※昼間に同じのをUPしたんですが、出勤間際に関係ないイラストまで一緒にUPされてることに気づいてあわてて削除したような次第です。
とりあえず再UP。
なんでいまごろクリスマスの話なんだよっていうと、
これは年末のクソ忙しかったときにトチ狂って書いたやつで、このブログにだけUPし忘れてた。
どっちかというと女性向け。
また男性向けのどぎついのもそのうち書くわ。ちょっと待ってて。
※18歳未満の閲覧お断り
★ ★ ★ ★ ★
12月24日の夜。
繁華街近くの並木道は、深夜になっても大勢の人でごったがえしていた。
サンタクロース、トナカイ、赤や緑のリボンがかかったプレゼントの箱の山。
安っぽいイメージの電飾がそこかしこにぶら下げられ、かわりばえのしないクリスマスソングが延々と垂れ流されている。
そんな風景の中をいかにも楽しげに、仲の良さそうなカップルたちが手をつないで通り過ぎていく。
毎年、同じことの繰り返し。
……いったい、何が楽しいんだか。
湖原マリはコートのポケットに手を突っこんだまま、不機嫌な表情で駅までの道を歩いていた。
「ちょっと待ってよ、マリちゃん。まさか、もう帰るつもり?」
真後ろから峰本達也の困ったような声が追いかけてくる。
もちろん、いちいち振り返ったりしない。
前を向いたまま、まるで聞こえなかったように無視をする。
そんなことができるのは、相手が絶対に怒りだしたりしないことを知っているからだ。
達也はふたつ年下の幼馴染で、いまも近所に住んでいる。
今年で25になるというのに、子供のころから少しも変わらず頼りなくて甘えん坊で、まったく男らしくない。
いつのまにか背はマリよりもずっと高くなって、女の子たちからはそれなりに人気もあるらしいが、マリにとってはいつまでも弟のような存在だった。
「ねえ、せっかく一時間もかけてきたのにさあ。屋台とかも出てるし、もうちょっと遊んで帰ろうよ」
「だって用は済んだでしょう? あんな電球でできたトンネルみたいなの、どこが面白いんだか知らないけど」
「あはは、マリちゃんらしいな。だってほら、ああいうところに行くとクリスマス気分になれるかなって」
今日見てきたのは、毎年話題になるイルミネーションの祭典だった。
うんざりするくらいの人混みの中で長時間並ばされたわりには、30分もあれば見終わってしまう。
それでも巨大なステンドグラスのようなアーチがいくつも連なっている様子は、言葉を失うくらいに綺麗だった。
達也の気遣いが、じんわりと心に染みる。
けれど、それを口には出せない。
マリは不機嫌な顔を崩さず、わざと嫌な言い方をした。
「あんなの、人混みで疲れるだけじゃない。歩きすぎて足も痛いし、寒くて風邪ひきそうだし、ほんと最悪」
「でもさ、そんなこと言いながらでも一緒に来てくれたじゃないか。口は悪いけど優しいんだよね」
去年は、美しくライトアップされた夜の水族園。
その前は、遊園地のクリスマス限定イベント。
いつもいつも、達也はこの時期になると必ずマリをどこかへ連れ出そうとする。
『どうしても僕、行きたいところがあるんだよね。でもひとりじゃ寂しいから、つきあってよ』
毎年繰り返される、同じ誘い文句。
本当は達也だって人混みなんて嫌いなくせに。
大げさなくらいはしゃいで、どうにかしてマリを笑わせようとする。
その理由は、なんとなくわかっていた。
わかっているから、余計に素直になれなくなる。
「べつに優しくなんかないわよ、たまたま……そう、たまたま暇だっただけ」
「それでもいいよ。そうだ、足が痛いんだったら休憩しようか。この近くにいい場所があったはずだから」
☆ ☆ ☆
連れて来られたのは、賑やかな大通りからそう遠くないところにある公園だった。
点々とある街灯だけが照らす夜道は薄暗く、他に人影はない。
入口から奥へ向かって伸びる遊歩道の脇には、綺麗に整備された花壇が並んでいる。
名前も知らない赤い花が暗闇に揺れている光景は、どことなく幻想的に見えた。
思わず足を止めたマリを、達也が笑う。
「マリちゃんも、花に見惚れたりすることあるんだね。意外だなあ」
「意外ってどういう意味よ、失礼ね」
「うーん、花なんか蹴散らしそうっていうか」
「だからそれが失礼だって……」
「おっと、足元気をつけて。ほら、こっちだよ」
ごく自然な様子で肩を抱かれた。
決して強引ではなく、まるで子猫がじゃれつくように。
その手を払いのけたりはしない。
可愛い、と思う。
だから。
……このまま、ずっと可愛いままの達也でいてほしい。
去年までと同じことを考えている自分に苦笑しながら、マリは促されるまま細い石段を上がった。
しばらくすると、急に視界が開けて見晴らしの良い場所に出た。
ぎらぎらした目の痛くなるような電飾も、こうして高い位置から見下ろすと宝石を散りばめたように見えて悪くない。
「ここからの夜景、一度マリちゃんに見せたかったんだ。あ、ごめん、足痛いって言ってたのに……平気?」
「それ言うの遅いから。すっごく痛い、もう歩きたくない」
お気に入りの華奢なピンヒールで歩き続けた足は、もう感覚がないほど痺れている。
長時間歩くことになるのは、家を出るときからわかっていた。
それでもこの靴を履いてきたのは、体のラインを一番綺麗に見せてくれるからだ。
仮にも華やかな街を歩くのに、いくら楽だからといっても、踵の低い間抜けな靴で出かける気にはなれなかった。
同じ理由で選んだ高価なストッキング、ブランド物のワンピースやコート。
いまとなっては意味のない、くだらないこだわり。
そういうものを捨てきれない自分に腹が立つ。
達也がマリの足元をまじまじと見つめて微笑む。
「ほんとだ、ちょっと腫れてるかも。女のひとって、よくこんなの履いて歩けるよね」
「……うるさい」
「僕のために、頑張ってオシャレしてきてくれたんでしょ? それくらいわかるよ、うれしいな」
「うるさいってば、あんたなんかのためじゃない。もう、怒るよ」
「ふふ、照れるなって。そこに座ってなよ、飲み物買ってくるから」
夜景を背にした木製のベンチに座りながら、マリは自動販売機に向かって走っていく達也の後姿をぼんやりと見送った。
達也とこうして一緒にクリスマスを過ごすのは、もう3度目だった。
『わたしのことなんか、もう放っておいて』
『あんたがいたからって、何にもならないのよ』
何度同じセリフを投げつけたか知れない。
それでも、達也は相変わらずそばにいる。
クリスマスだけじゃない。
互いに仕事が忙しいときでも、2週間とあけずに会いに来る。
恋人同士でもなんでもない、ただの友人として。
彼なりの慰めのつもりなのか。
あの子がいてくれることで、わたしは救われているのか。
考えれば考えるほど、わからなくなっていく。
