the Saber Panther (サーベル・パンサー)

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エレファスかパレオロクソドンか? 巨大レッキゾウの復元画と、パレオロクソドン分類についての考察

2020年01月01日 | おすすめ エントリー





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アフリカ東部、ケニヤのクービ・フォーラ地層で見つかったレッキゾウ(Elephas / Palaeoloxodon recki)の特大個体の復元画。肩高約4.5m、推定体重13トン以上。
2013年に一度発表した復元画を大幅に加筆修正したうえで、当時よりも高画質でアップし直してみました。

このレッキゾウはパレオロクソドン属に含まれる場合があるのですが、同属のタイプ種、ストレートタスクゾウ(Palaeoloxodon antiquus)のゲノム解析、その驚くべき解析結果から生じた分類の可否についての問題を論じてみます。レッキゾウ自体に関しても、いくつか興味深い情報を付しました。

これをもって新春挨拶の代わりといたしたいと思います。来年度はブログを新しくし、コンテンツもそちらに移して、コメントやスマホでの閲覧をもっとしやすく整えたい意向があるので、その際は前もって伝えます。

来年度も宜しくお願いいたします。

 

巨大レッキゾウの復元画と、パレオロクソドン分類についての考察
 

ストレートタスクゾウ(Palaeoloxodon antiquus)のゲノム解析
更新世中‐後期の主に間氷期にユーラシア西方に分布していた魁偉な巨ゾウ、「ストレートタスクゾウ」ことパレオロクソドン・アンティクウス Palaeoloxodon antiquusは、最近の一連の長鼻類ゲノム解析の主役的存在になっています。その背景には、ターゲットシークエンス解析技術の急速な進展に伴い、ストレートタスクゾウや北米コロンビアマンモスなど、温帯域の絶滅長鼻類の遺伝情報の効率的な解析の実現化があり、結果、複数の驚くべき情報が明るみになっています。

一連の解析の初期の発表(2016年)では、ストレートタスクゾウは遺伝的に現生マルミミゾウLoxodonta cyclotis)と極めて近縁で、マルミミゾウとサヴァンナゾウ(Loxodonta africana)間の遺伝的近縁性よりも、さらに近しいことが示されました。私も当時ブログで紹介しましたし、ご存知の方もいるでしょう。
この結果だけを見ると、Palaeoloxodon antiquusとマルミミゾウは単一クレードを形成するため前者はアフリカゾウ属(Loxodonta)に編入されて然るべきであり、パレオロクソドン属分類の有効性には疑問符が付くこととなったのでした。
 
2018年に実施された後続の解析(Palkopoulou et al., 'A comprehensive genomic history of extinct and living elephants', 2018)においてストレートタスクゾウのゲノム情報に基づく進化史はより具体的に示され、それによると同種は現生マルミミゾウだけでなく、ウーリーマンモス(Mammutus primigenius)の直系祖先や、アフリカゾウ属の共通祖先からも遺伝的寄与(genomic contribution)を受け継いでいたことが明らかになりました。
 
この一見不可解にも思える遺伝子混合(genetic admixture)は、段階的に生じたゾウ科種の大規模な異種交配現象、その結果としての遺伝子移入(introgression)によって説明がつくとされています。実際、一連の長鼻類ゲノム解析の大きな成果の一つは、ゾウ科各種の進化と多様化には、異種交配と生殖的隔離の両方が大きく寄与していたことが確かめられた点でしょう。
 
しかし、ストレートタスクゾウが遺伝的にアフリカゾウ属と近縁であり、特にマルミミゾウとは最も近しい関係にあるという事実に変わりはありません。パレオロクソドン属はアジアゾウ属(Elephas)と形態的に類似することが長らく主張されてきたことを考えると、実に意外な結果だといえます。
 
この形態的類似について、私はストレートタスクゾウがアフリカゾウ属だけでなくウーリーマンモスの直系祖先からの遺伝的寄与をも受け継いでいることに、原因があると考えています。
この「祖先筋」は、おそらく現生のアジアゾウ属的な特徴を色濃く有していて、それがパレオロクソドン属において保持される結果になったとは考えられないでしょうか。もしこの仮説が正しければ、アジアゾウの形態的特徴というのはマンモス属 Mammutus(アジアゾウ属と直系の共通祖先から分化した)においては概ね失われているので、原始形態型だと見做すことができそうです。

 
パレオロクソドン or エレファス? レッキゾウ
ここで話題を転じて、今回の復元画の対象である古代アフリカの巨ゾウ、「レッキゾウ(Elephas / Palaeoloxodon recki)」関連のお話を少々したいと思います。勿論、パレオロクソドン属分類の是非を問う今回のトピックとも大きく関係のある事柄です。
 
鮮新世後期から更新世前期にかけて主にアフリカ大陸東部、南部地域に分布した史上有数の巨ゾウ。アジアゾウ属とパレオロクソドン属のどちらに分類すべきかは研究者の解釈によって分かれ、厳密にはその分類はいまだに未定というのが実態です。
 
本種の頭部形状は極めて独特で、過度なまでに隆起した頭頂や後傾気味の立ち姿勢だけを見れば、大型マンモス属種との連関を想わずにはおれません。臼歯が高冠歯でストリクトなグレーザーであったところも、マンモスとよく似ています。
 
全身骨格が各地で出ており、特にケニヤは東タルカナのクービ・フォーラ地層で見つかった個体は、長鼻類の単一個体の完全骨格で、肩高が4.5mに達する唯一の例だと喧伝されます(多くの場合、部分的な骨格からや、複数体分の骨格を一体として組み合わせたものからサイズが推定されている)。
A. Larramendi, 'Shoulder height, body mass and shape of proboscideans' ,2015 によると、当標本の実際の肩高は約4.3mなのですが、大腿骨の近位骨端癒合の度合いから没時の年齢を推定すると、長鼻類の成長期に当たり、生き長らえたと仮定した場合、最終的には肩高4.5m超に達したはずだといいます。要するにこのレッキゾウこそが「長鼻類史上最長身」の種類であったとみても、大過ないと考えられます。
 
しかしこのレッキゾウ、上に紹介したこと以外にもその分類に関して厄介な問題があります。

従来、レッキゾウにはアフリカ大陸だけに分布していた五つの亜種(Elephas / Palaeoloxdon ①recki brumpti, ②recki shungurensis, ③recki atavus, ④recki ileretensis,  ⑤recki recki の計5亜種)の存在したことが主張されてきたのですが、近年、この伝統的な仮説が覆りつつあるようです。端的に言えば、それぞれの間に大きな形態的差異が再確認されており、五つすべてではないにしても、いくつかを固有種とみなす必要性が問われ始めたということ。
 
下の動画は、ブリストル大学のHanwen Zhang博士が英国マンチェスター大学で開かれたシンポジウムで、まさにこの主題を論じたプレゼンテーションの様子です。
少し脱線しますが、私は幸い英語が聞き取れるので、今後こうした英語による貴重なプレゼンなどを紹介する機会を増やせたら、と思います。
 
以下内容を要約してみましょう。くせのある発音で一部聞き取りにくく、誤解している箇所などあるかもしれない。分かる人がいれば遠慮なく訂正をお願いします。

Elephas recki: the wastebasket?  エレファス・レッキはwastebasketか?

Uploaded by ©  Palaeo cast

(要約)「エレファス・レッキには複数の亜種の存在が確認されてきたが、いずれも妥当な形態学的類似を根拠に分類されていたのかというと、必ずしもそうではなさそうだ。

 
プレゼンターによる頭骨形態分析の結果、生息年代が最も新しくタイプ種でもある「Elephas recki recki」(~1.04Ma、エチオピア北部)はパレオロクソドン属と共通の形質要素を具え、より古い
Elephas recki atavus」(2.0~1.88Ma、ケニヤ東タルカナ)の形質はアジアゾウ属と類似している。最古の亜種である「Elephas recki brumpti」(3.5〜2.85Ma、エチオピア南西部)に関しては、
アジアゾウ属とマンモス属の共通の祖先とみなされる場合がある、謎めいたロシア産の「ファナゴロロクソドン」の形態と興味深い類似がみられる。
 
これらが長く同一種とみなされてきた背景には、生息地や生息年代の重複の他、いずれもよく似た高冠歯の歯形態を有していることが原因として考えられよう。ただ、類似した高冠歯の歯形については、
更新世の間支配的であった乾燥草原への適応がもたらした、収れん進化にすぎないとみるべきかもしれない。」
 

