3.11から長いようで短かった1年が過ぎました。
思い出すと、さまざまな記憶と感情がわき出てきて複雑すぎて、
文章にまとめるのが難しいけど、備忘録として書いておくことにします。
東日本大震災は、私にとって実家で被害があった阪神大震災よりも
衝撃的で、生涯でいちばん影響を受けた出来事でした。
テレビをみて茫然とし、あんなに涙が流れたのも初めてでした。
特に原発事故と水素爆発後の私の行動は、まさに 変 でした。
本当の情報を得ようとやっきになって、
ニコニコの東電会見を見たり、UstreamのIWJの配信を見たり、
ツイッターや日頃やらないチャットをしてみたり…
知ったのは驚愕の事実でした。
3度目の爆発があったら、すぐに関西の実家に帰れるように
フライト予約を毎日したりもしました。やりすぎじゃありません。
政府が事故直後に「天皇陛下の関西一時移転を検討していた」と
今になって報道されるけど、本当に危機だったということの証明です。
1年前テレビなどは全く頼りになりませんでした。
結局わたしの心配は杞憂に終わって本当に良かったと思います。
命がけの現場作業員のおかげです。
わかったことは“事故直後の大衆メディアの報道はウソ”でした。
「パニックを避けるため政府は国民をだます」という事実は今になって
はっきり報告が次々出てきてますよね。
日本政府とメディアを過信してたことにショックを受けました。
反対に、日本人はとても我慢強くて優しい国民なんだと再認識。
平日都心でも大きなパニックはおきず、みんな冷静でした。
そして、以前仕事で契約関連の仕事でかかわったことがある
自衛隊は“面倒くさいところ”という認識でした。
それは組織(政府機関)だけで、自衛隊員の一人一人は、
使命感いっぱいで、素晴らしい働きをされてました。
つらい任務だったでしょう。
私にできることといえば、わずかな寄付やボランティアに物資を
提供することくらい。役立たずな自分がくだらなく思え、
何か大きく価値観が変わった気がします。
3月いっぱいは日常の買い物が不自由でした。
水や牛乳がスーパーの棚から無くなるし、保存食もしばらく品切れでした。
目に見える奪い合いこそないけど、軽い“争奪パニック”
が起きてました。当たり前の生活は、当たり前などではなく、
蛇口から使いたいだけのお湯が出ること、いつも明るいことは幸せなのよね~
日本に生まれたこと。それだけでとても幸福なことです。
一部の物不足は2週間ほどでした。
これで次に地震が起きたときにどの程度、備蓄が必要かという基準が
できたように思います。首都圏直下だと目安にならないかな。。。
4月からは放射性物質の暫定基準値が見直されるそうです。
やっとか~ 待ってました! って感じ。
風評被害の元であった高い暫定基準値がようやく見直される
ことになって良かったです。まだ安心とはいえないけど、
これを機に、すこし野菜購入の自己規制をゆるめることにします。
いつまでも気にすると、そのストレスのが体に悪いよね。
でもキノコだけはまだ要注意かも
地震や津波は自然災害だから、日本に住む限り仕方のないことです。
でも、原発事故は完全な人災です。
避けようとすれば避けられる災害を放っておくのは、愚かなこと。
東日本大震災を今後おきるだろう大震災への教訓と
しないと、被災者が浮かばれません。
多少電気料金が上がったとしても、原発はもういりません。
まだ34万人もの被災者がいるそうですね。
家族、故郷、多くを失った人たちが一日でも早く、
笑顔になって、復興が順調に進みますように
ほんの少しずつでも元の生活を取り戻そうと頑張ってる
人たちを見ると、人間って強いな~、
きっと大丈夫!て気がします
思い出すと、さまざまな記憶と感情がわき出てきて複雑すぎて、
文章にまとめるのが難しいけど、備忘録として書いておくことにします。
東日本大震災は、私にとって実家で被害があった阪神大震災よりも
衝撃的で、生涯でいちばん影響を受けた出来事でした。
テレビをみて茫然とし、あんなに涙が流れたのも初めてでした。
特に原発事故と水素爆発後の私の行動は、まさに 変 でした。
本当の情報を得ようとやっきになって、
ニコニコの東電会見を見たり、UstreamのIWJの配信を見たり、
ツイッターや日頃やらないチャットをしてみたり…
知ったのは驚愕の事実でした。
3度目の爆発があったら、すぐに関西の実家に帰れるように
フライト予約を毎日したりもしました。やりすぎじゃありません。
政府が事故直後に「天皇陛下の関西一時移転を検討していた」と
今になって報道されるけど、本当に危機だったということの証明です。
1年前テレビなどは全く頼りになりませんでした。
結局わたしの心配は杞憂に終わって本当に良かったと思います。
命がけの現場作業員のおかげです。
わかったことは“事故直後の大衆メディアの報道はウソ”でした。
「パニックを避けるため政府は国民をだます」という事実は今になって
はっきり報告が次々出てきてますよね。
日本政府とメディアを過信してたことにショックを受けました。
反対に、日本人はとても我慢強くて優しい国民なんだと再認識。
平日都心でも大きなパニックはおきず、みんな冷静でした。
そして、以前仕事で契約関連の仕事でかかわったことがある
自衛隊は“面倒くさいところ”という認識でした。
それは組織(政府機関)だけで、自衛隊員の一人一人は、
使命感いっぱいで、素晴らしい働きをされてました。
つらい任務だったでしょう。
私にできることといえば、わずかな寄付やボランティアに物資を
提供することくらい。役立たずな自分がくだらなく思え、
何か大きく価値観が変わった気がします。
3月いっぱいは日常の買い物が不自由でした。
水や牛乳がスーパーの棚から無くなるし、保存食もしばらく品切れでした。
目に見える奪い合いこそないけど、軽い“争奪パニック”
が起きてました。当たり前の生活は、当たり前などではなく、
蛇口から使いたいだけのお湯が出ること、いつも明るいことは幸せなのよね~
日本に生まれたこと。それだけでとても幸福なことです。
一部の物不足は2週間ほどでした。
これで次に地震が起きたときにどの程度、備蓄が必要かという基準が
できたように思います。首都圏直下だと目安にならないかな。。。
4月からは放射性物質の暫定基準値が見直されるそうです。
やっとか~ 待ってました! って感じ。
風評被害の元であった高い暫定基準値がようやく見直される
ことになって良かったです。まだ安心とはいえないけど、
これを機に、すこし野菜購入の自己規制をゆるめることにします。
いつまでも気にすると、そのストレスのが体に悪いよね。
でもキノコだけはまだ要注意かも
地震や津波は自然災害だから、日本に住む限り仕方のないことです。
でも、原発事故は完全な人災です。
避けようとすれば避けられる災害を放っておくのは、愚かなこと。
東日本大震災を今後おきるだろう大震災への教訓と
しないと、被災者が浮かばれません。
多少電気料金が上がったとしても、原発はもういりません。
まだ34万人もの被災者がいるそうですね。
家族、故郷、多くを失った人たちが一日でも早く、
笑顔になって、復興が順調に進みますように
ほんの少しずつでも元の生活を取り戻そうと頑張ってる
人たちを見ると、人間って強いな~、
きっと大丈夫!て気がします
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