☆ ☆ ☆
いまから4年前のクリスマス。
マリは、ひどい失恋を経験した。
相手は学生時代から付き合っていた、7歳年上の男。
アルバイトをしていたカフェで知り合い、誘われるまま男女の関係になり、卒業したら結婚しようと言われていた。
ところが。
マリが社会人になって実際にふたりの将来のことを相談しようとしたら、彼はあっさり断った。
イブの夜、ディナーの途中で。
『結婚なんかできるわけないだろう、だって僕にはもう家庭があるんだから』
『いいじゃないか、このままの関係で』
『とっくに気づいていると思っていたよ。君ももう大人なんだから、もっと賢くならないとね』
何を言われているのかわからず、目の前が真っ暗になった。
彼は種明かしをする手品師のように、得意げにしゃべり続けた。
ひとり暮らしをしているのではなく、単身赴任をしているだけだったこと。
遠く離れた自宅では妻とふたりの子供が待っていること。
もうすぐ三人目の子供が産まれる予定であることまで。
マリにとって、彼は初めての恋人だった。
ファーストキスも、初体験も、大切なものは彼にすべて捧げてきたつもりだったのに。
背伸びしたオシャレをするためにお金をかけたのも、全部彼のためだったのに。
一緒に楽しく過ごしてきた日々は、いったい何だったのか。
……本当に、好きだった。
悔しいとも、腹が立つとも感じない。
体が半分もぎとられてしまったような痛みだけが、しんしんと心に降り積もっていった。
『そう、知らなかった。さよなら』
ようやく出てきたのは、その一言だけ。
マリは無表情のまま席を立ち、そのまま自宅に戻った。
それから数日間、原因不明の高熱に悩まされ、まったく食欲がなくなった。
無理やり何かを口に入れても、すぐに吐き出してしまう。
心配する両親には、何も言えなかった。
でも不思議なことに、事情をきいて大慌てでお見舞いに来た達也には、すべてを話すことができた。
泣きも笑いもせず、マリはただ淡々と事実だけを語った。
話せば楽になる、なんていうのは嘘だ。
自分の口からこぼれ出た言葉が、ぐさりぐさりと自分自身を突き刺していく。
心が血を流し、音を立てて壊れていく。
それでも、どうしてだか涙は一滴も出なかった。
達也は話の途中で、頬を真っ赤にしたり顔色をなくして真っ青になったりしながら、最後には声をあげて泣き出した。
『ひどい、そんなのひどすぎるよ。マリちゃんは悪くないのに』
『そんなやつ、僕が殺してやる。そいつに、生きている価値なんかない!』
『僕がいるよ、ずっとそばにいてあげる。マリちゃんを幸せにしてあげる』
当時、まだ大学生だった達也。
純粋で真っ直ぐな言葉。
でも、そんなのはただの慰めだ。
いずれ達也も他の女の子と一緒にどこかへ消えてしまう。
そう思っていたのに。
あれからずっと、達也は約束を守り続けている。
見返りのひとつも求めないまま、マリのそばに居続けてくれている。
☆ ☆ ☆
「あんまり種類なかったんだけど、ミルクティーでよかったよね? 珈琲のほうが良かったら交換するけど」
「……いい、ありがと」
息を弾ませて戻ってきた達也の手から、無愛想に紅茶の缶を受け取った。
温かい。
両手でそれを包み込むように握ると、冷え切っていた体がほんのりと体温を取り戻していく。
隣に座る達也は、相変わらずニコニコと笑っている。
僕には、気を遣う必要なんてないよ。
きっと、心からそう思ってくれている。
だからこそ、これ以上甘えられない。
甘えたくない。
そう思う。
「ねえ、達也。もういいよ」
「え? なにが?」
「もう、平気だから。無理して、わたしのそばになんていることない」
「無理なんかしてないよ、僕は」
キョトンとした表情に、苛立ちがつのる。
嘘つきは嫌い。
どうせ、無理してるくせに。
泣きも笑いもしない、こんな女のそばにいることに、そろそろ疲れてきているに違いない。
「わたし、もうひとりでも大丈夫だから。いつも言ってるでしょう、さっさと他に彼女つくりなさいよ」
思いがけず、きつい口調になった。
達也が驚いたように顔を上げる。
「ええ? 僕だって何回も言ってるじゃないか、僕はマリちゃんと一緒にいたいと思ってるんだって」
「それ、迷惑だから。いつまでも、わたしの相手してる場合じゃないでしょう? 達也には……達也の幸せを考えてほしいの」
一瞬険しい顔を見せた後、達也はふっと表情を緩めて笑い出した。
それはもう、おかしくてたまらないというふうに。
馬鹿にされているようで、カッと頭に血が上る。
「な、何がおかしいのよ。こっちは真面目に心配してるのに」
「あはは、ごめん。マリちゃんの口から、僕の幸せなんて言葉が出るとは思わなかったから」
「……どういう意味よ」
「うーん、僕のこと、一番困らせてるのは誰なんだよ。あはは、だめだ、やっぱりおかしい」
ひとしきり笑った後、達也は真っ直ぐにマリを見つめた。
その視線は肌に痛みを感じるほど鋭くて、まともに目を合わせることができない。
「ねえ、一度きちんと言おうと思ってたんだけど」
「いい、やめて。聞きたくない」
「僕ね、ずっとマリちゃんのこと好きだったんだよ? あの男のことがなくても、ずっとずっと前から」
「ほら、そうやって嘘つくじゃない。そんなはずないのに」
「何が嘘? ほら、こっち向いて」
腕を引っ張られても、マリは顔をそむけたままギュッと目を閉じていた。
違う、違う。
達也は、わたしに気を遣っているだけ。
わたしのこと、好きなんかじゃない。
心を許しそうになる自分に、何度も必死で言い聞かせる。
耳元で、呆れたようなため息が聞こえた。
「じゃあさ、なんでいま僕はマリちゃんと一緒にいるわけ? こんな寒いクリスマスイブの夜にさあ」
「それは……達也が、いい子だから。優しいから」
「優しいだけで、毎日電話したり、夜遅くに会いに行ったりするって本気で思ってんの? 僕、そんなに暇じゃないよ」
声のトーンが低くなり、ふざけた調子が消える。
胸の奥が締めつけられる。
嫌だ。
こんなのは嫌だ。
相手は達也なのに。
達也のくせに。
「もうやめて! とにかく、だめなの。達也は、わたしなんかのこと、好きになっちゃいけないの!」
「ちゃんとこっち向いてよ。ねえ、なんでダメなの?」
ギュッと右の手首をつかまれた。
買ってもらったばかりの缶が、手から離れて地面に転がり落ちる。
それでも、顔を上げられない。
「だって、達也はいい子だから。そのまま、いい子でいて欲しいから」
「なんだよ、それ」
「わたし、魅力ないんだもん。だから、あの人にだって本気になってもらえなかった。達也だって、きっとすぐに」
そうだ。
それが、ずっと怖かった。
達也に甘えて、恋人同士になるのは簡単だ。
でも、それが壊れてしまったら?
今度は、こうしてそばで支えてくれる人さえ失ってしまう。
そんなのは、もう耐えられそうにない。
「あの男のことは、マリちゃんの魅力がどうとか、そんなのとは関係ないじゃないか。あれは、あいつがクソだったってだけで」
「て、達也だって、わたしに魅力なんて感じてないくせに。これだけ何年もずっと一緒にいるのに、一度も何もしないじゃない!」
「え? それは」
「二人きりでいたって、何もしたいと思わないでしょう? わたしのこと、女だと思ってないから」
「思ってたよ? それはもう、ずっと」
手首をつかんだままの手に、ぐっと力が込められる。
ふと目を開けると、達也の真剣なまなざしが間近にあった。
子供の頃には真ん丸で黒目がちだった瞳が、いつの間にか大人の雰囲気を漂わせた目になっていることに気付かされる。
「あの男のこと忘れられるまで待とうと思ってただけなんだけど、そんなに変かな?」
「変、じゃないけど」
「本当のこと言っちゃえば、いつも思ってたよ。マリちゃんのこと、抱きたいって」
「い、痛いよ、離して」
「どうしたらわかってくれる? 僕が本気で好きだって思ってること」
「わ、わからなくていい、わかりたくない!」
「それじゃ困るよ。もうそろそろ、僕の我慢も限界みたいだから」
握っていた手が離され、肩を抱き寄せられた。
いつものじゃれつくような感じではなく、息が止まりそうな強さで。
耳に唇がつけられ、小さく囁かれた。
優しい感触。
熱い吐息が耳朶にかかる。
心臓が跳ね上がり、緊張で体がこわばる。
「ねえ、キスしてもいい?」
「い、いいわけないでしょう? 何考えてるのよ」
「さっきから言ってることバラバラだよ。僕に何かして欲しかったんじゃないの?」
「あれは、そういう意味じゃなくて」
ずっと、不公平だと思っていた。
マリは理不尽なワガママを達也にぶつけ続けているのに、達也はマリに何ひとつ求めようとしない。
ひどく不自然で、バランスが悪い関係。
そんなもの、長く続くはずがない。
マリの言い訳のような呟きに、また達也は笑った。
「不公平だなんて、思ったことないよ。そばにいられるだけで嬉しかったし、楽しかった。誰かを好きになるって、そういうことじゃないの?」
「し、知らない。わかんない、そういうの」
見返りを求められない恋愛など、まだマリには経験がない。
少なくとも、あの男はそうじゃなかった。
わからない、わからない。
どうして達也は、まだわたしを抱きしめたままでいるのだろう。
吹き抜ける北風は身を切るほど冷たいのに、こんなに体が熱いのはなぜだろう。
赤く火照った耳元に、口づけが二度三度と繰り返される。
「あとね、誤解しているみたいだけど」
「な、なに、ちょっと、近い、離れて」
「離れないよ? あのね、僕はマリちゃんが思ってるほど、いい子なんかじゃないから」
☆ ☆ ☆
違う。
これは、いつもの気弱で頼りない達也じゃない。
調子が狂う。
いますぐ立ち上がって『調子に乗るな!』と叱り飛ばしてやりたいと思うのに、手足が震えて立つことすらできない。
動けずにいるうちに、そっと頬を撫でられた。
綺麗に整った顔が、すぐ目の前にある。
顔が熱い。
気恥しくて、まともに目を合わせられない。
「すごく震えてる。寒いの? それとも緊張してる?」
「だ、誰が緊張なんか」
「顔、真っ赤っかだよ。こんなマリちゃん、初めて見た」
可愛い。
そう言って、達也は顔を覗き込むようにしながら唇を重ねてきた。
触れ合うだけの軽いキス。
薄い唇は思ったよりもずっと柔らかで、なんだか離れたくなくなってしまう。
そんなつもりはなかったのに、気がつけば両手で達也の肩にしがみついていた。
もっとこちらへ引き寄せようとするように。
「もっとしてもいい? それとも、やめて欲しい?」
「い、いちいち言わせないでよ、馬鹿」
それ以外に、なんと言えばいいのかわからなかった。
あとは黙って目を閉じる。
それだけで、きっと達也には伝わるはずだから。
「うん、わかった」
頬に手をそえて顎を上げさせられ、さっきよりも深い口づけを与えられる。
軽く開いた唇の隙間から、熱い舌が潜り込んできた。
舌を絡められ、ねっとりと口の中を探られているうちに、頭の芯がじんわりと痺れていく。
混じり合う唾液が、お菓子のようにとろりと甘いものに感じられる。
達也の腕の中はひどく居心地がいい。
意地を張っているのが、ばかばかしいことのように思えてくる。
「ん……んっ……」
「だめだよ、そんな可愛い声出したら……僕、本当に我慢できなくなるから」
長い長いキスが終わり、唇がマリの首筋へと滑り下りていく。
ぐるりと巻きつけていたマフラーが外され、舌先でうなじをなぞられる。
上から下へと移動していくぬるりとした感触に、背筋がびくんと震えた。
洋服の下で、肌が小さな期待にざわめく。
……だめ。
やっぱり達也とは、こんなことしちゃいけない。
だいたい、ここは外なのだ。
いつ誰に見られるかわからない。
湧き上がりつつある快感と理性がぶつかり合う。
マリは達也から手を離し、体を捩じって背を向けた。
「や、やめて」
「ええ? さっきはもっとしてほしそうだったのに」
後ろからマリを抱き締めたまま、達也がくすくすと呆れたように笑う。
余裕を感じさせる口ぶりに腹が立つ。
これではまるで、マリのほうが聞き分けのない子供になってしまったようだった。
「キ、キスだけなら、いいと思ったの。でも、こんな」
「マリちゃんが悪いんだよ? あんな声出して、僕のこと誘ったりするから」
「誘ってなんか、えっ、ちょっと」
両腕がまとめて後ろ側に引っ張られる。
ふわりと何かが巻きつく。
肩に引っ掛かっていたマフラーで、手首をぎっちりときつく縛られた。
背後から腰を抱かれたまま、コートの前ボタンがひとつひとつ外されていく。
何なの、これ。
公園のベンチで縛られて、脱がされようとしている。
とても現実のこととは思えなかった。
心臓が壊れそうな勢いで脈を打っている。
後ろにいるのは間違いなく達也なのに、見知らぬ男を相手にしているような気がして怖くなる。
「何の冗談? やめてよ、ほどいて」
「たしかに、いままでは不公平だったかもしれないね」
「だ、だから何なの」
「たまには、僕のわがままもきいてもらわなきゃ。ね、マリちゃん」
コートのボタンをすべて外し終えた達也が、広く開いたワンピースの胸元に右手を差し入れてきた。
氷のように冷たい指先が、下着を押しのけて乳房に直接触れてくる。
乳丘の形状をたしかめるようなやわやわとした動きに、ぞくっ、と産毛が逆立つ。
「だ、だめ、達也、もう帰ろうよ……」
「まだ帰さないよ。すごい柔らかいんだね、マリちゃんの胸、僕の指に吸いついてくるみたいだ」
ブラジャーのカップからすくい上げるように、裾野から中心に向かってやんわりと揉まれていく。
先端の突起をつうっと撫でられたとき、微弱な電流が末端神経から脊髄へピリピリと走り抜けていった。
背中がのけ反り、肩がビクンと震える。
触られていることの恥ずかしさからか、顔が熱くてたまらない。
指の間できゅうっと乳首を押しつぶされるたびに、ほの甘い感覚が乳腺から体の芯に向かって流れ込んでいく。
マリの反応を見ながら、達也はもう片方の乳房にも触れてきた。
「やんっ、やめて、あ、あっ」
「胸だけでこんなに感じるんだね、知らなかった。あの男にも、そんないやらしい顔して見せたの?」
「何言ってるの、そんな、お、覚えてない」
「答えてよ、マリちゃん。あいつに触られても、こんなに乳首ビンビンにして感じてたの?」
硬く勃起した乳頭を、きつくつまんで捻り上げられた。
肉を刺し貫くような激痛に、思わず涙が滲む。
痛みは間もなく痺れるような快感へと変わり、マリを包み込んでいく。
そのままくにゅくにゅと揉みこまれていくうちに、わずかな媚びを含んだ喘ぎが口から漏れ始める。
「んっ、あんっ……やめて、お願い、そんな意地悪言わないで……」
「ふふ、自分は僕に意地悪ばっかりするくせに。いま、自分がどんな顔してるかわかる?」
「どんな、って」
「真っ赤になって、気持ちよくてたまらないって顔してる。もっと感じてよ、僕の指で」
前かがみになって逃げようとすればするほど、達也は指先に力を込めて隆起した乳豆を擦り上げてくる。
痺れきった突端が、信じられないくらいに熱くなっている。
その熱がじわじわと広がり、悪性のウイルスに感染したときのように全身が高熱を発していく。
こみあげてくる快楽に気道がしめつけられるようで、呼吸をするのも苦しい。
「はぁっ、あぁっ、ゆ、許さないから、こんなこと」
「許さないって、どうするの? 僕がいないと生きていけないくせいに」
「て、達也……!」
「安心してよ。僕は嘘つきじゃないし、突然いなくなったりもしないから」
全部、見透かされている。
ひとりでなんていられないことも、ずっと怖がってきたことも。
ようやく乳房を解放した手が太もものあたりへと下り、ゆるゆるとワンピースの裾をめくり上げていく。
肌色のストッキングに覆われた内ももを、ひざから両脚の間に向かってゆっくりと愛撫される。
ぎゅっと閉じていたはずの脚が、自ら達也の指を求めるようにだんだんと開き始める。
こんなの、恥ずかしい。
でも、でも。
ピリッ、と布地の裂かれる音がした。
高価なストッキングの真ん中に、無惨な破れ目が広がっていく。
その隙間から忍び込んだ指先に、水色のパンティの中央部分をまさぐられる。
薄布と秘部が擦れ合うたび、くちゅ、くちゅ、と粘りつくような音が鳴った。
ぞくぞくする感覚が、背筋を駆け上がっていく。
指の動きに合わせて、ひくん、ひくん、と腰が揺れる。
ふうっ、と耳に湿った吐息がかかった。
「ねえ、マリちゃんのココ、やばいくらい濡れてるよ」
「そ、そこ、だ、だめ、あっ」
下着が脇へよせられ、ぐっしょりと濡れた女陰の割れ目を指先がたどっていく。
前から後ろへ、そして、後ろから前へ。
くるくると小さな円を描くように、垂れ落ちてくる蜜をからませながら。
くすぐったさとささやかな痛みが重なったような、言葉にできない感覚。
陰唇が押し開かれ、敏感な粘膜を直接さすられる。
膣の入口よりやや前にある、小さな肉粒を探り当てられたとき、マリは喉の奥で悲鳴をあげた。
「ひあっ、あっ……!」
「クリトリスもすごく大きくなってる。ねえ、僕にこんなところ見られて恥ずかしくない?」
「は、恥ずかし、あ、いやあっ!」
膨れ上がった陰核が、指の腹でキュッキュッとすり潰すようにして擦られる。
じくじくとした疼きが大きくなっていく。
下腹の奥の方が熱くてたまらない。
まだ触れられてもいない膣肉が、ひくっひくっと反応する。
……気持ちいい。
わたし、気持ちよくなっちゃってる。
あそこから溢れ出る蜜液が、尻のほうまで垂れ落ちて座面をぐっしょりと濡らす。
じわりじわりと忍び寄る快感に、体は絶頂を感じる寸前まで昇りつめていく。
肌の下を流れる血液が、その速度を増していく。
熱くて苦しくて、もうどうしたらいいのかわからない。
いく。
あと少しで、いっちゃう。
その瞬間、指は動きを止めた。
達也が耳元で低く囁く。
「すっごいドキドキしてるね。いま、いきそうだった?」
「て、達也……」
「こんな公園みたいなところで、あそこ見られながらイッちゃっていいの? 悪い子だね」
「だ、だって、達也が」
「意地悪でいやらしくて、マリちゃんは本当に悪い子だ。ねえ、僕がお仕置きしてあげるよ」
前触れもなく、ぐぐっ、と数本の指が膣口にめり込んできた。
「ひっ、ひあっ!」
「ぐちょぐちょに濡れてるから、いくらでも入りそうだね。僕に指突っ込まれるのって、どんな気持ち?」
ごつごつとした感触が、自分の奥へ侵入してくるのがはっきりと感じられる。
無数に折り重なった肉の襞が性の悦びに打ち震え、燃え上がるほど熱い脈動を子宮へと送り込んでいく。
マリの中に指を深々と突き刺しながら、達也が背後から腰を擦りつけてくる。
いつのまにか、耳に届く彼の呼吸音もハアハアと荒くなっていた。
背中に感じる男性の部分が、大きく勃起してるのがわかる。
これまで達也の中に感じたことのなかった『男』を、否応なく認識させられる。
ぐちゅぐちゅと蠢き続ける指に、眠っていた劣情が呼び覚まされていく。
ただしそれは、オーガズムに達しかけるとすぐに止められてしまう。
言葉通りのひどいお仕置きを受けているようで、マリは体をのけぞらせ、掠れた声をあげて自ら腰を揺すった。
「あぁっ、もう、許して、達也、わたし、わたしが、悪かったから」
「どんな気持ち? ってきいたんだよ。ちゃんと答えなよ」
「ううっ……は、恥ずかしいの、すごく、でも、感じる、気持ちいいの……!」
「うんうん、そうだよね。僕、マリちゃんのこと、ずっとこうやって虐めたかったんだ。知ってた?」
「ず、ずっと?」
「そう。一緒に歩いているときも、部屋であの男の話を聞かされているときも、ずっと」
ずるりと指が引き抜かれた。
陰部と指先の間に、愛液が透明な糸を引いている。
自分が達也の性の対象になっていることなど、これまで考えたことも無かった。
子宮の疼きは大きくなる一方で、ガクガクと脚の震えが止まらない。
「おいでよ、マリちゃん」
「あ……」
腕を引かれるまま、向かい合わせになるように達也のひざの上に座った。
達也は動かない。
目顔で、マリに『自分でやってみろ』と言っている。
もう、お互いの立場だとか、理性だとか、くだらないことを考える余裕は消し飛んでいた。
力の入らない指で、どうにか皮のベルトを外した。
ズボンのボタンを外し、ファスナーを引き下ろす。
達也が腰を浮かせ、下着ごと細身の綿のパンツを引き下ろすと、力強く屹立した男根が現れた。
そっと手を添えて、肉傘の先端に秘所を押し当てる。
静かに腰を下ろしていく。
強烈な圧迫感に、下半身が砕けてしまいそうな気がした。
「あっ、あ……!」
「上手だね、そんなに欲しかった?」
「ほ、欲しいの、すごく、欲しい」
「ああ、素直なマリちゃん、最高に可愛いよ。ご褒美たくさんあげるからね」
頬に優しく口づけた後、達也はマリの腰骨を両手で支え、下から思いきり突き上げてきた。
指とはまったく違う巨大な塊が、媚肉を押し割って体の内側に打ちこまれていく。
あまりの衝撃に、血の気がひき声も出ない。
手足の先が、ふるふると小刻みに痙攣する。
「わかるよ、マリちゃんが感じてること」
「達也、あ、あぅっ」
上がりきった体温が、全身の毛孔から汗を噴き出させる。
いい、もう、気持ちいい。
頭の中が引っ掻きまわされたようで、なにもかもがわからなくなる。
ずん、ずん、と貫かれる快楽だけが、マリを何度目かの絶頂の縁へと押し上げていく。
