理を見出そうとしていないか。
未解明なのはこちらの側にあるのではないかと、、
などなど。
以上、メモ書き。
— 龍 隆たつ たかし (@owarano1951) 2018年7月12日 - 21:24