RIKAの日常風景

日常のちょっとしたこと、想いなどを、エッセイ風に綴っていく。
今日も、一日お疲れさま。

連載小説「冬枯れのヴォカリーズ」 vol.31

2009-02-23 21:07:23 | 連載小説

     §


 冷たい雨が幾度か降り、一雨降る毎に木々のつぼみは膨らんで、春が目の前まで来ていた。

 三月になった。普段ならばこの時期になるとなんとなく気持ちが躍りワクワクするのだけれど、今年はそんな気分にはとてもなれない。気温の変化がめまぐるしかったからか風邪を引いてしまって、余計に憂鬱だ。

 久しぶりに奈歩にメールをする。

「奈歩、春休みは楽しんでますか?私の方は、母の病状がよくないので、大学が始まるギリギリまでこちらにいることにしました。それで、お願いなんだけど、新勧のビラ、どんなのでも任せるから作ってもらえないかな?申し訳ないけれどよろしくね。では、また連絡します」

 奈歩からは一時間後に心良い返事が来た。

 母の容態は、日に日に悪くなっていった。リンパ節への転移が相当以前からだったようで、骨や肺に続き、つい先日肝臓への転移も認められ、ガンが全身に蔓延している状態だ。肝臓がやられたら抗ガン剤も使えないだろう。逆に言えば、抗ガン剤などを使った為に、肝機能が弱まって転移が早まったんじゃないか。それでも父はビワの葉のお茶やキノコの煎じたのを飲ませるのをやめなかった。

 いつの間にか姉の結婚式も近付いて来た。私は姉と兼用だったピンクの振袖を着ることにした。春らしい色合いだし、姉の結婚式だから一番の正装をしたかったのだ。

 タンスから着物を出してちゃんと小物があるか碓認してみると、足りないものがあって夢中で探していたら疲れてしまい、今日はここまで、と庭に出た。

 この間の写真撮影の日に、庭の片隅で見た沈丁花の花芽がだいぶ膨らんでいて、その濃いピンクのところどころに四枚の白い花びらが開き始めている。鼻を近付けると良い香りがした。私は形の良さそうな一枝を取って、新聞紙に包み、バスに乗って一人で母の病院へ行った。


「理美、あなたなのね、須藤さんに連絡してくれたの」
 病室に入るなり母は言った。

「昨日、ここにいらっしゃって。お母さん、それはもうびっくりしてね。広島からだって言うのでますますびっくりして。実に三十年ぶりの再会だったわ。雰囲気がそのままだったからすぐに分かったの。須藤さんの息子さんとお友達なんですって?理美ったら水臭いわね。須藤さんが訪ねてきてくれた時、ちょうど理美にもらったCDをかけていたのね。そしたら須藤さんが、この曲は40歳頃に知ってとても気に入って、いつか再会できたら貴方に聞かせたいと、ずっと今までそう思い続けていた曲なんです、って言って。理美は超能力でもあるのかしらね」

 何度もお礼を言われた。母はまるで思春期の少女のようだった。

 その後、沈丁花を花瓶に生け、病室を出て、高村くんに丁寧にお礼のメールを打った。高村くんからは数分後にこんなメールが返ってきた。

「それはよかったです。父は夏木さんのお母さんの名前を言うと、目を見張り、そしてすごく哀しい顔をしたんです。オレその表情を見て一瞬で悟りました、父にとっても夏木さんのお母さんは忘れられない人だったのだと…。少しでもお役に立ててオレは嬉しかったです」

 高村くんと、こうしてお互いの両親についてメールのやりとりをしていることが今もってとても不思議だった。このことがあってから高村くんに対して、もう変な気構えはなくなっていて、好きという気持ちよりも、どちらかというと親密感に似た、兄妹のような感覚が芽生えていた。