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2016年10月19日に初めて丸山クリニックに行ったので
あれから3年たちました。
今、シムビコートを少しずつ減らしています。
前回7月に81日分の漢方薬とシムビコートを6本出してもらっていましたが
漢方薬は2週間ほど前になくなって
今はシムビコートのみ。
漢方薬をのまなくてもあまり変わりはなく
母の往診に来て下さる先生は喘息の人にはシムビコートを出しているとのことで
仙台まで行かなくても近場でコントロール出来るとは
思うのですが、、、、
やはり12月に日帰りで仙台まで行こうと。
光のページェントも見たいし。
妹がなんでわざわざ毎年見に行くの?と不思議がっていますが
2012年から毎年欠かさず見に行っているので、、、
それはそれとして、私の喘息の歴史と丸山先生の歴史が
ぴったり一致しています。
私にとって丸山先生はスピ系の師匠でもあります。
それはそれとして、私は今親の介護生活のため
俗に言う「籠の鳥」状態です。
妹と2人で臨んでいるので、なんとかこなせてはいます
介護生活がスタートしたのは今年の2月15日です。
骨折、手術、退院、ほぼ寝たきり生活。
という流れです。
隣のおじさんは
「私の親も骨折して手術しましたよ。3ヶ月でなくなりました」とのこと。
そうか3ヶ月か。
まあ、我慢出来るか。
ドナルド・キーン氏はもうダメだと言われてから
4ヶ月後に亡くなられたそうで
じゃ、母も6月あたりかもしれない。
なんとか我慢出来るか。
しかし、母は期待に反してまだ元気です。
先日ケアマネージャーさんから言われました。
最高の介護だと。
環境を整えるのは当たり前として、ひとつだけ
自分であみだした手法があります。
と自分なりのやり方について説明しました。
守っているのは嘘のない介護なのですが、
どういう意味かというと、ハラがたったら顔にだす。
嫌なことは嫌だという。
なにしろついさっきの事は忘れるのでなんでも
瞬間の出来事で線になって繋がらないから
助かるわけです。
ただ、母にひどい事を言ったまま寝てしまって
次の朝亡くなっていたなんて悔いが残るじゃないですか
それだけは絶対に嫌なので、1日の最後に熱いお茶と
お菓子で締めくくるのです。
夜中の1時ころに。
母のためというより自分のためです。
とりあえず、1日の締めくくりの熱いお茶で母も
穏やかな気分で眠れるし
次の日の朝亡くなっていても悔いは残らないです。
ようやく10ヶ月かかって得た手法です。
と言ったら
早い方だといわれましたが。
早いか遅いかはともかくとして、
最近母は元気になって来ているのです。
早く介護生活から卒業したい〜!