飛鉄(HITETSU)

飛行機、鉄道などの撮影のあれこれを綴っています。

斗賀野 石灰専用線 積み込み所跡

2014-08-16 07:00:00 | 日記
高知に来た理由は、斗賀野~多ノ郷の石灰専用線の 昔探しだ。 廃線になってもう20年以上が経つ。 DE10に引き継がれてからも9年ぐらい 運転をしていた。一回ぐらいいっておけば よかったなと、今になって思った。 私がDF50に憧れて四国の地を目指した 理由の一つがこの石灰貨物で、必ずDF50重連 撮影できるからに他ならなかった。 なので、時間ができたら是非訪れてみたかった 昔探しの場所である。 しかし、日が変わっても以前高知界隈は大雨が 降り続いていた。 途中の山道では小規模ながけ崩れも多数発生していて 国道の一部ではすでに川になっている場所も出始めて いた。 こんな天気とわかっていたらいくはずもないが、 台風はあとからやってきた訳で、6月の北海道の悪天候も 恨めしい思いをしたが、もはやその感は吹き飛んでしまった。 あまりにも雨のレベルが違いすぎたためである。 きっと長居はできないだろうと思い、とりあえず 斗賀野側の石灰積み込み場所からスタートした。 ここは土讃線の襟野々駅から近く当時は、襟野々駅で おりて歩いて撮影したと思う、もう記憶も定かでない。 専用線は斗賀野駅から土讃線に沿って積み込み所まで 3キロぐらいあったが、土讃線から分離するあたりからは 町道に変化していた。 車の外に出れないような大雨だったので、殆どが車内から 撮影で撮影は制限されてしまった。 それぐらいの雨だったのです。 積み込み所。当時はここ要塞のような建物がありその中で 石灰を積み込んでいた。18両程度のホキを2分割して積み込みして また18両に再編して出発したいた。現在は取り壊されて、その面影もなくなっている。 鉱山はこの先の山を越えたところだったようだ。今は閉山している。 振り返って斗賀野方面を見る。当時は積み込み所の前には機回しができるように 2本線路があった。 丁度ここで線路が1本になっていて、ポイントのすぐ横に 階段があったようだ。その面影のスロープがある。 滝のようになっている、いかに雨量が多かったかおわかり 頂けるだろうか。降っていなければ、他にも何か形跡が見つけ られたかもしれない。 上の写真の軽自動車があるあたりにあった、信号機の台座と思われる。 上の写真の台座の横を通って下に出ると築堤の後がよくわかる。 今は交差点になっているが、当時はこの築堤と同じ盛土の上に線路があって ここは道路が盛土をくぐっていた場所である。 車道になってから盛土がくずされてしまい通常の道路の高さに なってしまった。 当時の写真があったので、UPします。 丁度機関車の先頭部分下の盛土の下を通る部分が同じ場所です。 左に見える白い大きな建物が積み込み所の要塞部分です。 入れ替え中の図、ホキが半分に分割されているのがわかる。 積み込みがおわりフル編成になって斗賀野へ向かう石灰貨物列車 1983年3月頃 撮影 過去画以外、2014年8月3日 斗賀野専用線 積み込み所跡地


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