肉胴はみしみしと音を立てて膣を変形させながら、容赦なく子宮口をこじ開け、さらにその奥を責め立てる。
「あぁ……そこ、そこ、すごいの……!」
「うん、わかる……僕も感じるよ」
今度は、途中で止めようとはしなかった。
貫かれる速度は速まるばかりで、マリは悲鳴に似た泣き声をあげた。
互いの間でぐちゅぐちゅと淫靡な粘着音が響く。
耳を塞ぎたい。
でも、もっと聞いていたい。
血液を沸騰させるような悦楽の渦が、そんな思いまでも押し流していく。
「いく……わたし、もう、いっちゃうっ……」
すすり泣きに混じった小さな声に、達也が腕に力を込めて応えてくれる。
「いいよ。僕もすぐにいきそうだ……ひとつだけ、お願いがあるんだけど」
「な、なに、あ、あっ」
「このままずっと、僕だけのものになるって約束して」
「て、達也」
「ずっと守るから。マリちゃんのこと、もう誰にも傷つけさせたりしないから」
場違いに思えるほど温かなまなざしが、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
打ち抜かれる勢いが増していく。
ずいぶん長い間、待たせてしまったような気がする。
もう、言い訳をするのはやめにしよう。
心が解き放たれ、涙腺が緩む。
マリは何度もうなずき、さっきまでとは別の幸せな涙に頬を濡らした。
(おわり)
とりあえず再UP。
なんでいまごろクリスマスの話なんだよっていうと、
これは年末のクソ忙しかったときにトチ狂って書いたやつで、このブログにだけUPし忘れてた。
どっちかというと女性向け。
また男性向けのどぎついのもそのうち書くわ。ちょっと待ってて。
※18歳未満の閲覧お断り
★ ★ ★ ★ ★
12月24日の夜。
繁華街近くの並木道は、深夜になっても大勢の人でごったがえしていた。
サンタクロース、トナカイ、赤や緑のリボンがかかったプレゼントの箱の山。
安っぽいイメージの電飾がそこかしこにぶら下げられ、かわりばえのしないクリスマスソングが延々と垂れ流されている。
そんな風景の中をいかにも楽しげに、仲の良さそうなカップルたちが手をつないで通り過ぎていく。
毎年、同じことの繰り返し。
……いったい、何が楽しいんだか。
湖原マリはコートのポケットに手を突っこんだまま、不機嫌な表情で駅までの道を歩いていた。
「ちょっと待ってよ、マリちゃん。まさか、もう帰るつもり?」
真後ろから峰本達也の困ったような声が追いかけてくる。
もちろん、いちいち振り返ったりしない。
前を向いたまま、まるで聞こえなかったように無視をする。
そんなことができるのは、相手が絶対に怒りだしたりしないことを知っているからだ。
達也はふたつ年下の幼馴染で、いまも近所に住んでいる。
今年で25になるというのに、子供のころから少しも変わらず頼りなくて甘えん坊で、まったく男らしくない。
いつのまにか背はマリよりもずっと高くなって、女の子たちからはそれなりに人気もあるらしいが、マリにとってはいつまでも弟のような存在だった。
「ねえ、せっかく一時間もかけてきたのにさあ。屋台とかも出てるし、もうちょっと遊んで帰ろうよ」
「だって用は済んだでしょう? あんな電球でできたトンネルみたいなの、どこが面白いんだか知らないけど」
「あはは、マリちゃんらしいな。だってほら、ああいうところに行くとクリスマス気分になれるかなって」
今日見てきたのは、毎年話題になるイルミネーションの祭典だった。
うんざりするくらいの人混みの中で長時間並ばされたわりには、30分もあれば見終わってしまう。
それでも巨大なステンドグラスのようなアーチがいくつも連なっている様子は、言葉を失うくらいに綺麗だった。
達也の気遣いが、じんわりと心に染みる。
けれど、それを口には出せない。
マリは不機嫌な顔を崩さず、わざと嫌な言い方をした。
「あんなの、人混みで疲れるだけじゃない。歩きすぎて足も痛いし、寒くて風邪ひきそうだし、ほんと最悪」
「でもさ、そんなこと言いながらでも一緒に来てくれたじゃないか。口は悪いけど優しいんだよね」
去年は、美しくライトアップされた夜の水族園。
その前は、遊園地のクリスマス限定イベント。
いつもいつも、達也はこの時期になると必ずマリをどこかへ連れ出そうとする。
『どうしても僕、行きたいところがあるんだよね。でもひとりじゃ寂しいから、つきあってよ』
毎年繰り返される、同じ誘い文句。
本当は達也だって人混みなんて嫌いなくせに。
大げさなくらいはしゃいで、どうにかしてマリを笑わせようとする。
その理由は、なんとなくわかっていた。
わかっているから、余計に素直になれなくなる。
「べつに優しくなんかないわよ、たまたま……そう、たまたま暇だっただけ」
「それでもいいよ。そうだ、足が痛いんだったら休憩しようか。この近くにいい場所があったはずだから」
☆ ☆ ☆
連れて来られたのは、賑やかな大通りからそう遠くないところにある公園だった。
点々とある街灯だけが照らす夜道は薄暗く、他に人影はない。
入口から奥へ向かって伸びる遊歩道の脇には、綺麗に整備された花壇が並んでいる。
名前も知らない赤い花が暗闇に揺れている光景は、どことなく幻想的に見えた。
思わず足を止めたマリを、達也が笑う。
「マリちゃんも、花に見惚れたりすることあるんだね。意外だなあ」
「意外ってどういう意味よ、失礼ね」
「うーん、花なんか蹴散らしそうっていうか」
「だからそれが失礼だって……」
「おっと、足元気をつけて。ほら、こっちだよ」
ごく自然な様子で肩を抱かれた。
決して強引ではなく、まるで子猫がじゃれつくように。
その手を払いのけたりはしない。
可愛い、と思う。
だから。
……このまま、ずっと可愛いままの達也でいてほしい。
去年までと同じことを考えている自分に苦笑しながら、マリは促されるまま細い石段を上がった。
しばらくすると、急に視界が開けて見晴らしの良い場所に出た。
ぎらぎらした目の痛くなるような電飾も、こうして高い位置から見下ろすと宝石を散りばめたように見えて悪くない。
「ここからの夜景、一度マリちゃんに見せたかったんだ。あ、ごめん、足痛いって言ってたのに……平気?」
「それ言うの遅いから。すっごく痛い、もう歩きたくない」
お気に入りの華奢なピンヒールで歩き続けた足は、もう感覚がないほど痺れている。
長時間歩くことになるのは、家を出るときからわかっていた。
それでもこの靴を履いてきたのは、体のラインを一番綺麗に見せてくれるからだ。
仮にも華やかな街を歩くのに、いくら楽だからといっても、踵の低い間抜けな靴で出かける気にはなれなかった。
同じ理由で選んだ高価なストッキング、ブランド物のワンピースやコート。
いまとなっては意味のない、くだらないこだわり。
そういうものを捨てきれない自分に腹が立つ。
達也がマリの足元をまじまじと見つめて微笑む。
「ほんとだ、ちょっと腫れてるかも。女のひとって、よくこんなの履いて歩けるよね」
「……うるさい」
「僕のために、頑張ってオシャレしてきてくれたんでしょ? それくらいわかるよ、うれしいな」
「うるさいってば、あんたなんかのためじゃない。もう、怒るよ」
「ふふ、照れるなって。そこに座ってなよ、飲み物買ってくるから」
夜景を背にした木製のベンチに座りながら、マリは自動販売機に向かって走っていく達也の後姿をぼんやりと見送った。
