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【なんじゃこりゃ?⑨】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第9回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:20:01 | 歴史

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(担当S)


※本記事は2016/12/18に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。
※追記:2017/07/02に再度、文章の推敲を行い、本文の一部に修正を加えています。

 
 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第9回)
 
●19世紀のコンピューター
[写真]バベッジの「階差機関」の復元モデル
 今回紹介する発明品は発想そのものは非常に良かったものの、あまりに時代を先取りしすぎていて周囲の人達からは「なんじゃこりゃ?」「理解できん!」と言われてしまい、正当に評価される事もないままドン引きされて終わってしまった可哀想な発明品です。
 そのドン引きされて終わってしまった可哀想な発明品のお話しをする前に、今から180年以上も前の1822年まで時代を遡って、当時世界最大の大国だったイギリスの事について説明する必要があります。
 この時代はあらゆる分野でイギリスと言う国が他を圧倒していて、それは軍事、領土だけにとどまらず科学分野に関してもそうでした。
 そのイギリスでチャールズ・バベッジと言う名の30歳の若き数学者が、王立天文協会に時代を先取りした機械の論文を提出します。
 バベッジは論文の中でその機械の事をdifference engineと呼んでおり、これを日本語に訳すと「階差機関」となります。
 この「階差機関」はどんな複雑な計算もこなすことが出来る万能計算機で、現代風に言えばコンピューターみたいな装置でした。
 動作原理を簡単に説明すると、こんな感じになります。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は某ウィキペディアさんからお借りしたものですが、写真が小さいので少し分かり辛いのですけど、一番左側の列には上から順番に
 
 2 , 1 , 4 , 11 , 22
 
 と、あたかも酔っ払いが適当に書いたような数字が並んでいます。
 この一見すると、適当に並んでいるように見える数字同士の差を計算したのが、上の写真の真ん中の列なのですが、実際に計算すると
 
 1  - 2 = -1
 4  - 1 =  3
 11- 4 =  7
 22-11=  11
 
 と、なり、この計算の答えを横に並べると
 
 -1 , 3 , 4 , 7 , 11
 
 となって、やっぱり適当に並んでいるように見えます。
 更にこの計算の答えの数字同士の差を計算したのが、上の写真の一番右側の列なのですが、実際に計算すると
 
 3-(-1) =  4
 7  - 3 =  4
 11 - 7=  4
 
 と、なり、今度なんと答えが全て4 になります。
 これは、たまたま答えが同じ数字になったわけではなくて、どんな複雑な数字の並びでも、
  その数字同士の差を計算して、
  更にその計算した答え同士の差を計算して、
  更に更にその計算した答え同士の差を計算して、
  更に更に更にその計算した答え同士の差を計算して…
 と言う事を何回も何回も繰り返して行くと、必ずある時点で答えが"4 , 4 , 4 , 4"とか、あるいは" 1 , 1 , 1 , 1"とか、あるいは"2.5 , 2.5 , 2.5 , 2.5"とかになり、答えの数字が全て一緒になります。
 この原理を使うと、どんな複雑な数式でも計算できるようになるのですが、バベッジが考えついた「差分機関」とは正にこの原理を応用して、理論上はどんな複雑な数式でも計算する事ができる機械なのです。
 バベッジが「差分機関」を思いついた背景には、当時の欧州で使われていた対数(たいすう)表が、余りにも誤記や計算ミスが多いと言う問題がありました。
 ここで対数(たいすう)と言う、数学者かエンジニア以外は絶対に使わない言葉が出てきましたが、昔の欧州の人達はこの耳慣れない言葉である対数(たいすう)を上手に使い、あたかもソロバンの様な感覚で計算に用いていたのです。
 上手に対数(たいすう)を使うと、ケタ数の多い掛け算や割り算でも、まるで足し算や引き算の要領で計算できるので、欧州の人達にとっては正にソロバンと一緒でした。
 ただし対数(たいすう)をソロバン感覚で使うのには正確な対数(たいすう)表が必要となるのですが、前述した通り当時の対数(たいすう)表は間違いが多く問題になっていました。
 19世紀頃天測航法で外洋を航行していた船は、自分の現在位置を推定する複雑な計算式を対数(たいすう)表を使って計算していたのですが、その対数(たいすう)表に誤記や計算ミスがあると間違った現在位置が算出されてしまい、侵入してはいけない危険な海域(※座礁や波浪で転覆する可能性のある海域の事)に迷い込む事も起こり得るので、文字通り命に関わる大問題でした。
 実際に間違いだらけの対数(たいすう)表を使った為に遭難したと思われる海難事故が多発しており、当時、世界で最も海運が盛んだったイギリスとしては、早急になんとかしなければならない課題の一つでした。
 対数(たいすう)表が間違いだらけだったのは、人間が手計算して表を作っていた為ですが、バベッジは正確無比な機械が対数(たいすう)表を作るようになれば間違いを撲滅できて、その上、作表の時間も大幅に短縮できると考えました。
 彼のアイデアはイギリス政府から認められ、1823年に1,700ポンド(※現在の日本円で約1億円)の資金援助を受けますが、すぐに彼は当時の工学技術の限界を思い知らされる事になります。
 バベッジは「階差機関」を複数の歯車やカムから構成される機械として製作しましたが、これら歯車やカムなどの部品の製作を、現代風に言えば下請け工場みたいな所に彼は任せていました。
 しかし当時、世界最先端だったイギリスの工学技術を持ってしても、バベッジが満足するような精度の部品はなかなか作れませんでした。
 部品を作らせては捨て、また部品を作らせては捨て…を繰り返して、たまたま要求通りの精度が出ている部品が現れたら、その部品を使ってバベッジは「階差機関」の組み立てを行いましたが、このやり方だと莫大なコストがかかってしまいます。
 何故なら「階差機関」用として下請け工場みたいな所に作って貰っていた部品は、一個一個がオーダーメイドで製作に手間がかかっていたので、製作費がかなり高額になったからです。
 その上、バベッジの要求はかなり厳しかったので、彼を満足させるような部品を一個作るだけでも相当な時間がかかってしまい、これは「階差機関」の製作期間の長期化にも繋がりました。
 こうした困難を乗り越えて、イギリス政府からの資金援助を受けてから10年後の1833年にようやく完成したのが、上の写真に写っている「階差機関」1号機です。
 こんなに手間暇が掛かる方法を取っていましたから、最初にイギリス政府から資金援助を受けた1,700ポンド(※現在の日本円で約1億円)だけでは足りなくなってしまい、バベッジ自身もイギリス政府からの資金援助とほぼ同額の金額を、自費で捻出しています。
 自費でこれだけの金額を捻出できたのは、彼が裕福な家の出身だからですが、「階差機関」にかける執念みたいなものが伝わってきます。
 苦労の末に完成した「階差機関」1号機は、かなり複雑な数学的計算であっても見事に答えを導き出し、バベッジが唱えた理論が正しかった事を証明します。
 と、凡人ならこれで満足してしまう所ですが、バベッジは「階差機関」1号機の計算能力に満足する事はなく、この1号機にはある重大な機能が欠けていると考えていました。
 それは「階差機関」で計算した結果を自動的に紙に書き写す機能、平たく言うと…

