チャイコフスキー 1812年
今週末も遊び呆けてしまい、また
煎餅焼きを怠ってしまった。今日はもう
やる気がまったく起こらない。朝から……。
浅田真央選手は今度、フリー演技の曲を
ラフマーニナフのピアノ曲「前奏曲嬰ハ短調」(op3-2)、いわゆる
「鐘」にするんだそうである。おそらくは、
ストコフスキ編曲のオーケストラ版なんだろうけれど、その出だしは、
♪ファ>ミ>ラー♪
という嘆息音型である。偽作といわれてる
バッハの「トッカータとフーガ(ニ短調)」ふうな、
ヴィヴァルディの「春」3楽章に出てくる、それを
シューマンが「子供の情景」第1曲に引いてしまった音型、
♪ミ<ファ、>レ<ミ、>ド<レ、>シ♪
も現れる。ところで、先月末に執り行われた
故川村カオリ女史の埋葬式で鳴らされた
お茶の水のニコライ堂の弔いの鐘は、
人の心をえぐるような音だった。ときに、
"For whom the Bell tolls(誰がために鐘は鳴る)"
というヘミングウェイの小説のタイトルは、
英国詩人ジョン・ダンの文の一節を引いたものらしい。
"and therefore never send to know
for whom the bell tolls; it tolls for thee."
♪きみは覚えてーっ、イルーカしらーーっ、
あのー、ひどいー、フランコーーっ♪
これはべつにロバート・冗談ではない……汝がため。
太平洋戦争では家族を守るため、
国土を護るために、大勢の日本人が死んだ。
死ぬもの貧乏、という言葉がある。が、
生き残った人のために代わって死んだ人たちは
65乃至70年間、なんとか無駄死にではなかった、
かもしれない。が、今日、
故杉村春子女史とダウンタウン浜田雅功の顔を
なかなかに区別できない拙脳な私には、
それらがすべて水泡に帰してしまう、と思えてならない。
「1812年」は最後の部分でCampane
(鐘=イタリア語Campanaの複数形)が用いられてる。が、
それよりも前に、「鐘」は鳴らされるのである。
「1812年」のソナータ部の第2主題部は、
[(アッレーグロ・ジュストの)リステッソ・テンポ、4/4、6♯]
が、冒頭は実質ニ長調で開始される。
***♪ドー・<ミー・・<ドー・>ソー│<ミー・>♯ラー・・<ソー♪
という音列が、低弦(ド)
→2番ファゴット+4番ホルン(ミ)→1番ファゴット+3番ホルン(ド)
→2番クラリネット+2番ホルン(ソ)→1番クラリネット+1番ホルン(ミ)
→2番オーボエ+コーラングレ(♯ラ)→2番フルート+1番オーボエ(ソ)
のユニゾンによって重ねられる。まるで、
教会の鐘が鳴らされるかのように。そして、
♪「ドー」・<「ミー・・<ドー」・>「ソー│<ミー」・>「♯ラー」・・<「ソー」♪
と、7つの音が5段階の混合音色グラデイションとして
あざやかに示されてくのである。とくに、
6番めのオーボエとコーラングレの音が聞こえたとき、ヒトは
「安らぎ」を感じるはずである。ともあれ、
この音列はニ長調の1の七の和音であるから、つまり、
ト長調の属7になるのである。
第2主題の後半がト長調になることを考えれば、
それを導いた、ということになる。が、
チャイコフスキーの音楽はそれほど単純ではない。その前に、
嬰ヘ長調が置かれるのである。すなわち、
ト長調の属7から突如、嬰ヘ長調の主題が歌われる、
という流れ、である。ここで、
上記の各音への楽器配置に注目すると、
1番クラリネットと1番ホルンが配されてるのは
ges=fisである。つまり、
第2主題の裏で♪ドーーー・・>シーーー♪という
遠吠えを吹く楽器が、すでに
鐘の音列のひとつとして
嬰ヘ長調の主音を鳴らしてる、のである。そして、
嬰ヘ長調で現れる節は、
破棄したオペラ「地方長官」の中で
ト長調で始まってた女声デュエット
……マーリヤとアリョーナの心優しい友どうしの出会い、
友愛を謳った……をリサイクルしたものである。小説
「誰がために鐘は鳴る」では、
スペイン内戦に我がために加わった"ロベルト"だが、
過酷な体験をしてきた娘
マリアのために命を落とすことができたのである。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます