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ジェシルと赤いゲート 91

2024年12月06日 | 赤いゲート再び

 ジャンセンは手の平のまだ温もりの残るベクラモレスを見つめ、顔を上げると皆が消えて行った森を見つめた。
「ジャン!」
 呼びかけたのはジェシルだった。ジャンセンが森へと向かうと思ったからだ。
「もう終わりよ。メキドベレンカを追いかけてはいけないわ」
 ジェシルの声にジャンセンは振り返る。その表情は清々しいものだった。……何よ、もっと悲嘆に暮れて涙でぐちゃぐちゃな顔になっていると思っていたのに! ジェシルは不満気に頬を膨らませる。
「分かっているよ、それくらいの事は」ジャンセンが言い返す。「ボクだってだてに考古学をやってはいないんだぜ」
 言い返そうとしたジェシルだったが、不意にからだが揺れ、放り出されるように投げ出され、尻餅をついてしまった。
「何すんのよ!」
 ジェシルは尻餅をついたままで文句を言いながら顔を上げると、仁王立ちをしたマーベラがジェシルを睨み付けていた。
「それはこっちのセリフじゃない!」マーベラが怒鳴る。「散々押さえつけておいたくせに!」
「それは、あなたの事を思ってしたのよ!」ジェシルも負けじとマーベラを睨み付ける。「そのままにしていたらメキドベレンカとやり合っていただろうし、何よりも、ぎゃあぎゃあわあわあって、ヘリンダス蛙みたいな不細工な声で泣きまくっていたのがうるさくってね!」
「良いじゃない! あなたには関係がないわ!」
「あのままにしていおいたら、歴史が変わってしまうと思うじゃない!」
「わたしがメキドベレンカをどうにかしちゃうって事?」
「その逆よ! メキドベレンカの呪術って半端ないもの! あなた、本当にヘリンダス蛙に変えられていたかもよ!」
「なによ!」
「なによってなによ!」
 ジェシルとマーベラは睨み合う。
「……おいおい、もう良いかな?」
 不意に声が掛けられた。二人が声の方を見ると、むくりとジャンセンの頭が現われた。言い争いをしている間にジャンセンが坂を上がってきたようだ。
「ジャンセン!」
 マーベラは叫ぶと、ジェシルをほっぽり出してジャンセンへと駈けた。坂を上がり切ったジャンセンは勢い良く飛びついた。
「うわっ! ちょ、ちょっと待って……」
 マーベラの勢いによろめきながらジャンセンが言った途端、二人の姿が消えた。上がってきた坂を転がり落ちたのだ。
「……な~にをやってんだか……」
 ジェシルは呆れたように溜め息をつき、坂下を見た。
 二人とも地面に倒れているが、マーベラはジャンセンの上に乗っかっている。乗っかっているだけではない。がっちりとしがみついている。ジャンセンは動かないマーベラに困惑の表情だ。
「……まあ、怪我は無いようね」ジェシルはつぶやく。そして、くすりと笑う。「それにしても、マーベラ、どさくさに紛れ過ぎね」
「笑い事ではありませんよ!」
 トランの声にジェシルは振り向く。トランはむっとした顔だ。
「ジャンセンさん。本当は怪我をしているかもしれません。ジャンセンさんは姉さんのように飛んだり跳ねたりが得意ではないんですから」
「まあ、そうだけど……」ジェシルは、ジャンセンにしがみついている姉を睨み付けるトランに戸惑っている。「でも、やっと思いが遂げられたんだから、良いじゃない?」
「良くないですよう!」トランが悲痛な声を上げる。「ぼくだって…… ぼくだって……」
「あらまあ……」トランの悔しそうな表情に、ジェシルはため息をつく。「罪作りなジャンセンねぇ……」
「ジャンセン君!」
 ジェシルの背後で大きな声がした。マスケード博士だ。……博士まで参戦するのかしら? ジェシルはうんざりした顔をする。
「いつまでもマーベラ君と戯れていないで、メキドベレンカからもらったものを見せてくれないかね?」
 ……さすがは博士、考古学界の重鎮だわ。ジェシルは内心ほっとする。
 ジャンセンはマーベラに何か言っている。自分から降りるようにと言っているのだろう。しかし、マーベラはいやいやと言うように首を左右に振り、さらに強くしがみつく。
「もう、姉さんったら!」
 トランは苦々しげに言うと坂を駆け下りる。

「姉さん、博士がジャンセンさんに用があるんだ。何時までもわがまましているんじゃないよ!」
「いやよっ!」
「マーベラ、頼むよ」
「なによ! メキドベレンカには自分から抱きしめに行った癖に!」
「……いや、あれはその場の雰囲気と言うか、流れと言うか……」
「そうですよ、ジャンセンさん!」
「あら、さすがわたしの弟ね。姉を立てるなんて、見直したわよ」
「ジャンセンさん、気安く女性を抱きしめるものじゃありません! まして、しがみ付かれるなんて、どうかしています!」
「トラン! あんた何を言っているのよう!」
「とにかく、姉さんはジャンセンさんから離れるんだ!」
「代わりにあんたがしがみつくつもり?」
「……」
「トランった、何考えているのよ! どうかしちゃったんじゃない?」
「欲望丸出しの姉さんの方が、どうかしているよ!」
「なによ!」
「なによってなんだよ!」
「まあまあ、二人とも…… 今は博士の用を果たすのが第一だろう?」
 マーベラはトランを睨み付けながらジャンセンから離れて立ち上がった。ゆるゆると起き上ろうとしているジャンセンにトランは素早く手を差し伸べる。ジャンセンはその手をつかんで、よっこらしょとばかりに立ち上がる。すかさずジャンセンの背に付いた土をマーベラが払う。トランはマーベラを睨み付ける。マーベラはふんと鼻を鳴らしてそっぽを向く。トランも負けじとそっぽを向く。

「ジェシル君……」マスケード博士がジェシルに訊く。「マーベラ君とトラン君は何故喧嘩しているんだね?」
「博士……」ジェシルは苦笑しながら答える。「言ってみれば、好物の取り合いです」
「好物ねぇ……」博士はつぶやく。「ジャンセン君が何か美味しいものでも持っているのかねぇ?」

 

つづく


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