 プリンター

 …が「階差機関」1号機には欠けていると思っていたのでした。
 プリンターと言っても、現代のプリンターのように年賀状をカラフルに印刷できるようなものではなくて、ただ単に数字を紙に書き写す程度の装置をバベッジは考えていたのですが、パソコンどころか電球すら発明されていない時代にプリンターの必要性を思いついたのは、かなり特異な事だと言えます。
 彼が「階差機関」にプリンターが必要だと思ったのは、「階差機関」によって対数(たいすう)を正確に計算する事が出来るようになっても、計算結果を人間が紙に書き写していたのでは、必ずどこかで誤記が発生してしまい、彼が狙っていた間違いの無い正確無比な対数(たいすう)表の作成には障害になると考えていたからです。
 なんとなく考え過ぎでは無いかと思ってしまいますが、先述したように間違いだらけの対数(たいすう)表を使ったことによる海難事故なんかも実際に起きていましたから、バベッジとしては100%完璧な対数(たいすう)表を作りたかったのでしょう。
 イギリス政府の支援の元、さっそく彼はプリンターの付いた「階差機関」2号機(※冒頭の写真が、その「階差機関」2号機の復元モデル)の製作に取り掛かります。
 「階差機関」2号機の製作と並行してバベッジは、ある装置の設計に取り掛かります。
 その装置は「解析機関」と言う名前で、プログラムを入力すると、そのプログラム通りに計算したり、あるいはプリンターに計算結果を印刷したりできる、当時としては非常に優れた機能をもつ装置でした。
 つまり原始的なコンピューターをバベッジは思いついたのですが、原理的には現在、私達が使っているパソコンやスマートフォンの中に組み込まれている電子的なコンピューターと殆ど変わりがありませんでした。
 上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)は、晩年のバベッジが作成したとされる「解析機関」の一部ですが、結局彼は「解析機関」の完成を見る事なく亡くなっています。
 晩年の彼には協力が殆どいませんでした。
 それはバベッジの先進的な着想を正しく評価できる理解者がいなかったからです。最初に彼が作った「階差機関」1号機ですら辛うじて当時の人たちに理解してもらえた程度だったの、更にその先を行く「解析機関」は殆ど理解してもらえませんでした。
 結局「階差機関」2号機についてもイギリス政府からその実現を危ぶまれ、1842年に支援の打ち切りが決定されます。バベッジは「解析機関」だけでなく「階差機関」2号機も完成させることが出来ませんでした。
 現在、「階差機関」2号機はイギリスとアメリカの博物館にそれぞれ一台ずつ展示されていますが、それは20世紀の終わりから21世紀の初めにかけて、バベッジの残した設計図を基に忠実に再現された復元モデルであり、バベッジが途中まで製作したと思われるオリジナルの「階差機関」2号機は残っていません。
 イギリス政府からの支援を打ち切られ窮地に立たされたバベッジでしたが、そんなことでめげるような男ではありませんでした。
 先に紹介した、現代的なコンピューターの先駆けであると言える「解析機関」については、遂に完成は果たせなかったものの、その「解析機関」の研究開発の過程で、彼は世界初のコンピューター・プログラムとも言えるものの開発に成功しています。
 そのコンピューター・プログラムは、上の写真(※PCで閲覧している場合は右の写真)の「パンチカード」と呼ばれる、穴の開いた紙の上に書かれていました(※写真はバベッジが作成した「パンチカード」の実物)。
 書かれていました、と言っても文字でプログラムが書かれていた訳ではありません。
 「パンチカード」はコンピューターにやらせたい事を紙に開けられた穴で記録する一種のメモリーカードの様なもので、例えばコンピューターに足し算にさせたい場合には「カードの右の列の上から3段目に穴を開ける」とか、引き算をさせたい場合には「カードの左の列の上から5段目に穴を開ける」とかと言う風に、動作ごとにカードの何処に穴を開けるのかが予め決まっていて、その穴の開いたカードをコンピューターに通すと、穴を開けた位置どうりにコンピューターが動作を開始します。
 キーボードによるプログラミングが主流ではなかった1960年代頃までのコンピューターでは、「パンチカード」によるプログラミングは盛んに用いられていた手法の一つでした。
 バベッジは1960年代頃のコンピューターで行われていたプログラミングの手法を、それよりも100年も早く行っていた頃になります。
 遂に実現はできなかったものの「解析機関」が完成した暁には、この「パンチカード」によって書かれたプログラムを、彼は「解析機関」で実行させるつもりでいました。