達也とこうして一緒にクリスマスを過ごすのは、もう3度目だった。
『わたしのことなんか、もう放っておいて』
『あんたがいたからって、何にもならないのよ』
何度同じセリフを投げつけたか知れない。
それでも、達也は相変わらずそばにいる。
クリスマスだけじゃない。
互いに仕事が忙しいときでも、2週間とあけずに会いに来る。
恋人同士でもなんでもない、ただの友人として。
彼なりの慰めのつもりなのか。
あの子がいてくれることで、わたしは救われているのか。
考えれば考えるほど、わからなくなっていく。
☆ ☆ ☆
いまから4年前のクリスマス。
マリは、ひどい失恋を経験した。
相手は学生時代から付き合っていた、7歳年上の男。
アルバイトをしていたカフェで知り合い、誘われるまま男女の関係になり、卒業したら結婚しようと言われていた。
ところが。
マリが社会人になって実際にふたりの将来のことを相談しようとしたら、彼はあっさり断った。
イブの夜、ディナーの途中で。
『結婚なんかできるわけないだろう、だって僕にはもう家庭があるんだから』
『いいじゃないか、このままの関係で』
『とっくに気づいていると思っていたよ。君ももう大人なんだから、もっと賢くならないとね』
何を言われているのかわからず、目の前が真っ暗になった。
彼は種明かしをする手品師のように、得意げにしゃべり続けた。
ひとり暮らしをしているのではなく、単身赴任をしているだけだったこと。
遠く離れた自宅では妻とふたりの子供が待っていること。
もうすぐ三人目の子供が産まれる予定であることまで。
マリにとって、彼は初めての恋人だった。
ファーストキスも、初体験も、大切なものは彼にすべて捧げてきたつもりだったのに。
背伸びしたオシャレをするためにお金をかけたのも、全部彼のためだったのに。
一緒に楽しく過ごしてきた日々は、いったい何だったのか。
……本当に、好きだった。
悔しいとも、腹が立つとも感じない。
体が半分もぎとられてしまったような痛みだけが、しんしんと心に降り積もっていった。
『そう、知らなかった。さよなら』
ようやく出てきたのは、その一言だけ。
マリは無表情のまま席を立ち、そのまま自宅に戻った。
それから数日間、原因不明の高熱に悩まされ、まったく食欲がなくなった。
無理やり何かを口に入れても、すぐに吐き出してしまう。
心配する両親には、何も言えなかった。
でも不思議なことに、事情をきいて大慌てでお見舞いに来た達也には、すべてを話すことができた。
泣きも笑いもせず、マリはただ淡々と事実だけを語った。
話せば楽になる、なんていうのは嘘だ。
自分の口からこぼれ出た言葉が、ぐさりぐさりと自分自身を突き刺していく。
心が血を流し、音を立てて壊れていく。
それでも、どうしてだか涙は一滴も出なかった。
達也は話の途中で、頬を真っ赤にしたり顔色をなくして真っ青になったりしながら、最後には声をあげて泣き出した。
『ひどい、そんなのひどすぎるよ。マリちゃんは悪くないのに』
『そんなやつ、僕が殺してやる。そいつに、生きている価値なんかない!』
『僕がいるよ、ずっとそばにいてあげる。マリちゃんを幸せにしてあげる』
当時、まだ大学生だった達也。
純粋で真っ直ぐな言葉。
でも、そんなのはただの慰めだ。
いずれ達也も他の女の子と一緒にどこかへ消えてしまう。
そう思っていたのに。
あれからずっと、達也は約束を守り続けている。
見返りのひとつも求めないまま、マリのそばに居続けてくれている。
☆ ☆ ☆
「あんまり種類なかったんだけど、ミルクティーでよかったよね? 珈琲のほうが良かったら交換するけど」
「……いい、ありがと」
息を弾ませて戻ってきた達也の手から、無愛想に紅茶の缶を受け取った。
温かい。
両手でそれを包み込むように握ると、冷え切っていた体がほんのりと体温を取り戻していく。
隣に座る達也は、相変わらずニコニコと笑っている。
僕には、気を遣う必要なんてないよ。
きっと、心からそう思ってくれている。
だからこそ、これ以上甘えられない。
甘えたくない。
そう思う。
「ねえ、達也。もういいよ」
「え? なにが?」
「もう、平気だから。無理して、わたしのそばになんていることない」
「無理なんかしてないよ、僕は」
キョトンとした表情に、苛立ちがつのる。
嘘つきは嫌い。
どうせ、無理してるくせに。
泣きも笑いもしない、こんな女のそばにいることに、そろそろ疲れてきているに違いない。
「わたし、もうひとりでも大丈夫だから。いつも言ってるでしょう、さっさと他に彼女つくりなさいよ」
思いがけず、きつい口調になった。
達也が驚いたように顔を上げる。
「ええ? 僕だって何回も言ってるじゃないか、僕はマリちゃんと一緒にいたいと思ってるんだって」
「それ、迷惑だから。いつまでも、わたしの相手してる場合じゃないでしょう? 達也には……達也の幸せを考えてほしいの」
一瞬険しい顔を見せた後、達也はふっと表情を緩めて笑い出した。
それはもう、おかしくてたまらないというふうに。
馬鹿にされているようで、カッと頭に血が上る。
「な、何がおかしいのよ。こっちは真面目に心配してるのに」
「あはは、ごめん。マリちゃんの口から、僕の幸せなんて言葉が出るとは思わなかったから」
「……どういう意味よ」
「うーん、僕のこと、一番困らせてるのは誰なんだよ。あはは、だめだ、やっぱりおかしい」
ひとしきり笑った後、達也は真っ直ぐにマリを見つめた。
その視線は肌に痛みを感じるほど鋭くて、まともに目を合わせることができない。
「ねえ、一度きちんと言おうと思ってたんだけど」
「いい、やめて。聞きたくない」
「僕ね、ずっとマリちゃんのこと好きだったんだよ? あの男のことがなくても、ずっとずっと前から」
「ほら、そうやって嘘つくじゃない。そんなはずないのに」
「何が嘘? ほら、こっち向いて」
腕を引っ張られても、マリは顔をそむけたままギュッと目を閉じていた。
違う、違う。
達也は、わたしに気を遣っているだけ。
わたしのこと、好きなんかじゃない。
心を許しそうになる自分に、何度も必死で言い聞かせる。
耳元で、呆れたようなため息が聞こえた。
「じゃあさ、なんでいま僕はマリちゃんと一緒にいるわけ? こんな寒いクリスマスイブの夜にさあ」
「それは……達也が、いい子だから。優しいから」
「優しいだけで、毎日電話したり、夜遅くに会いに行ったりするって本気で思ってんの? 僕、そんなに暇じゃないよ」
声のトーンが低くなり、ふざけた調子が消える。
胸の奥が締めつけられる。
嫌だ。
こんなのは嫌だ。
相手は達也なのに。
達也のくせに。
「もうやめて! とにかく、だめなの。達也は、わたしなんかのこと、好きになっちゃいけないの!」
「ちゃんとこっち向いてよ。ねえ、なんでダメなの?」
ギュッと右の手首をつかまれた。
買ってもらったばかりの缶が、手から離れて地面に転がり落ちる。
それでも、顔を上げられない。
「だって、達也はいい子だから。そのまま、いい子でいて欲しいから」
「なんだよ、それ」
「わたし、魅力ないんだもん。だから、あの人にだって本気になってもらえなかった。達也だって、きっとすぐに」
そうだ。
それが、ずっと怖かった。
達也に甘えて、恋人同士になるのは簡単だ。
でも、それが壊れてしまったら?
