帰省したいきさつもありますが、御開帳に立ち合えたり実家の整理もできて、達成感が勝っていましたので、疲れはなかったのですが、
東京に戻って、色々と精神的に来てしまったので、身体的にも影響が出ないかと心配です。
ほんと、困った性格ですが、この性格で生きてきたのですから、これからもうまく付き合うしかないです。
しばらく描けてない絵を描いて、心を落ち着けようと思い、御開帳だった観音様を描いてみたのですが、
これまでのイメージと全然違う観音様、うまく描けない。
しかし、考えた。
今まで沢山の観音様や仏像を見てきたけど、今回のように、生まれ育ったところに何百年もあったにも関わらず、一度も見たことのなかった観音様を見た、というのは、特別な事。
しかも、それが既存のイメージと全く違うお顔だったというのは、あり得ないご縁だったのだろうと。
あのお顔を見た皆さんの中で、私のように何日も経っているのに、強烈にあのお顔、お姿を思い出す人がいるのだろうか。
絵に描いて人に見せるものなのだろうか。
話が違いますが、弥勒菩薩が釈迦の入滅後、56億7千万後に降りてきて、衆生を救う、という話もございますが、そんな遠い未来になるまでに、衆生は滅亡するよ、と私は思っていました。
その間の33年などは、とるに足りないあっという間の時間なのだろうと、今回つくづく感じました。
そのとるに足りない時間を生きている私が、33年ぶりに扉が開かれた観音様のお顔を見れた。
秘仏たる由縁を想うと、言葉にできないものを感じます。
それもこれも、すべて生きている人間の受け止め方、感じ方、そして都合。
滅多に見れないほうが、人間様はありがたいと感じる。
有難い、ということです。
あの観音様の絵をうまくかけないのは、見る人その心によって違って見えるし、チャラチャラ公開するものではないから。
いや、本当はただ単純にへたくそだから。はい。
描けたものは絵は33年後にお見せしますから、それまで長生きしてくださいよ。
朝からまた小難しい話で、しかもいつもみたいにまとまらず、ごめんなさい。
こんな文章からでも、どなたかの気づきとかきっかけになれば。
ボクは、お布団の中から御開帳。
今日も快調。
ご訪問いただきありがとうございます。
感謝をこめて
つる姫