 イギリス政府からはそっぽを向かれてしまったバベッジですが、それでも彼が「解析機関」の研究を継続して行えたのは、彼自身が裕福な家の出身だったのも理由の一つではありましたが、更にラブレース伯爵夫人のエイダ・キングから資金提供を受けていたからです。
 エイダ・キングはこの時代の人間としては珍しくバベッジの発明の重要性を見抜いていて、彼に惜しみない資金援助を行いました。
 エイダは非常に聡明な女性で、数学を生涯のライフワークにしていました。その為、バベッジが開発したとされる世界初のコンピューター・プログラムも、実はエイダが作ったのではないかと言われています。
 この二人がどう言う関係であったのかイマイチ分からない部分があるのですが、エイダは数学にとても情熱を注いだ女性だったので、両者とも俗っぽい恋愛感情みたいな物は無かったようです。
 バベッジにとって最大の理解者だったエイダですが、そのエイダを悲劇が襲います。1852年に36歳と言う若さで、突然エイダはこの世を去ってしまいます。
 死因については、子宮ガン治療の為に行った瀉血(しゃけつ)が命を奪ったのではないかと言われています。
 こうして最大の理解者と資金提供者を同時に失ったバベッジですが、そのせいで「解析機関」の研究開発は物心共にジリ貧になります。
 彼が考えていた「解析機関」は、完成すれば長さ30メートル、幅が10メートルと言う巨大なもので、蒸気機関を動力にする予定でした。バベッジにとって最大の理解者であったエイダが亡くなると、彼のアイデアは余りに突飛すぎるとして遂に理解者は現れませんでした。
 彼のアイデアが正当に評価されるようになったのは、バベッジが「解析機関」の設計を始めた100年以上も後の20世紀後半になってからです。
 産声を上げてから100年以上も後になって、やっと正当な評価を受けるようになったバベッジの「解析機関」ですが、「解析機関」を再評価する学者や技術者らの手によって、バベッジの設計に間違いがないかについてチェックされました。
 しかし設計上の大きな問題点は見当たらず、改めてバベッジの着想の先進性が評価される事となりました。
 現在、そうしたバベッジの「解析機関」を再評価した人物の一人である、イギリスのプログラマー、ジョン・グラハム・カミングが、バベッジが残した設計図を元に「解析機関」の再現を試みています。
 生前のバベッジは王立天文学会からゴールドメダルを授与されたり、同学会の長老職を務めるなど、学者としては決して不遇な人生を送った訳ではありませんが、世界初のコンピューターの発明者としてみた場合はかなり不遇だったと言わざるを得ません。
 どうしてバベッジが、プリンター付きの本格的な「階差機関」や現代的なコンピューターの先駆けとも言える「解析機関」の開発に失敗してしまったのかについては、色んな原因と理由が考えられますけど、失敗した大きな要因の一つに、彼は自分が生きた時代の工学技術の限界について殆ど考慮していなかったと言うのが挙げられると思います。
 一番初めの「階差機関」1号機を作った時でさえ、バベッジは自分が要求する精度の部品が出来るまで、ひたすら部品を作らせては捨て、またひたすら部品を作らせては捨て…を繰り返していましたが、こんな無駄な事をせずに当時の工学技術の限界に合わせて「階差機関」の設計を柔軟に変更していれば、結果は違っていたかもしれません。
 ただでさえバベッジのアイデアは余りに進歩的すぎて当時の人達からは「なんじゃこりゃ?」「理解できん!」と言われ続けていたのに、当時の工学技術の限界を考慮に入れない設計方法ではトホホな結果に終わってしまったのも仕方がなかったような気がします。
 でも、もし、この時のイギリス政府が国家予算を投じてバベッジのコンピューターを完成させていたら、20世紀もイギリスの世紀になったかも…
 と、ちょっと歴史のIFを考えてしまいたくなるような、今回の大失敗発明品でした。
 
 
 
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【なんじゃこりゃ?⑧】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第8回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:20:00 | 歴史

2816

  iPhone用ゲームアプリ(iOS6.0以上)

(担当S)

※本記事は2016/12/17に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。

 
 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第8回)
 