今度は、こうしてそばで支えてくれる人さえ失ってしまう。
そんなのは、もう耐えられそうにない。
「あの男のことは、マリちゃんの魅力がどうとか、そんなのとは関係ないじゃないか。あれは、あいつがクソだったってだけで」
「て、達也だって、わたしに魅力なんて感じてないくせに。これだけ何年もずっと一緒にいるのに、一度も何もしないじゃない!」
「え? それは」
「二人きりでいたって、何もしたいと思わないでしょう? わたしのこと、女だと思ってないから」
「思ってたよ? それはもう、ずっと」
手首をつかんだままの手に、ぐっと力が込められる。
ふと目を開けると、達也の真剣なまなざしが間近にあった。
子供の頃には真ん丸で黒目がちだった瞳が、いつの間にか大人の雰囲気を漂わせた目になっていることに気付かされる。
「あの男のこと忘れられるまで待とうと思ってただけなんだけど、そんなに変かな?」
「変、じゃないけど」
「本当のこと言っちゃえば、いつも思ってたよ。マリちゃんのこと、抱きたいって」
「い、痛いよ、離して」
「どうしたらわかってくれる? 僕が本気で好きだって思ってること」
「わ、わからなくていい、わかりたくない!」
「それじゃ困るよ。もうそろそろ、僕の我慢も限界みたいだから」
握っていた手が離され、肩を抱き寄せられた。
いつものじゃれつくような感じではなく、息が止まりそうな強さで。
耳に唇がつけられ、小さく囁かれた。
優しい感触。
熱い吐息が耳朶にかかる。
心臓が跳ね上がり、緊張で体がこわばる。
「ねえ、キスしてもいい?」
「い、いいわけないでしょう? 何考えてるのよ」
「さっきから言ってることバラバラだよ。僕に何かして欲しかったんじゃないの?」
「あれは、そういう意味じゃなくて」
ずっと、不公平だと思っていた。
マリは理不尽なワガママを達也にぶつけ続けているのに、達也はマリに何ひとつ求めようとしない。
ひどく不自然で、バランスが悪い関係。
そんなもの、長く続くはずがない。
マリの言い訳のような呟きに、また達也は笑った。
「不公平だなんて、思ったことないよ。そばにいられるだけで嬉しかったし、楽しかった。誰かを好きになるって、そういうことじゃないの?」
「し、知らない。わかんない、そういうの」
見返りを求められない恋愛など、まだマリには経験がない。
少なくとも、あの男はそうじゃなかった。
わからない、わからない。
どうして達也は、まだわたしを抱きしめたままでいるのだろう。
吹き抜ける北風は身を切るほど冷たいのに、こんなに体が熱いのはなぜだろう。
赤く火照った耳元に、口づけが二度三度と繰り返される。
「あとね、誤解しているみたいだけど」
「な、なに、ちょっと、近い、離れて」
「離れないよ? あのね、僕はマリちゃんが思ってるほど、いい子なんかじゃないから」
☆ ☆ ☆
違う。
これは、いつもの気弱で頼りない達也じゃない。
調子が狂う。
いますぐ立ち上がって『調子に乗るな!』と叱り飛ばしてやりたいと思うのに、手足が震えて立つことすらできない。
動けずにいるうちに、そっと頬を撫でられた。
綺麗に整った顔が、すぐ目の前にある。
顔が熱い。
気恥しくて、まともに目を合わせられない。
「すごく震えてる。寒いの? それとも緊張してる?」
「だ、誰が緊張なんか」
「顔、真っ赤っかだよ。こんなマリちゃん、初めて見た」
可愛い。
そう言って、達也は顔を覗き込むようにしながら唇を重ねてきた。
触れ合うだけの軽いキス。
薄い唇は思ったよりもずっと柔らかで、なんだか離れたくなくなってしまう。
そんなつもりはなかったのに、気がつけば両手で達也の肩にしがみついていた。
もっとこちらへ引き寄せようとするように。
「もっとしてもいい? それとも、やめて欲しい?」
「い、いちいち言わせないでよ、馬鹿」
それ以外に、なんと言えばいいのかわからなかった。
あとは黙って目を閉じる。
それだけで、きっと達也には伝わるはずだから。
「うん、わかった」
頬に手をそえて顎を上げさせられ、さっきよりも深い口づけを与えられる。
軽く開いた唇の隙間から、熱い舌が潜り込んできた。
舌を絡められ、ねっとりと口の中を探られているうちに、頭の芯がじんわりと痺れていく。
混じり合う唾液が、お菓子のようにとろりと甘いものに感じられる。
達也の腕の中はひどく居心地がいい。
意地を張っているのが、ばかばかしいことのように思えてくる。
「ん……んっ……」
「だめだよ、そんな可愛い声出したら……僕、本当に我慢できなくなるから」
長い長いキスが終わり、唇がマリの首筋へと滑り下りていく。
ぐるりと巻きつけていたマフラーが外され、舌先でうなじをなぞられる。
上から下へと移動していくぬるりとした感触に、背筋がびくんと震えた。
洋服の下で、肌が小さな期待にざわめく。
……だめ。
やっぱり達也とは、こんなことしちゃいけない。
だいたい、ここは外なのだ。
いつ誰に見られるかわからない。
湧き上がりつつある快感と理性がぶつかり合う。
マリは達也から手を離し、体を捩じって背を向けた。
「や、やめて」
「ええ? さっきはもっとしてほしそうだったのに」
後ろからマリを抱き締めたまま、達也がくすくすと呆れたように笑う。
余裕を感じさせる口ぶりに腹が立つ。
これではまるで、マリのほうが聞き分けのない子供になってしまったようだった。
「キ、キスだけなら、いいと思ったの。でも、こんな」
「マリちゃんが悪いんだよ? あんな声出して、僕のこと誘ったりするから」
「誘ってなんか、えっ、ちょっと」
両腕がまとめて後ろ側に引っ張られる。
ふわりと何かが巻きつく。
肩に引っ掛かっていたマフラーで、手首をぎっちりときつく縛られた。
背後から腰を抱かれたまま、コートの前ボタンがひとつひとつ外されていく。
何なの、これ。
公園のベンチで縛られて、脱がされようとしている。
とても現実のこととは思えなかった。
心臓が壊れそうな勢いで脈を打っている。
後ろにいるのは間違いなく達也なのに、見知らぬ男を相手にしているような気がして怖くなる。
「何の冗談? やめてよ、ほどいて」
「たしかに、いままでは不公平だったかもしれないね」
「だ、だから何なの」
「たまには、僕のわがままもきいてもらわなきゃ。ね、マリちゃん」
コートのボタンをすべて外し終えた達也が、広く開いたワンピースの胸元に右手を差し入れてきた。
氷のように冷たい指先が、下着を押しのけて乳房に直接触れてくる。
乳丘の形状をたしかめるようなやわやわとした動きに、ぞくっ、と産毛が逆立つ。
「だ、だめ、達也、もう帰ろうよ……」
「まだ帰さないよ。すごい柔らかいんだね、マリちゃんの胸、僕の指に吸いついてくるみたいだ」
ブラジャーのカップからすくい上げるように、裾野から中心に向かってやんわりと揉まれていく。
先端の突起をつうっと撫でられたとき、微弱な電流が末端神経から脊髄へピリピリと走り抜けていった。
背中がのけ反り、肩がビクンと震える。
触られていることの恥ずかしさからか、顔が熱くてたまらない。
指の間できゅうっと乳首を押しつぶされるたびに、ほの甘い感覚が乳腺から体の芯に向かって流れ込んでいく。
マリの反応を見ながら、達也はもう片方の乳房にも触れてきた。
「やんっ、やめて、あ、あっ」
「胸だけでこんなに感じるんだね、知らなかった。あの男にも、そんないやらしい顔して見せたの?」
「何言ってるの、そんな、お、覚えてない」
「答えてよ、マリちゃん。あいつに触られても、こんなに乳首ビンビンにして感じてたの?」
硬く勃起した乳頭を、きつくつまんで捻り上げられた。
肉を刺し貫くような激痛に、思わず涙が滲む。
痛みは間もなく痺れるような快感へと変わり、マリを包み込んでいく。
そのままくにゅくにゅと揉みこまれていくうちに、わずかな媚びを含んだ喘ぎが口から漏れ始める。
「んっ、あんっ……やめて、お願い、そんな意地悪言わないで……」
「ふふ、自分は僕に意地悪ばっかりするくせに。いま、自分がどんな顔してるかわかる?」
「どんな、って」
