お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説 「桜沢家の人々」 13

2008年03月02日 | 探偵小説(好評連載中)
「再婚は周一様が四十を越えた頃らしいわ」
 広がりを見せた周一の事業は、日本の復興と呼応するように発展し、もはや自己増殖的に拡大をし始めていた。周一の張り詰めていた日々にやっと余裕が生まれた。四十を超えた周一は、安らぎを欲するようになった。そして出会ったのが十歳年下の天野弘江だった。
「綾子さんとそんなに大きく歳が離れていないじゃないか」
「そう、綾子さんはとっても怒り、家を出てしまったわ。と言っても、生活費はしっかり貰ってたみたいだけど」
「ふーん、金持ちってのは良く分かんないな」
 弘江は周一が初めて観劇した舞台で主役を務めていた売り出し中の舞台女優だった。周一の一目ぼれで、半ば強引な結婚だった。広江の抜けたその劇団へは、相当の金額を寄付の名目で渡し、退団後に引退と言う形をとらせ、騒ぎを起こさないような手を打った。しかし、周一は広江の演じた役柄の女性に恋したと言うのが正解だったようだ。
「広江さんと言う方は、演技には天才的なものがあったんだけど、普段は、本当に何も出来ない人だったみたいね」
 弘江は家事全般が全く出来なかった。そのため、周一は家政婦を数人雇う事にした。弘江は引退した形だったが、舞台にはまだ未練があった。家政婦が一切を切り盛りし、周一が海外への事業展開を画策し始め留守がちになり、一人の時間が増えると、ちょくちょく所属していた劇団を尋ねるようになった。劇団側は始めこそ戸惑っていたものの、次第に受け入れるようになり、ついに周一が海外へ出かけた際に、周囲には内密で別名で舞台へ立ってしまった。
「でも、どこで嗅ぎつけたのか、マスコミがその舞台を記事にしてしまったの。帰国した周一様に部下の一人が記事を見せたのね」
 周一は怒ったが弘江は平気だった。離婚してもかまわないとまで言い放った。
「どっちが悪いか、正直僕には判断できない話だね」
「でも、周一様がここは折れたのよ」
 周一は広江を失いたくなかった。広江が舞台に戻ることを認めた。復帰の公演は大々的に宣伝された。しかし、復帰公演は惨憺たる悪評を浴び、以降広江が舞台に立つ事はなかった。
「まさか・・・」
「そう、そのまさかよ。周一様が裏から手を回したわけ」
 そんな事すら気が付かない世間知らずの弘江は、それ以後は普通の人として生活を送った。三年後には子供が産まれた。次女の小夜子だ。
「じゃ、長女の綾子さんとは・・・」
「腹違いで、しかも二十以上離れてるわね」
「なんとまあ・・・ 金持ちってのは良く分からんな」
 小夜子が産まれ、弘江も子育てに奮闘し始め、周一もほっと一安心していた矢先の出来事だった。
「広江さん、首を吊って自殺しちゃったの。復帰舞台が酷評されたのは周一様が手を回したからと知ったのね。散々うらみつらみを認めた遺書が、遺体のそばにあったらしいわ」
「そりゃキツイなぁ・・・ でも気付くのが遅すぎた気も、しなくはないんだけど・・・」
「それだけ世事に疎かったのよ」
 広江の死後、残された小夜子は出来るだけ周一がそばにいて育てた。広江に申し訳ない思いと、綾子の二の舞を避けたいがためでもあった。
「でも、世の中、そう上手くは行かないのよね」
 冴子がつぶやくように言った。

    続く


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