●原子力灯台
 「原子力と言う名前が付くものに何がありますか?」と尋ねられた、恐らく8割の人は原子力発電と答えるのではないでしょうか。
 残りの2割の人が原子力空母や原子力潜水艦、更にごく一部の人が原子力砕氷艦と回答するかもしれませが、原子力と"灯台"を結びつけて回答する人は、殆どいないと思います。
 しかし世界は広いもので、原子力で動く"灯台"と言うのが本当に実在していたことがあります。
 大半の人は原子力で動く"灯台"が実在していたと聞かされても、某ポルナレフAAみたいに「あ…ありのまま 今 起こった事を話すぜ~(省略)~もっと恐ろしいものの片鱗を味わったぜ…」状態になってしまうのではないでしょうか?
 そもそも原子力と"灯台"と言う二つの言葉が、常人の頭の中で結びつくことは普通はありえません。
 この誰の目から見ても奇妙で常軌を逸脱した原子力で動く"灯台"ですが、名前を「アニワ・ロック灯台」といい、元々はありふれた灯台だったものを旧ソ連の手によって原子力灯台へと魔改造されたものなのです。
 旧ソ連と言う国は、かなり原子力と言うものが好きな国だったみたいで、このシリーズの第1回目でも旧ソ連の宇宙原子炉を取り上げましたけど、どうも旧ソ連の技術者は「困難な技術的な問題に直面しても、最後は原子力を使えば何とかなるねん」と、最後の切り札的に原子力の事を捉えていた節があります。
 そういえば世界的に見ても非常に珍しい、原子力を動力とする砕氷船「アルクティカ」を作った国も旧ソ連でしたよね…
 この、世にも珍しい原子力灯台である「アニワ・ロック灯台」の所在地についてですが、ネットでは北極圏に存在していると紹介されている事が殆どですけど、それは間違いです。
 実はこの「アニワ・ロック灯台」は、南樺太の南側に位置するアニワ岬に建てられた灯台なのです。
 なんと日本の近所じゃないですか。
 しかも「アニワ・ロック灯台」は戦前に建てられているので、作ったのは当然、日本人です。
 作られた当時は「留多加灯台」と言う、思いっきり日本的な名前がついていました。
 「政治色ゼロ」を掲げている当ブログですから、領土的な問題に深く首を突っ込みませんが、それでも南樺太が辿った歴史的経緯を平たく言うと、戦後のドサクサに紛れて旧ソ連のスターリンおじさんに盗まれてしまった土地だとは言えると思います。
 旧ソ連が南樺太を実効支配した後の、この地域の扱い方と言うのがかなり投げやりで、入植させたロシア人達に対して「政府は面倒を見るつもりはないんで、後はお前達が勝手に考えてやってや(ハート)」と遠回しに言いのけるような有様でした。
 そう言われた方の樺太に住むロシア人達は当然、面白いと思うはずがなく、ソ連末期にはこんなジョークが流行りました。
「サハリン(樺太)が幸せになる為には如何にすればいいのか?唯一考えられる方法については次の通りである。
 (1)ソ連からの独立を宣言する。
 (2)独立したらすぐに日本に宣戦布告して、すぐに降伏する。
 (3)そうすればサハリン(樺太)は日本領になって、みんなハッピーさ!」
 このジョークは「日本は経済的に豊かで人道的な国だから、日本領になったらきっと俺たちの面倒を見てくれるさ!」と言う前提があって初めて成立するジョークですが、樺太に住む当時のロシア人達のソ連中央政府へ対する、根深い不信感を窺わせるエピソードにもなっています。
 そう言えば自国の政府が作る工業製品の品質があまりにも低いので、工業製品のマニュアルの最初には必ず「(1)祖国の技術力を信じよ (2)性能に疑問を感じた時は必ず(1)を読め」と言う文章が書かれているとジョークを飛ばしていたもの旧ソ連の人たちでしたよね…ソ連の中央政府って外国からだけじゃなく誰からも信頼されていなかったんですね…
 そんな有様でしたからソ連時代の樺太はインフラ整備などが余り進まず、ソ連国内でもかなり遅れた地域でした。
 一向にインフラ整備は進まなくても、そんな事はお構いなしに樺太近海は多数の船舶が行き来してましたから、灯台などの整備はちゃんと行わないと危険な状態でした。
 そこで旧ソ連のエライ人が目を付けたのが、戦前に日本人が残してくれた灯台の数々です。
 あんまりおカネをかけたくないので、これらの灯台を適当に手直しして再利用する事にしました。
 しかし旧「留多加灯台」こと「アニワ・ロック灯台」は、すぐ真横が断崖絶壁な為に人が容易に近づく事が出来ず、その上、灯台の建物自体も険しい岩礁の上に建っており、しかも電気も何もない土地に灯台が存在していたことから、維持管理には多大の労力とコストがかかるのは誰の目から見ても明らかでした。
 現在ほど技術が発達していなかった昔の灯台には、必ず「灯台守」と呼ばれる灯台内で寝泊まりして常駐している人がいたのですが、余計な人件費をケチりたかった旧ソ連のエライ人は、当時としては先進的だった自動化の技術を灯台に導入する事にします。
 これで「灯台守」を常住させる必要がなくなったので、余計な人件費をケチる事については一応、目処がつきましたが、最大の問題は電気をどうするかでした。
 「アニワ・ロック灯台」は電気が通って無い土地に建っていたので、電力は重油を燃料とした自家発電装置で賄っていました。
 そのため必ず誰かが定期的に灯台の自家発電装置へ燃料を補給する必要がありましたが、これだとせっかく灯台を自動化したのに、その意味が半減します。
 かと言って、外から電力を引っ張ってこようにも、元々インフラ整備を真面目にやるつもりなんてありませんでしたから送電網などが近くに存在するはずがなく、電力に関しては自給自足するしかありませんでした。
 そこで旧ソ連のエライ人は、ある素敵(?)なアイデアを思いつきます。
 「原子力電池で電力を確保したらええんとちゃう?」
 原子力電池とは、プルトニウムなどの放射性物質が発する崩壊熱を利用して超長時間、電気を生み出す事が出来る電池の事です。
 一般的な原子力発電とは異なり放射性物質が臨界に達することは無いので、爆発などの危険はありませんが、その代り生み出される電力は一般的な原子力発電と比べるとかなり落ちます。
 それでも灯台一つ分の電力を賄う程度なら、原子力電池でも十分に事足ります。
 このアイデアは速やかに実行され、「アニワ・ロック灯台」は世にも珍しい原子力灯台へと生まれ変わります。
 灯台に導入された自動装置も上手く機能し、たまに行われる定期メンテナンスの時を除けば、無人の灯台として海の安全を守り続けました。
 しかしこれはソ連が崩壊するまでの話です。
 ソ連が崩壊してロシアになると財政上の理由から、たまに行われる定期メンテナンスすら行われなくなり、「アニワ・ロック灯台」は廃墟への道を真っ直ぐに突き進む事になります。
 日本人とロシア人では原子力に対する感性が全く違うのか、「アニワ・ロック灯台」が廃墟になった現在でも設置された原子力電池は回収される事なく、そのまま放置されています。
 適切な管理の元で運用されれば原子力電池は危険が少ない動力源ですが、管理が杜撰だと原子力電池内の容器が腐食し放射性物質が外に漏れ出す恐れがあります。そして、どうやら「アニワ・ロック灯台」では放射性物質が漏れ出してしまっているようなのです。
 その為、現在の「アニワ・ロック灯台」はロシア政府から勝手に建物内に入らないように注意が喚起されています。
 しかし世界中の廃墟マニアにとっては、世界でも希少な原子力灯台と言う話題性と、日本から近いと言う地の利から、格好の巡礼スポットになっています。
 世の中には色んなもの好きがいますけど、廃墟マニアほど変わった人達はいないと思います。
 放射能汚染の危険がある所に、自ら進んで訪れるんですから。
 でも、その行動力の高さだけは、少し羨ましいと思いますけど…
 
