◆SORAの小さな写真館◆
アタシが切り取る小さな世界 アタシが見た一瞬
あの頃の未来 アタシの記憶の断片をキミに
          
 














2014年4月2日

桜が満開

こんな美しい時に・・・

もうひとつの私のブログでの同病のお友達が永眠しました。


悲しいです。





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人が花に目をむける時・・・ (デブと某医)
2014-04-05 23:19:21
 伊集院静「旅行鞄にはなびら」より

 人が花に目をむけるのはどんな時なのだろうか。

 人生の或る歳月を積み重ね、日々の時間がゆったりと流れはじめた人たちが花に目がむく理由は何となくわかる。先述したように花の持つ懸命さにこころを動かされるのかもしれないし、ひとつ季節がめぐって、また咲いてくれる花のたしかさや時間への郷愁もあるのかもしれない。

 だがそういう人たちだけではなく、子供も、少年、少女も、若い娘たちも、時折、花を見て顔を明るくさせる光景を、私は何度も目にしている。

 ・・・なぜだろうか。

 私は花の美しさが、ごく自然におさまる場所が、私たちの身体の中にあるのではないかと考える。私はその場所に、人間が本来持っている”美しいものへの敬愛“があるのではと思う。俗に言う美意識なぞという妙な言葉も、おそらくこの場所の周辺から出ているのだろう。

 なら、その場所には、花や、その他の美しいものがあふれているのだろうか。私にはそうではない気がする。私は、その場所のそばには、人が生きることで遭わざるを得ない、知らざるを得ない、別離や喪失といった哀しみがあるのではと思う。

 大切なものを失った人が哀しみに耐えて、それでもなお生き続けようとした時、そこに一輪の花を見て、微笑できることが、私はあると信じている。

 セーヌ河畔を旅した時も、私は岸辺に咲く花を見て、去って行った人たちの微笑を見た記憶がある。旅先で出逢う花は旅人にさまざまなものを与えてくれるものかもしれない。
 
 
 
デ某さんへ (SORA)
2014-04-07 00:05:49
私が、それぞれの季節に咲く花に目がむくようになったのは一体いつ頃からだろう・・・。

子供の頃にも花を見て綺麗だとか可愛いだとか思っていたに違いありませんが、今の私はその頃より遥かに花を慈しむようになりました。それは、やはり人生の或る歳月を積み重ね、日々の時間がゆったりと流れはじめたからでしょうか。

毎年、私の住む街には沢山の桜が咲きほこります。
今年はじめて桜のトンネルを車で通り抜けた日、いつになく胸いっぱいになり込み上げるものがありました。
毎年同じ場所で桜を見上げることが出来る喜びは、年々大きく膨らみます。

来年も同じ場所で桜を見上げ
「今年も桜が綺麗やなぁ」と微笑み写真に収めます。
その時には、どうか一緒になって
「ほんまやなぁ、今年も綺麗やなぁ」と微笑んでください。
 
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