魚屋夢遍路

流されているのか、導かれていのか、突き進んでいるのか、当事者には計り知れない。

土佐の空にコンドルは飛んでいく

2012-11-18 09:12:41 | 旅行

 熟睡中にもかかわらず、鬼嫁の拳骨で目がさめた。何もなぐることはあるまいに、と思ったが、機嫌が悪そうなので、まだ寝込んでいる子供達をそのままに、「謎のインド人運転手パーカー」に変身してペネロープ様のご命令どうりハンドルを握った。
 土佐くろしお鉄道をクロスして、谷間のうねり道をローリングしつつ、第二十七番札所神峯寺の駐車場に到着。腹がすいたのか子供らも起き出して来た。門前、皆で合掌して、いざ参拝。
 鬼嫁がなにやらもごもごと唱えておる。おそらく太龍寺で教えてもらった光明真言だろう。まあ、そうそう簡単に=光明五鈷杵=はお出ましにならぬとは思うが。
本堂で般若心経を読んでいると、小春がけっこう遅れずに、うろ覚えについてきているではないか。耳に残りやすい箇所は、かなり正確に発音している。
門前の小僧現象か? 周りのお遍路さんがほめてくれるし、お菓子などお接待してくれるものだから、なにやら少し目の色が変わってきている。この分だと私より早く暗記するに違いない。
 納経をすまし、仁王門を出て、お礼の合掌をしてふり返れば、晴れ渡った空の下、眼下に太平洋が豪快に展開している。見とれながら石段を降りていると、留吉がつまずいて膝を擦りむいてしまった。
急いでバタンコ88号に帰り、バンドエイドを探すが、こういった時に限って出でこないのが我が家の常である。
大きな後部ドアを全開にして、ガヤガヤと荷物をほじくっていると「よろしかったら、お使い下さい。」の声、ふり返ると30歳前後の爽やかなしょうゆ顔の青年が、サビオを手にしていた。
ご好意に甘えて鬼嫁に手当てをさせて、青年が去った方を見れば、駐車場の端の辺りに、青い小さなテントを張り、横に荷物満載のツーリング自転車があるではないか。
 留吉の手当てを終え、お礼をと思い、子供らのおやつ用に、常備してあるかっぱえびせんの小袋を手に立ち上がると、鬼嫁が横取りしてスタスタと青年の方へ歩き出した。
そう言えば、鬼嫁は若い頃=少年隊=のファンクラブに入っていたらしい。かの青年はどことなく東君に似ている。私などには見せた事もない様な笑顔で、声帯を半オクターブあげて、電話なで声で話し始めた。
「先ほどは、どうもありがとうございました。子供のおやつのような物しかないんですけど、よろしかったらどうぞ。」
「あ、どうもすいません、いただきます。」
「ここに、お泊りになったんですか?」
「ええ、今日で3日目になります。」
「まあ、3日もここに、それはまたどうして。」
「ここから見る太平洋が最高なんです。夜になるともっときれいですよ。それにここは地磁気がゆるんでいるのか、=癒しの気=のようなものが満ちているんです。心の座りが良く、落ち着くんです。」
 少し離れて様子をうかがっていた私には、鬼嫁の顔に警戒の眉よせが見て取れた。しかし、やばい系への恐れより、ジャニーズ系の容貌が勝ったらしく、再び聞きたがりおばさんの顔になっていた。
「へぇー、私にはよく分からないのですが、そんな天国のような場所はたくさんあるんでしょか」
「いえ、めったにありませんし、その度合いもまちまちです。たとえば、特に気の良いところは、日本なら伊勢神宮。海外では、インドのサルナートとか、ペルーのマチュピチュ、ニュージーランドのレイクテカポ、ドイツのケルン大聖堂などでした。」
「はぁ、そんなに世界中に・・・ お仕事か何かで・・・」
「とんでもない、僕はいわゆるプーですから。お金がなくなればバイトをして、貯まれば、自転車に乗ったり、バックパックをかついだりして好きな旅をしています。」
「何かやりたいこととか、目的のようなものがおありで・・・」
「いや、そんなものはありません。拘束されているとか、ありきたりの常識のようなのが苦手でして、どうしてもこういぅ生活になるのです。別に現実から逃げている訳じゃないんですけど、これが僕には自然なことみたいです。」
「自然な生き方ですか。すてきですね、うちの亭主なんか少しその辺りを自転車旅行したぐらいで、もう冒険家きどりなんですよ。ちょっと話してやってくださいよ。ねぇ、お父さん、お父さん・・」
 そんな大きな声を出さなくても、十分聞こえているし、私は冒険家を気取った事などないわい。そんな奴の話しなど聞きたくもないが、テントの中に、細長い黒光りする縦笛が見えたのが気になり、何の笛か尋ねてみた。
「この笛ですか、これはケーナといって、ペルーの民族楽器です。アンデス山中にあるインカ遺跡のあるクスコという、日本で言えば奈良のような古い宗教都市で、買った物です。」
「ああ、俳優の田中健が吹いている縦笛ですね、音楽が好きなんですか」
「音楽には余り興味がなかったのですが、クスコの町の中央広場で、夜食事をして酒を飲んで、宿に帰る途中でした。
ここは高度がかなりあるので、少しフラフラと千鳥足に歩いていると、道ばたでホームレスが水道に使うようなビニール管を笛にしたもので、自由自在に音色を遊ばせていました。
しばらく、座り込んで聞いていると皿のようなものを出して、金を入れろみたいな仕草をしました。
見たところ、目が不自由な感じの人で、お布施のつもりで多めに入れると、彼は手で確認して少し戸惑った様子でしたが、しばらくするとおもむろに吹き始め、スローな調子から始まって様々なパターンのメロディを吹いてきます。
中には聞いた事のあるようなフレーズもありました。日本の篠笛や尺八を想像させる音色もあり、どこか懐かしくもありましたが、全体的にはアンデスの風に吹かれているようで、時間が経つにつれ胸の底が熱くなり、自然に涙があふれてきました。
音楽を聴いてこんなに感動したのは初めてでした。気が付けば演奏は終わっており、おじさんは軽く手を上げ去って行きました。
翌日、みやげ物屋でたずねてみると、正式には竹に似た材料で作るケーナとゆうアンデスの楽器でした。これはそこで買ってきたものです。」
「うぁ、いい話ですねぇ、せっかくですから、よろしかったら一曲お願いできませんか。」
「いいですよ、有名なところで、=コンドルは飛んでゆく=でいいですか?」
「あのサイモンとガーファンクルの・・・」
青年は山を瀬にして、太平洋に向かい、笛をかすかに唇にあてゆっくり吹き出した。

♪♪ シミレミファ ソファソラシ~ ♪♪

 一音一音をすごくのばして、ていねいにゆっくり、ゆったり吹いていく。
ここは四国の山間、寺の駐車場、空にはトンビが輪をかいていたが、この青年の話を聞いていたうちの者と数名のお遍路は、しばし、アンデス山中で、インカの風と遊ぶコンドルを見ていた。
 笛の音につられたか、山頭火が白昼うっすらとゆれている。

 たたずめば風わたる空のとほくとほく

 やっぱ、このおっさん、只者ではない。



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