 
 
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 [gooブログ]【なんじゃこりゃ?】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第8回(10回シリーズ)
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【なんじゃこりゃ?⑦】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第7回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:19:59 | 歴史

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※本記事は2016/12/11に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。

 
 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第7回)
 
●20世紀のアメリカで発明された、アメリカでしか食べられていない食べ物 3選(※お食事中の方は閲覧注意)
 
(1)青い色のケーキ
 日本が作る製品は日本でしか通用しない「ガラパゴス」だと騒がれてから結構、時間が経ちますが、「ガラパゴス」と言う意味ではアメリカも負けてはいません。
 アメリカ的「ガラパゴス」の中でも、飛び抜けてぶっ飛んでいると思われるのが「青い色のケーキ」です。
 世界三大料理と言われるフランス料理、トルコ料理、中華料理でも青い色の料理というのはお目にかかりませんし、そもそも青い色と言うのは食欲減退色なので、何処の国でも料理に青い色を使うのは避ける傾向にあります。但しアメリカ一国を除いては…
 どうした訳かアメリカ人だけは、食欲減退色の青い色を平気で料理に使います。
 普通の感性の持ち主なら、ひと目見ただけで「…」となってしまうような「青い色のケーキ」ですが、その見た目の奇抜さからアメリカ以外に広まるはずが無く、現在でも「青い色のケーキ」が食べられる国は世界広しと言えどもアメリカだけに留まっています。
 
 
(2)元祖テレビディナー
 テレビディナーとは1954年にアメリカに登場した、何種類かの付け合わせを一つのパッケージにまとめた冷凍食品のことです。
 美食大国のフランスなんかにもピカールと言う名前のブランドの似たような冷凍食品がありますが、見た目は似ていても中身の方はアメリカの"元祖"テレビディナーとは全くの別物。
 誰が食べても美味しいと感じるのは言うもでも無くフランスのピカールの方で、"元祖"テレビディナーの方はアメリカ人以外の人は見ただけで胸焼けがしそうになります。
 胸焼けがしそうになるのは、付け合わせの内容に問題があるから。
 「チキン」「コーン」「ポテト」の三種類が基本的な付け合わせの内容で、製品によっては「グリーンピース」や「冷凍にんじん」、「ハンバーグ」が一緒に付いてくることもあります。
 基本的に"炭水化物"と"たんぱく質"のみメニュー構成で、「コーン」や「グリーンピース」や「冷凍にんじん」以外の野菜が付いてくることは一切ありません。
 冷凍食品は世界中に普及しましたけど、"元祖"テレビディナーがアメリカ以外の国で普及することは、今後も無さそうです。
 
 
(3)巨大すぎるハンバーガー
 アメリカ生まれの食文化であるハンバーガーは、マクドナルドなどのハンバーガーチェーン店が世界展開している事から、ファーストフードの代表格として世界中で認知されています。
 ただし、認知されているのは、ハンバーグを一枚か二枚をバンズでサンドしている所謂"普通サイズ"のハンバーガーだけです。
 アメリカには上の写真(※PCで閲覧している場合には左側に表示)のような巨大ハーンバーガーをメニューとして出しているお店が結構ありますが、世界的には殆ど認知されていません。
 最近、日本でもこの手のハンバーガーを出す店がありますが、単なる宣伝を目的としてメニューとして加えているケースが多く、どこまで本気で売る気があるのかは不明な部分があります。
 そもそも、こんな巨大なハンバーガーをどうやって食べたらいいのか、普通の日本人ならまず戸惑うと思います。
 それに見た目が…
 ネタとしては面白いので、アメリカ以外の国でも散発的にお店のメニューとして加えられる事はあるかもしれませんが、巨大なハンバーガーが世界でメジャーになるのは、今後もあり得ないでしょう。
 
