下記の記事は東洋経済様のホームページからお借りして紹介します。(コピー)です。
コロナ禍の医療逼迫で、にわかに注目を浴びた看護師。「医師の診療補助」が主な業務である日本の看護師と違い、イギリスの看護師が行う業務はかなり“医師に近い”という。そんなイギリスの看護事情をイギリス正看護師、フリーランス医療通訳のピネガー由紀さんが紹介する。
イギリスの医療は「国民健康サービス(National Health Service:NHS)」が主で、すべて税金で成り立っている。病院でかかる医療費は、患者が0割負担で、国がすべて(10割)負担する。おまけに、英語の話せない外国人患者への医療通訳サービスや、通院が難しい患者への送迎サービスなども、すべて国が持ってくれる。
このようなシステムのため、医療費は国の財政を年々圧迫し続けている。そのあおりを食っているのが医療従事者で、医師や看護師が担当する1人あたりの患者数はかなり多いにもかかわらず、医師らの賃金はほかの英語圏に比べて低い。そのため、イギリスでは慢性的な医師不足、看護師不足に苦しみ、これをどう解消するのかが長年の課題となっていた。
医師不足を解消するため看護師を登用
金もない、人もいない、それでも高水準の医療を提供する必要がある。特に医師不足は致命的だ。そこで編み出されたのが看護師の活用で、「専門看護師」や「ナースプラクティショナー」という地位、資格が作られた。
専門看護師、ナースプラクティショナーの目的は、医師が行っている業務の一部を、医師の直接的な監視なく独立した状態で安全に業務を行うこと。通常の看護教育を終えた後、専門看護師やナースプラクティショナーとしての現場トレーニングと教育を受けると、資格を得ることができる。
細かくなるが、専門看護師やナースプラクティショナーとは別に、医師から「医師の業務を引き継ぐ」ことのできる資格や業務が、イギリスではいくつも存在する。その資格があれば、医師でなくても麻薬も含めた薬の処方ができたりもする。専門看護師やナースプラクティショナーはもちろん、管理職につく看護師にもこの資格を持つ人は多い。実際、私の前職でも、今の職場でも、師長はこの資格を持っていて、必要であれば医師を呼び出すことなく、薬を処方している。
話を戻そう。イギリスの専門看護師について少し触れたい。
専門看護師は、さまざまな分野で専門的な看護をする際に求められる資格で、日本にも「がん看護」「精神看護」といった専門看護師、認定看護師が存在するが、イギリスでは専門看護師の分野が細分化されていて、その項目も日本よりはるかに多い。
例えば、がんの専門看護師であっても肺がん患者を主に担当する「呼吸器外科専門看護師」、咽頭がんなど耳鼻咽喉科・頭頸部外科を担当する「頭頸部専門看護師」などがいて、業務内容も日本とは異なる点が多い。
その1つがセクシュアルヘルス(性に関する健康)だ。実は、イギリスでは若年層の望まない妊娠出産が大きな課題となっていて、セクシュアルヘルスにも予算をつぎ込んでいる。そのケアのため、経口避妊薬の処方や、避妊具の子宮内装着などを、トレーニングを積んだ資格を持つセクシュアルヘルス専門看護師が行っている。
このように、普段から大活躍している専門看護師だが、目を見張る活躍をしたのが、コロナ病棟でだった。詳細は筆者の日本人が知らない英国「コロナ病棟」のリアルを参考にしていただきたいが、コロナ病棟で働く医師や看護師の大半は、眼科や歯科、整形外科、セクシュアルヘルスなどの「寄せ集め軍団」だ。筆者自身も専門外の外科から招集された1人だった。
コロナ病棟で、糖尿病のある感染者の大きく上下する血糖値をコントロールしたり、感染者の看取りケアのために鎮静剤や呼吸緩和剤を処方したりするのは、専門外の医師にとっては大きな負担だ。そんな場面では、次々とやってきた各分野の専門看護師が治療プランを作ったり、薬を処方したり、さらには専門外の医師に指導までしていた。専門看護師のサポートなくして、イギリスのコロナ病棟は成り立たなかっただろう。
ナースプラクティショナーとは?
続いて、ナースプラクティショナーについてだが、彼らは正確にいうと純粋な看護師ではない。地位的には医師と看護師の中間の立場だといえる。
ナースプラクティショナーになるには、看護師になって一定の臨床経験を積んだ後、臨床業務を続けながら大学院に通う必要がある。専門看護師との大きな違いは、「患者の診察と診断ができること」だ。上級医の診察が必要と判断されれば医師に引き継ぐが、一部の範囲であれば外科的な処置もできる。
上級ナースプラクティショナーともなると、地位的には研修医のような業務を任される。実際、新卒の研修医より年収は高い。上級ナースプラクティショナーが手術のインフォームドコンセントをしてサインをすることもできるし、簡単な手術を行うこともできる。患者が退院をするときには、処方薬の選定も、次回の外来受診日程の決定も、上級ナースプラクティショナーの判断でされる。もちろん、すべて法的に認められている行為だ。
このほか、地域医療には看護師主体の医療サービスが数多くある。禁煙サービスや薬物依存症サービス、セクシュアルヘルスクリニックなどだ。これらのグループの責任者はたいてい専門看護師で、その下に一般の看護師や看護助手がつく。
専門看護師の業務は、問診や患者教育、回復プランなどの作成で、必要があれば専門の医師に受診を依頼する。こうした地域サービスや看護師と医師の連携が成り立つのはNHSだからで、当然ながら、運営コストはすべて税金が原資となっている。
ここまで、イギリスの医療政策である「低コストで高品質の医療を、医師不足のイギリスで提供」をするうえで欠かせない看護師の役割を、簡単に説明してみた。なるほど、それではいっそのこと看護師は独立をしてしまったらどうか――。そんなことを考える看護師がいてもおかしくない。
だが、NHSが主な医療システムである限り、看護師が独立開業をするのは現実的ではない。なぜなら、運営コストは税金であり、国からは医療機関に厳しい条件が課せられている。そもそもイギリスでは、医師であっても独立開業している人は少なく、外科医などがプライベート病院やNHS病院に有料で「間借り」して、プライベート診療をすることが多いのだ。
ただその一方で、看護師が派遣看護師のための派遣会社やリクルート会社を立ち上げるケースは多い。それは、派遣看護師であっても必須研修が複数義務付けられているためで、法的分野を熟知している看護師には向いている。
民間企業のセールス、教育分野で活躍する看護師もいる。こうした看護師は、傷を治療する際に使うドレッシング材や排泄ケア材など、看護師がメインで扱うことの多い医療用品の企業に、教育サービスを提供している。企業は合同展示会でこうした看護師を招き、「褥瘡(床ずれ)の最新ケア」や「導尿カテーテルの管理方法」などの勉強会を開く。そして、「ターゲットとなる看護師集め」にいそしむ。というのも、これらの医療用品の選択、購買決定権は病院では看護師サイドにあるからだ。
企業に雇われる看護師も多いが、専門看護師やナースプラクティショナーの肩書があれば、フリーランスとして仕事をすることも可能だ。ただ、こうしたケースはほんの一部。多くの看護師は、NHSを辞めて独立したがったりはしない。
イギリスの看護師の手取りは約450万円
その理由は冒頭でも書いたが、イギリスの看護師は低賃金だが安定した収入があり、また、専門看護師やナースプラクティショナーになれば、それなりに収入は上がる。上級専門看護師の3~5年目の年収は4万2121ポンド、日本円で手取り換算すると約441万円となる(1ポンド=151.22円)。
ボーナスや交通費、住宅手当などの支給は出ないが、ロンドン勤務だと大都市手当が加算される。加えて、専門看護師に夜勤は基本的にないので、身体的な負担も軽い。
ほかにも、NHS勤務のメリットとして、給与以外の福利厚生が挙げられる。有給日数は新卒から28日で、勤続年数10年を超えると33日になる。年金は勤務先の病院にもよるが、9%を超えるところも多い。病気で療養中も基本的に100%の給与が支払われる。この待遇は国内でもかなり恵まれている。そのため、安定性を捨てる看護師は実際に少なく、仕事をするにしても副業形態を選ぶケースが多いのだ。
ピネガー 由紀 : イギリス正看護師、フリーランス医療通訳
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます