京都駅に着いたのが8時前後でしたか。
あらま、そういえば丁度通勤通学の時間帯だったわ。年中無休じゃなくて、無勤の私にはそんな時間の感覚が失われているのです。
京都駅から、多少混雑したJR山陰線で嵯峨嵐山へ。途中で学生さんたちが降りて、車内はガラ空きとなりました。
駅を下りて、とりあえず目指すは、愛宕念仏寺。
グーグルのナビにしたがって、車の通る広い道沿いの緩やかな上りの道をてくてく。
迷った訳ではないが、これが失敗だったと後で気づくことに。
確か40分ほどの道のりだったと思うのですが、あと少しというところで、下方にもう一本狭い道があり、
嵯峨鳥居本という歴史的建造物群保存地区という表示が。
苔生した茅葺の屋根もみえたので、そこにあった階段を下ってみることに。
よい感じですね。
時間が違えば、茶でもしたのですが。
この鳥居が地名の由来でしょうか。
もともとこの地区は化野(あだしの)と呼ばれ、京の人々の埋葬の地だったようです。
お店屋さんに、この道を行けば愛宕念仏寺に行けると聞いて、9時過ぎに最初の目的地に到着。
まずは、参拝者もつく事の出来る三宝の鐘。
鐘を突くと、静謐な空気に音の波紋が広がっていくのが、みえるような気がしました。
同時にカラスが、カアと鳴きました。
木々の葉は落ちているけれど、羅漢様に絡みつく苔の奥深い緑色。
頬にあたる、朝の冷たい風。手に伝わる鐘の響き。
徐々に消えて行く鐘の音。辺りにゆるり漂う冬枯れのにおい。
現代人が失いつつある、五感を呼び起こす空間がありました。
さすがに苔をなめてみることはしませんでしたけれど。
ここは、奈良時代に建立され、平安の醍醐天皇の頃に洪水で廃寺となり、その後天台宗の僧によって復興したのですが、戦時中に再び無住寺となり、昭和25年の台風被害で廃寺となったそうです。
その後、仏像彫刻家の方が住職となられて再興されたそう。
ここにある千二百羅漢様は、寺の復興のため昭和56年から、一般の参拝者によって彫られたものだそうです。
ふれ愛観音様がおられます。手に触れて拝むために作られた観音様だそうで、触れることによって人々の心身の痛みを癒してくださいます。
お身体は冷え切り、結露していましたが、御心はあたたかいのですね。
この場所は、少しだけ太陽が透けて見える位の曇り空がとても似合う。
カンカン照りでは、趣も違うだろう。
やはりつる姫は「持っている」のです。
感謝と合掌
ま、カンカン照りなら、他の理屈を並べていた事でしょうが。
あらまあ、なんとも楽しそうにお酒を酌み交わす羅漢様も。
お酒は飲んでも罰は当たらんのだ~♪
最後に再興してから、さほど時間は経っていなかったようですが、近年訪れた寺社仏閣の中でもかなり感動したお寺の一つでした。
他に参拝者がいなかったのも、ラッキーでした。
紅葉も桜もないですが、冬の京都の一番よいところは、人が少ない事です。
誕生日が2月でよかったなあって、この3年間この時期に京都に来て、特にそう思いました。
まああえて言えば、ちょうど春節とやらで。。。
実際、寒い田舎の冬に生まれた時は、かまどに薪をくべて沸かす産湯がなかなか沸かなかったりして、大変だったようです。親に感謝ですね。
は?かまどでお湯?いつの時代の生まれだって?
はい、縄文時代ではないですよ。
昭和30年代。戦争が終り、育った時期は高度成長期。
物はそこそこありそこそこ足りず、日本の歴史の中でも一番いい時代だったと自負しておりますが、何か。
見飽きませんね。本当に皆さん良いお顔。
お参りを済ませ、ついでに「一応行っておこう」世代は、念のためお手洗いもお借りして、化野念仏寺を目指します。
そうなんです。先ほど「失敗した」と申しましたが、ここで気づいたのは、ナビを頼りにして歩いてきた国道みたいな道ではなく、嵯峨野巡りの小道があったんですよ。
先ほどの保存地区を通る道。あれを嵐山から道なりに行くと、お店屋さんや神社仏閣が点在しているんです。
ナビは親切に最短距離で、ナビゲートしてくださったようです。
皆さんがお出かけの際は、必ずと言っていいほど、嵯峨野巡りの道を調べて歩いてください。
そう言えば、そのナビの道で思い出しました。
駅から歩きはじめて数分、20代半ば位の女の子が、こちらに向かって走って来ました。
多分、通勤電車の時間が迫っているのでしょう、と思ったら、私の数メートル先で、思いっきり転倒。
ガツンと膝から落ちて、道路に寝転んだような格好になりました。
お若いです。頭を打つまでは行きませんでした。
助けに行こうかと思う間もなく、あっという間に起きあがりました。
再び早足で私の横を通り過ぎようとする彼女に、大丈夫ですか?と声をかけようか、余計なお世話か?と一瞬迷った時、その女の子のどこからか、何かがポロリと道路に落ちました。
イヤリングかボタンか、そんなようなものでした。
私の方に転がってきたので、拾い上げて、声をかけるタイミングだなと思って
「大丈夫ですか?気を付けてくださいね」と言って、落ちたものを手渡すと、お礼を言って、再び駆け足で駅の方に向かって行きました。
あら~、まだあんなに走れるんだ。
あの転び方、私なら再起不能に近い形でひざを痛め、下手すると寝たきりになるな、と思いました。
私は基本せっかちで、急がなくてもいいのに急ぐこともたまにありますが、余裕を持った行動をしないと命にもかかわるなあ、と思った次第です。
そうそう、そう言えば去年、映画に向かって走った事もありました。
くわばらくわばら。
袖摺りあうも多生の縁とは言いますが、ナビを設定せず、あの時彼女からボタンか何かが落ちて来なければ、あの道を歩き、あの子に話しかける事もなかったし、彼女は転んだ恥ずかしい姿を他人に見られることもなかった。
いや、逆に言えば私があそこを歩いていた事によって、磁場が狂い、彼女が転倒したのか。
それなら申し訳ござらんが、人生のタイミングとかって、ふしぎなものですが、私に対する仏様の警告だったかも知れないですね。
慌てるな、急ぐな、と。
そして、丁度私とすれ違う時に、私の方に物が落ちてきたのも不思議な事です。
話がかなり逸れましたが、愛宕念仏寺から10分ほどで、化野念仏寺に到着。
ここは、10数年前友人と訪れたお寺。
この場所で、友人が写真を撮ってくれたのを、よく覚えています。
高校の同級生で、出席順の席が前と後だった事で話すようになり、同じ誕生日だったと知ったこともあり、そのうち親友になりました。
大学も同じ東京でしたが、結婚してからも時々彼女から旅に誘ってもらい、京都や鎌倉を二人で歩きました。
行先はすべて彼女が、当時ですから「ガイドブック」で調べて決めてくれて、私はいつも、まかせっきりでした。
私は、今年も誕生日に元気に旅をすることが出来ましたが、同じ誕生日だった彼女は数年前、肺がんで亡くなりました。
長くなるのでまたもやつづく。
誕生日から、もう一週間経ちましたよ。
今日も笑顔で過ごしましょう。
感謝をこめて
つる姫
(ブログ開設から2768日)