 
 
 
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 興味のある方は下記のリンクからどうぞ。



 [gooブログ] 【なんじゃこりゃ?】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第7回(10回シリーズ)
   CODE 0508

【なんじゃこりゃ?⑥】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第6回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:19:58 | 歴史

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※本記事は2016/12/08に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。 


 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第6回)
 
 
●プロペラで推進する鉄道(写真は旧ソ連で開発されたアエロワゴンと開発者のアバコフスキー)

 鉄道は誕生して暫くは、それまで人類が作り出した移動手段の中では最も速度が速い移動手段でしたが、20世紀に入ると、まず自動車に最速の座を奪われ、次に飛行機にも速度の面で大きく水を開けられるようになります。
 ライト兄弟が1903年に初飛行に成功させたライトフライヤー1号の速度は、せいぜい50km/hも出たらいい所でしたが、10年も経たない内に飛行機の最高時速は200km/hを超えるようになり、その後もどんどん速度記録を更新していきます。
 しかし、当時の飛行機は、速度は速くても鉄道のような旅客輸送が行えるような実用性はなく、鉄道の優位性がすぐさま飛行機によって脅かされるような事態にはなりませんでした。
 それが1919年にドイツでユーカンスF.13と言う名前の旅客機が開発された事により、にわかに状況に変化が訪れます。
 ユーカンスF.13は密閉された客室を持つ旅客機の先駆者的存在であり、乗客は4人にしか乗せられなかったものの、最高速度はこの時代のいかなる特急列車よりも速い173km/hを発揮しました。
 当時としては非常に優れた性能を持っていたことから、ユーカンスF.13は300機以上も生産されたベストセラー機になり、産声を挙げたばかりだった飛行機による旅客輸送の発展に大きく寄与しました。
 その後も旅客機は進化を続け、更に多くの乗客を更に速い速度で運ぶようになります。
 旅客機の成功を草葉の陰で見ながら、それを面白く思っていない人達がいました。そう、それは鉄道関係者の面々です。
 鉄道は長らく、蒸気機関の発達と共に速度とサービスの向上を図ってきましたが、20世紀に入ると蒸気機関の性能向上も頭打ちになり、速度の向上も限界に近づきつつありました。
 このまま速度の向上が図れないと、近い将来に旅客機に客を奪われてしまうと考えた鉄道関係者は、蒸気機関よりもパワフルな動力源はないかと、他の動力源を模索するようになります。
 候補として挙げられたのは内燃機関(※ガソリンエンジンやディーゼルエンジンの事)と電気モーターでしたが、そのどちらも20世紀初頭には技術的信頼性に欠け、特に後者は送電の為のインフラが必要になるので、長距離を結ぶ旅客列車に使うには超えなければならないハードルが幾つもありました。
 そこで手っ取り早く「ライバルである飛行機の技術を、そのまま鉄道に持ってくればええんとちゃう?」と言う発想の元、鉄道の速度を向上させる為に開発されたのが、今回紹介するプロペラで推進する鉄道達です。
 現代人の感覚からすれば「搭載したエンジンでプロペラなんかを回さずに、そのまま車輪を回せばええんとちゃうの?」と、つい考えてしまいますが、この当時はエンジンで生み出された大パワーを車輪に伝える技術がまだまだ未熟で、それを鉄道のような重量が何十トンもあるような乗り物で実用レベルに使えるようにするには、技術的な課題が沢山のこされていました。
 その点、プロペラによる推進なら、エンジンからトランスミッションを介して直接プロペラに動力を伝達することが出来るので、技術的なハードルはかなり低めでした。
 このプロペラで推進する鉄道に、世界でも早い段階で開発に乗り出したのが旧ソ連で、1920年代には当時の鉄道としてはそこそこ速い140km/hの最高速度を発揮するアエロワゴンを開発します。
 冒頭の写真が、そのアエロワゴンなのですが、見た目からして「…」となるような、なんかやっつけ仕事で鉄道車両に適当にプロペラを付けたようにしか見えない姿形をしていますが、実際の運用実績についても「…」と言わざる得ない、散々たるものでした。
 アエロワゴンを開発したのは、ヴァレリアン・アバコフスキーと言う名前のラトビア(※当時はソ連邦を構成していた1カ国)生まれの若者なのですが、彼は高速列車の試作車両として1910年代後半から1920年代始めにかけて、このプロペラが付いた車両を製作します。
 1921年に行われたアエロワゴンの試験走行では、22名の乗客と共にモスクワからおよそ170km離れたトゥーラと言う街までの走破に成功しますが、その帰り道に悲劇が起こります。
 スピードを出しすぎたアエロワゴンが脱線し、この事故により7名の乗客が帰らぬ人となりました。
 その命を落とした7名の中には、アエロワゴンを開発したヴァレリアン・アバコフスキー本人も含まれていました。彼は僅か25年という短い人生を、自身が発明した乗り物による事故により閉じたのです。
 この非業の事故により、プロペラ推進の鉄道車両の開発者を失ってしまった旧ソ連は、以後、同様の車両の開発については下火になりますが、今度はドイツが似たような鉄道車両の開発に乗り出します。
 ドイツがプロペラで前に進む鉄道車両の開発を始めた最大の動機は、ズバリ「打倒!旅客機!!」です。しかし航空機(※ツェッペリン飛行船等)による国際線の旅客輸送のパイオニアだったドイツで、このような目的の鉄道車両が開発されるのは何か皮肉めいたものを感じてしまいます。
 上の写真が(※PCで閲覧している場合は右)が、ドイツで開発されたシーネンツェッペリンと呼ばれる鉄道車両ですが、前からみると昔の新幹線にそっくりです。
 作られた動機といい、この鉄道車両は、なんか新幹線によく似ていますね…
 速度も相当速かったようで、第二次世界大戦が始まる8年も前の1931年に最高速度230.2km/hを叩き出し、この記録はその後23年間も破られる事はありませんでした。
 と、速度にだけスポットを当てたら、とても優れた鉄道車両に見えるシーネンツェッペリンですが、実用性には大きな問題点がありました。
 写真で見ても分かる通り、シーネンツェッペリンはプロペラが車両の後ろについているのですが、このレイアウトのせいで普通の鉄道みたいに車両を何両も連結することができませんでした。
 その為、輸送力は大幅に制限されてしまいました。
 更に安全性にも問題がありました。
 シーネンツェッペリンはプロペラが剥き出しの状態で取り付けられていたのですが、これは回転する凶器をブン回しながら走っているようなものです。
 混雑した駅とかだと、プラットホームに立っている乗客が回転するプロペラに巻き込まれる恐れがあり、ドイツ国鉄からも危険だと判断されました。
 上の写真を見て分かる通り、下の方に写っているホームの乗客なんかは余りにもプロペラに近すぎて、今にも切り裂かれそうな不安を覚えてしまいますが、当時のドイツ国鉄のエライ人も同じように感じていたようです。
 幸いな事に、シーネンツェッペリンによる死亡事故は一件も起きていませんが、もう、この頃になるとエンジンで得た大パワーを車輪に効率よく伝える技術が既に実用レベルに達しており、危険性が高くて輸送力も大したことがなく、スピードが速いこと以外は何の取り柄もないプロペラ推進の鉄道を、わざわざ使う意義が薄れていました。
 こうして、あっという間にプロペラで推進する鉄道は廃れてしまいましたが、戦後になっても突発的に、プロペラ推進鉄道の類似品であるジェットエンジンの推進力で前に進む鉄道車両とかが試作された事がありました。
 …が、普通の鉄道車両と比べて優れた点が殆ど無かった為に、鉄道にジェットエンジンを使うと言うアイデアはすぐにお蔵入りになってしまいました。
 技術の過度期に作られ、そして消えていったプロペラ推進の鉄道ですが、担当Sの目から見ると安全性に対する配慮とかもうちょっと何とかならんかったのかなぁ~、と言う気がせんでもないですが…
 
