リタイヤおじさんの日々

日常のほっとする風景を描いています

見えてくるモノ ・高齢化社会

2014-05-27 05:31:41 | ウオッチング
腰痛トレーニングで歩いていて目につく。
街角の酒屋が、雑木林だった所にこ洒落た建物が、古くなったアパートが建て替えられて小さな会後施設に、、、、。形・形式は千差万別だが、どうやら高齢者専用の建物、集会所、その筋の事務所に変わった建物設備が、目につくようになってきた。

昼間の街かど狭い道路にはその筋のワンボックスカー、宅配の生活食品を届ける軽トラが走りまわる。
実社会の動向としての動きは理解している。つもりだ。
しかし、
高齢者ホームの施設・サービス、その筋のサービス会社の有り体、宅配食品の実態・利用など、具体的な活用、仕組みは正直分からないって知らない。

二十数年前、私の母親が時折、町内会の方々とお茶会と称して集会所でお年寄りの仲間と過何回か時間を共にしたことがあった。そのボランティアの仲介を昨今は企業化する・したようなのだろう。
社会のニーズシーズでやたらいろいろな動きが目につくようになったようだ。

昨今の高齢者の悲惨な例示は、何人もの友人が親の介護問題で悩んでいるのを知っている。我が母親が転んで入院し、急速に体力が落ち、3ヶ月間、私と家内(主に家内だったが、、)面倒みたが、当時友人だった医者が言った言葉は忘れない。家族が面倒を見られの3ヶ月からいいとこ半年。それ以上は家族に無理が生じる。専門家、施設に任せるべきだ。
「お前さんは幸せだった」「3ヶ月面倒を見て看取った。これ幸だったという。」医師の言葉、印象的だった。
そのとおりだと思う。
その医師も癌で亡くなり、我が家では、また身内でも介護の私設で世話になっている人はいない。有難いことです。
そうこうするうちに、我が身のコトになること、「心」しよう。

我が友人の親御さんは皆90代、当人は6~70代。東京だけでも関連する施設は絶対数不足だと言う。高齢者・年寄の生きがいの問題もある。

高齢者・年寄の生き方だけでなく、間接的に働き盛り・若者の問題でもある。
問題、山積だ。

歩いていて道端の草花で癒し、季節感を感じるのもいい。
でも世間ではまったなしの問題が、ヒタヒタと見える形で見えてくる。
高齢化者社会の一端。

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 腰痛だいぶ良くなってきました | トップ | カブとブロッコリー »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

ウオッチング」カテゴリの最新記事