以上、Zhang博士のプレゼンの主要箇所だけをごく簡略にまとめただけですし、事態をあまりに単純化し過ぎている危険もあるでしょうが、私の理解が正しければ、Elephas recki recki パレオロクソドン属に分類されるべきで、その場合、同属では既知の最古の種ということになるはずです。他方、アフリカにはElephas recki brumpti からElephas recki atavus に続く、パレオロクソドン属とは無関係のアジアゾウ属の進化系統も並存していたと。
 
こう言われてみると、これら全部をレッキゾウ一種のもとに分類する仕方に抵抗感を覚えてしまうことは確かです。同時に、レッキゾウをアジアゾウ属とパレオロクソドン属のどちらの下に分類するかは、どの「亜種」を分析対象とするかによって解釈が変わってしまう危険性も、見えてきます。
 

もう一つ、レッキゾウ関連の話題を紹介させてください。
アフリカ東部、ケニヤのナトドメリの後期更新世地層(130,000〜10,000年前)から新たに発掘された「エレファス・ジョレンシス Elephas jolensis」の臼歯の形態学的研究(Manthi et al., 'Late Middle Pleistocene Elephants from Natodomeri, Kenya and the Disappearance of Elephas in Africa', 2019)が最近発表されたのですが、内容は、この古代ゾウがアジアゾウ属に分類されるべき妥当性、および、本種はエレファス・レッキから進化したか、あるいはその進化の末期段階であるとする仮説が示されています。
 
E. jolensis は、汎アフリカ規模の分布、レッキゾウのものと極めて類似した頭蓋ー歯形形態を有しており、レッキゾウと同様にストリクトなグレーザーであったことでしょう。 更新世中期後期境界の頃の気候変動の激しさと増加の度合いは、レッキ - ジョレンシスというグレージングに特化した系統の衰退を招き、代わって混合フィーダーのアフリカゾウ属の繁栄が促されたのであろうということです。
 
残念ながら、Manthi et al.(2019)はジョレンシスゾウの祖先としてレッキゾウを挙げてはいるけれども、具体的な亜種の特定はしていません。しかしながら、ジョレンシスゾウが明確にアジアゾウ属の頭蓋‐歯形特徴を持つ以上、recki recki から進化したとは考え難い道理であって、その祖先を仮定するならば recki atavus と考えるのが最も妥当ということになるのではないでしょうか。ちなみに、上述のクービ・フォーラ地層のレッキゾウ標本は、recki atavus に該当するはずなので、ジョレンシスゾウがその直系子孫であったとするならば、同様に巨大種だったのでしょうか(これまた残念ながらジョレンシスゾウのサイズについても記述がなく、分かりません)。
 
 
パレオロクソドン属分類は妥当か
さて、ストレートタスクゾウ(Palaeoloxodon antiquus)が本質的にアフリカゾウ属系統のヴァリアントであることを示し、アフリカのレッキ - ジョレンシスの系統をアジアゾウ属に分類する最新の仮説を紹介してきました。かくのごときならば、伝統的にパレオロクソドン属に分類されてきた他の種はいずれもレッキ及びアンティクウスから派生しているため、アフリカゾウ属かアジアゾウ属のどちらかに適合することが考えられるわけで、パレオロクソドン属の分類妥当性を疑う声は出てきて然るべきだと思います。
 
パレオロクソドン属分類は無効化するのでしょうか。

それとも、ストレートタスクゾウ(そしてその後派生したユーラシアのパレオロクソドン属各種)は、異なる系統からの祖先を持つ、いわゆる混合派生種(admixed species)として出現したという解釈をもって、分類妥当性の根拠として受け止められているのかもしれません。どうなのでしょうか。

ともかく、分類を見直すような動きはまだないように見受けられます。
私個人的には、パレオロクソドン属の、もっと言えばゾウ科全体の進化系統を探るうえで今後の進展のカギを握るのは、日本をはじめアジア産のパレオロクソドン属種の遺伝情報解析の成否だとにらんでいます。
 

復元画とテキスト by ©the Saber Panther (All rights reserved)


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3 Comments

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Unknown (kinntilyann)
2020-01-01 17:31:54
あけましておめでとうございます(^^)/
本年も素晴らしい作品の数々を楽しみにしております(^^)v
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Unknown (管理人)
2020-01-02 08:36:03
おめでとうございます。🎍
kinntilyannさんのご厚意には感謝しております^^

今年も精進してまいります!

kinntilyannさんも、よいお年をお迎えください。
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Unknown (管理人)
2020-04-27 03:33:07
「いいね」押してくださった皆様、ありがとうございます。励みになります。
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