 
 
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 ゲームのジャンル的には落ちもの系ゲーム(いわゆる、落ちげー)になります。
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   [gooブログ] 【なんじゃこりゃ?】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第6回(10回シリーズ)
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【なんじゃこりゃ?⑤】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第5回(10回シリーズ)

2017-07-16 01:19:57 | 歴史

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  iPhone用ゲームアプリ(iOS6.0以上)

(担当S)

 
※本記事は2016/12/05に投稿した記事に、修正を加えて再投稿したものです。


 世の中の発明品の中には、作っている本人は大真面目でも、端から見ると「……」としか言いようの無い発明品が数限りなくあります。
 そこで今回は、そう言った発明品の中でも、特にぶっ飛んだ発明品を、担当Sが独断と偏見で選んで紹介していきたいと思います。
 
 
 
■「これはアカンやろぉ…」思わずドン引きする世界のぶっ飛んだ発明品10選 (10回シリーズ 第5回)
 
 
●ヴァルター機関(写真はヴァルター機関を搭載した戦闘機、Me163)
 第二次世界大戦中のドイツは、世界でもトップレベルの技術を沢山持っており、それは電子技術から潜水艦の技術、そしてロケット開発までと多岐に渡っていました。
 その中でもヴァルター機関は、潜水艦からロケット戦闘機などの広い用途に使われた、優れた…
 いやいや、とてもではないですが、優れていたとは言えない代物なんですよ、コレが。
 本題に入る前に、まずはヴァルター機関について軽く説明したいと思います。
 ヴァルター機関とは、ドイツの技術者、ヘルムート・ヴァルターが、第二次世界大戦が始まる前から潜水艦用に開発を行っていた、特殊な構造を持つエンジンの事です。
 動作原理を説明すると長くなるので特徴だけ説明しますが、ヴァルター機関は空気が無いところでも動作が可能と言う、普通のエンジンとは異なる非常に大きな特徴を持っていました。
 普通のエンジンは、空気の無い所では絶対に動きません。これは何故か言うと、空気中に含まれている酸素と燃料(ガソリンとか経由とかジェット燃料)が結びついて燃焼する時に発生するエネルギーを、普通のエンジンは動力へと変換しているからです。
 普通、エンジンと言う名前がついてる物は、自動車用のガソリンエンジンから飛行機に使われているジェットエンジンに至るまで、動かすのには必ず空気を必要とします。
 この、動作するのに必ず空気を必要とする特徴は、海の中を潜航する潜水艦でエンジンを使用する場合には、非常に大きなデメリットになります。
 通常動力型と呼ばれる潜水艦には、何の変哲も無い空気を必要とするエンジンが使われているのですが、空気のない海の中では当然エンジンを動かせないので、潜水艦が海の中で行動する場合には、まず海面上に浮上している時にエンジンで発電機を回してバッテリーに電気を蓄えられるだけ蓄えて、そして海の中に潜ったらバッテリーに蓄えられた電気でモーターを動かして推進力を得る、と言ったとても複雑で手間のかかる方法を採用しています。
 この方法だとバッテリーがカラになったら再び海面上に出てきて、バッテリーに電気を蓄えないといけないのですが、戦場で迂闊に海面上に出てしまうと、待ち伏せしていた敵の船や飛行機の攻撃を受けて敢え無く撃沈、なんて事にもなりかねません。
 そこで、空気が無くても動くエンジンと言うものが、長い間、実現を待ち望まれていました。
 空気が無くても動くエンジンがあれば長時間、海の中に潜ってもいられるので、敵から攻撃を受ける機会がグンと減り戦場では有利に事を進める事が出来ます。
 こう言う軍事上の要望から生まれたのが、ヴァルター機関なのでした。
 現れた当初は「潜水艦に革命を起こすのではないか?」と大きな期待を寄せられたヴァルター機関でしたが、実際に使ってみると、燃料である過酸化水素の消費が想像以上に激しく、しかも過酸化水素自体が高い腐食性を持っていた為に取り扱いには細心の注意が必要とされ、その他にも多くの欠点が露呈しました。