「真っ赤になって、気持ちよくてたまらないって顔してる。もっと感じてよ、僕の指で」
前かがみになって逃げようとすればするほど、達也は指先に力を込めて隆起した乳豆を擦り上げてくる。
痺れきった突端が、信じられないくらいに熱くなっている。
その熱がじわじわと広がり、悪性のウイルスに感染したときのように全身が高熱を発していく。
こみあげてくる快楽に気道がしめつけられるようで、呼吸をするのも苦しい。
「はぁっ、あぁっ、ゆ、許さないから、こんなこと」
「許さないって、どうするの? 僕がいないと生きていけないくせいに」
「て、達也……!」
「安心してよ。僕は嘘つきじゃないし、突然いなくなったりもしないから」
全部、見透かされている。
ひとりでなんていられないことも、ずっと怖がってきたことも。
ようやく乳房を解放した手が太もものあたりへと下り、ゆるゆるとワンピースの裾をめくり上げていく。
肌色のストッキングに覆われた内ももを、ひざから両脚の間に向かってゆっくりと愛撫される。
ぎゅっと閉じていたはずの脚が、自ら達也の指を求めるようにだんだんと開き始める。
こんなの、恥ずかしい。
でも、でも。
ピリッ、と布地の裂かれる音がした。
高価なストッキングの真ん中に、無惨な破れ目が広がっていく。
その隙間から忍び込んだ指先に、水色のパンティの中央部分をまさぐられる。
薄布と秘部が擦れ合うたび、くちゅ、くちゅ、と粘りつくような音が鳴った。
ぞくぞくする感覚が、背筋を駆け上がっていく。
指の動きに合わせて、ひくん、ひくん、と腰が揺れる。
ふうっ、と耳に湿った吐息がかかった。
「ねえ、マリちゃんのココ、やばいくらい濡れてるよ」
「そ、そこ、だ、だめ、あっ」
下着が脇へよせられ、ぐっしょりと濡れた女陰の割れ目を指先がたどっていく。
前から後ろへ、そして、後ろから前へ。
くるくると小さな円を描くように、垂れ落ちてくる蜜をからませながら。
くすぐったさとささやかな痛みが重なったような、言葉にできない感覚。
陰唇が押し開かれ、敏感な粘膜を直接さすられる。
膣の入口よりやや前にある、小さな肉粒を探り当てられたとき、マリは喉の奥で悲鳴をあげた。
「ひあっ、あっ……!」
「クリトリスもすごく大きくなってる。ねえ、僕にこんなところ見られて恥ずかしくない?」
「は、恥ずかし、あ、いやあっ!」
膨れ上がった陰核が、指の腹でキュッキュッとすり潰すようにして擦られる。
じくじくとした疼きが大きくなっていく。
下腹の奥の方が熱くてたまらない。
まだ触れられてもいない膣肉が、ひくっひくっと反応する。
……気持ちいい。
わたし、気持ちよくなっちゃってる。
あそこから溢れ出る蜜液が、尻のほうまで垂れ落ちて座面をぐっしょりと濡らす。
じわりじわりと忍び寄る快感に、体は絶頂を感じる寸前まで昇りつめていく。
肌の下を流れる血液が、その速度を増していく。
熱くて苦しくて、もうどうしたらいいのかわからない。
いく。
あと少しで、いっちゃう。
その瞬間、指は動きを止めた。
達也が耳元で低く囁く。
「すっごいドキドキしてるね。いま、いきそうだった?」
「て、達也……」
「こんな公園みたいなところで、あそこ見られながらイッちゃっていいの? 悪い子だね」
「だ、だって、達也が」
「意地悪でいやらしくて、マリちゃんは本当に悪い子だ。ねえ、僕がお仕置きしてあげるよ」
前触れもなく、ぐぐっ、と数本の指が膣口にめり込んできた。
「ひっ、ひあっ!」
「ぐちょぐちょに濡れてるから、いくらでも入りそうだね。僕に指突っ込まれるのって、どんな気持ち?」
ごつごつとした感触が、自分の奥へ侵入してくるのがはっきりと感じられる。
無数に折り重なった肉の襞が性の悦びに打ち震え、燃え上がるほど熱い脈動を子宮へと送り込んでいく。
マリの中に指を深々と突き刺しながら、達也が背後から腰を擦りつけてくる。
いつのまにか、耳に届く彼の呼吸音もハアハアと荒くなっていた。
背中に感じる男性の部分が、大きく勃起してるのがわかる。
これまで達也の中に感じたことのなかった『男』を、否応なく認識させられる。
ぐちゅぐちゅと蠢き続ける指に、眠っていた劣情が呼び覚まされていく。
ただしそれは、オーガズムに達しかけるとすぐに止められてしまう。
言葉通りのひどいお仕置きを受けているようで、マリは体をのけぞらせ、掠れた声をあげて自ら腰を揺すった。
「あぁっ、もう、許して、達也、わたし、わたしが、悪かったから」
「どんな気持ち? ってきいたんだよ。ちゃんと答えなよ」
「ううっ……は、恥ずかしいの、すごく、でも、感じる、気持ちいいの……!」
「うんうん、そうだよね。僕、マリちゃんのこと、ずっとこうやって虐めたかったんだ。知ってた?」
「ず、ずっと?」
「そう。一緒に歩いているときも、部屋であの男の話を聞かされているときも、ずっと」
ずるりと指が引き抜かれた。
陰部と指先の間に、愛液が透明な糸を引いている。
自分が達也の性の対象になっていることなど、これまで考えたことも無かった。
子宮の疼きは大きくなる一方で、ガクガクと脚の震えが止まらない。
「おいでよ、マリちゃん」
「あ……」
腕を引かれるまま、向かい合わせになるように達也のひざの上に座った。
達也は動かない。
目顔で、マリに『自分でやってみろ』と言っている。
もう、お互いの立場だとか、理性だとか、くだらないことを考える余裕は消し飛んでいた。
力の入らない指で、どうにか皮のベルトを外した。
ズボンのボタンを外し、ファスナーを引き下ろす。
達也が腰を浮かせ、下着ごと細身の綿のパンツを引き下ろすと、力強く屹立した男根が現れた。
そっと手を添えて、肉傘の先端に秘所を押し当てる。
静かに腰を下ろしていく。
強烈な圧迫感に、下半身が砕けてしまいそうな気がした。
「あっ、あ……!」
「上手だね、そんなに欲しかった?」
「ほ、欲しいの、すごく、欲しい」
「ああ、素直なマリちゃん、最高に可愛いよ。ご褒美たくさんあげるからね」
頬に優しく口づけた後、達也はマリの腰骨を両手で支え、下から思いきり突き上げてきた。
指とはまったく違う巨大な塊が、媚肉を押し割って体の内側に打ちこまれていく。
あまりの衝撃に、血の気がひき声も出ない。
手足の先が、ふるふると小刻みに痙攣する。
「わかるよ、マリちゃんが感じてること」
「達也、あ、あぅっ」
上がりきった体温が、全身の毛孔から汗を噴き出させる。
いい、もう、気持ちいい。
頭の中が引っ掻きまわされたようで、なにもかもがわからなくなる。
ずん、ずん、と貫かれる快楽だけが、マリを何度目かの絶頂の縁へと押し上げていく。
肉胴はみしみしと音を立てて膣を変形させながら、容赦なく子宮口をこじ開け、さらにその奥を責め立てる。
「あぁ……そこ、そこ、すごいの……!」
「うん、わかる……僕も感じるよ」
今度は、途中で止めようとはしなかった。
貫かれる速度は速まるばかりで、マリは悲鳴に似た泣き声をあげた。
互いの間でぐちゅぐちゅと淫靡な粘着音が響く。
耳を塞ぎたい。
でも、もっと聞いていたい。
血液を沸騰させるような悦楽の渦が、そんな思いまでも押し流していく。
「いく……わたし、もう、いっちゃうっ……」
すすり泣きに混じった小さな声に、達也が腕に力を込めて応えてくれる。
「いいよ。僕もすぐにいきそうだ……ひとつだけ、お願いがあるんだけど」
「な、なに、あ、あっ」
「このままずっと、僕だけのものになるって約束して」
「て、達也」
「ずっと守るから。マリちゃんのこと、もう誰にも傷つけさせたりしないから」
場違いに思えるほど温かなまなざしが、真っ直ぐにこちらを見つめていた。
打ち抜かれる勢いが増していく。
ずいぶん長い間、待たせてしまったような気がする。
もう、言い訳をするのはやめにしよう。
心が解き放たれ、涙腺が緩む。
マリは何度もうなずき、さっきまでとは別の幸せな涙に頬を濡らした。
(おわり)
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