 こうした多くの欠点を抱えながらも、ヴァルター機関を搭載した潜水艦が、当時としては画期的な水中速度26ノット(時速48km)を発揮した為に、開発が続行されます。
 これに気を良くしたヴァルター機関の発明者、ヘルムート・ヴァルターは、よせばいいのに、ドイツ陸軍が主導していたロケット開発部門へヴァルター機関の売り込みを始めます。
 ヴァルター機関の空気を必要としない特徴が、ロケットエンジン開発にも非常に有効ではないかと、ヘルムート・ヴァルターは考えていました。
 当時のドイツは、世界で最も優れたロケット技術を持っていたロケット開発最先端国だったのですが、新型ロケット(※後の「V2(A4)」ロケット)の開発に難航してました。このヘルムート・ヴァルターの提案に、新型ロケットの総責任者であるフォン・ブラウン(※後にアメリカに移住し、アポロ計画を成功させた立役者)が興味を示します。
 こうしてヘルムート・ヴァルターが画策したロケット開発部門への自身の技術の売り込みは上手く行き、ヴァルター機関を搭載したロケット飛行機の試験機が何機か制作されました。そして世界初のロケット戦闘機にもヴァルター機関が使用される事が決定されます。
 こうして誕生したのが、冒頭の写真で紹介したMe163と呼ばれる戦闘機でした。
 ヴァルター機関を搭載したMe163は当時、世界最速の時速1,011kmを叩き出します。
 現在でもジャンボジェットの最高速度が時速988kmくらいですから、それを上回る速度を75年前に達成したと言うのは、非常に画期的な事でした。
 しかしヴァルター機関の持つ数々の欠点により、Me163は速度性能以外は殆ど取り柄のない戦闘機と言っていいものでした
 最大の問題点は安全性です。
 前述した通り、腐食性の高い薬液である過酸化水素をヴァルター機関は燃料にしていました。戦闘機よりも遥かに図体の大きい潜水艦でヴァルター機関を使用した時ですら、過酸化水素の取り扱いには細心の注意を払う必要があったのに、飛行機のような機体を軽く薄く作らなければならない乗り物では、過酸化水素を入れておくタンクも必然的に薄くて軽いものにするしかなく、その高い腐食性を防ぐには、なんとも心許ないものでした。
 都市伝説でMe163が腐食性の高い燃料を使っていた為に、パイロットが跡形もなく蒸発してしまった事があると言うのがありますが、あながちこれも都市伝説として笑ってらいられないような重大な欠陥がMe163にはありました。
 過酸化水素だけでも危険極まりない代物だったのに、Me163に使われたヴァルター機関はヒドラジンと言う、取り扱いを間違えたら爆発する恐れがある薬液も燃料として使っていたので 何かのキッカケで突然、機体もろとも木っ端微塵に吹っ飛ぶ危険性が常に存在していました。
 Me163で最も多くの戦果を残したパイロットであるジーク・フリート・シューベルトは、滑走路でMe163に搭乗して待機してた時に、突然起きた爆発事故で帰らぬ人になっています。
 ヴァルター機関には燃料の消費量が大きいという欠点がある事については冒頭の方で述べましたけど、この欠点のせいでMe163がマトモに大空を飛び回れたのは僅か8分ほどでした。
 この様に、ヴァルター機関は飛行機のエンジンとして使うには余りに欠点が多かったので、戦後になって航空機用の高性能なジェットエンジンが現れると、あっという間に、その存在自体が忘れ去られてしまいました。
 それでも、本来の開発目的であった潜水艦用のエンジンとしては、戦後もアメリカやイギリスで開発が継続されましたが、(ヴァルター機関と同じように空気が無くても動くと言う特徴を持つ)小型で安全な潜水艦用の原子炉が開発されると、危険で取り扱いの難しいヴァルター機関の技術開発を継続して行う意義がなくなり、ひっそりとヴァルター機関は歴史の表舞台から姿を消しました。
 その後も、ロケットベルト(※装着するとスーパーマンみたいに空を飛び回れる装置)にヴァルター機関が使われたりしましたが、ここでも作動時間の短さがネックとなって、やはり本格的に実用化される事はありませんでした。
 今後もヴァルター機関の仕組みを応用したエンジンや装置が現れるかもしれませんが、数々の欠点を克服できないことには、再び歴史の闇の中へ消え去ってしまう事でしょう。
 
 
 
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 [gooブログ] 【なんじゃこりゃ?】世界の大失敗発明品10選【理解できん!】 第5回(10回シリーズ)
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