お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説 「桜沢家の人々」 12

2008年03月01日 | 探偵小説(好評連載中)
「あなたの服は・・・何とかするわ」
 冴子は深刻な言い方をした。何か心にしこりがありそうな言い方だった。
「あっ、そう」
 しかし、正部川は軽く返事をして、シートに深々と背中を預けた。
「あなたって、本当に空気を読めない人なのね!」
 冴子が正部川の横顔を睨む。正部川は顔だけ冴子に向けた。
「だって、服は用意してくれるんだろう? 泣いた原因も話してくれるんだろう? だったら、僕に出来る事は、全てを了解して待っている事しかないじゃないか」
「・・・そうね・・・」
 冴子もシートに背中を預け、大きく溜息をついた。
 正部川も冴子も黙ったまま正面を向いている。男たちも口を開かずにいた。車のエンジン音だけが響いている。
「これから向かう桜沢家について、お話しするわね・・・」
 冴子が静かに話し出した。
 桜沢家の当主、周一は、第二次世界大戦で日本が敗戦し、国内が混乱しているさなかに大陸から復員、そのまま東京へと流れてきて、そこで知り合った康子と結婚をした。その翌年、長女綾子が産まれた。
 周一は闇屋をはじめ、あらゆる商売に手を出した。元々商才もあったようで、日を追うごとに着々と業績を伸ばして行った。狭いながら家を持つ事も出来た。
 この時期、同じような志をもつ冴子の祖父、紫藤三鬼松と知り合い意気投合し、終生の友情を誓い合った。
「ふーん、でもさ、あの時期に商売を伸ばすんなら、色々とやばい事もあったんじゃないか?」
 正部川が口をはさんだ。助手席と冴子の隣の男が首を返して正部川を睨みつけた。正部川は首をすくめた。
「そうね、おじい様も言ってらしたけど、裏も表も熟知しなければ渡り歩いて行けない時代だったようね」
 業績が伸び、事業を拡大し、まさに順風満帆な頃だった。ある十二月の寒い日、夜遅く帰宅した周一は、台所で倒れていた康子を見つけたが、すでに事切れていた。
 その年の夏から体調を崩していた康子だったが、仕事に明け暮れていた周一は康子の異変に気付かず、また、康子も余分な負担をかけまいと黙ったいたため、このような不幸な結末となってしまった。
「これが周一様が二十代の頃のお話ね」
「ふーん、康子さんも気の毒だけど、残された綾子さんはもっと気の毒だね。まだまだ幼かったんだろう?」
 まだ三つだった綾子を一人にさせたくないと考えた周一は、その頃周一が興した会社の社員で、三人の子持ちである平林新吉宅に「自分の子供の一人として預かって欲しい」と告げられて預けられた。仕事に打ち込む周一は、始めは夜には必ず迎えに来たものの、次第に日が開くようになり、月に一二度くらいしか顔を見せなくなってしまった。
「それは、まずいんじゃないかな。だって、いくら信頼できる部下だからって、その家に社長の娘がいるわけだろう?」
「確かにね。平林さんは部下だし、余るくらいの養育費を貰っていたから、顔を見せない周一様であっても文句は言えないし、かと言って、相手は社長の娘さんだから、必要以上にわが子扱いできないし・・・」
 結局、綾子はわがままな性格を持ってしまった。平林の家中をまるで自分の家来のように扱っていた。
 限界を超えた平林は綾子を激しく殴りつけ、泣き叫ぶ綾子を引きずるようにして周一の家へ連れて行き、散々文句を言い連ねた後、辞表と共に綾子を周一へ叩き付けた。
 それから周一は家政婦を家に入れ、家事と綾子の両方を見させた。しかし、綾子の性格は変わらず、家政婦はすぐに嫌気が差し、その結果、家政婦は何度も変わる事となった。
「そんなんじゃ、学校へ入ってからが大騒ぎだな」
「そう、クラスの子を従えて気に入らない子を苛めていたようね」
「お父さんの周一さんは何の処置もしなかったのかい?」
 皮肉な事に、その頃、周一の事業はさらに拡大し、国家権力の一端と結び付き、裏から様々な手を回してもらえるようになっていた。
「綾子さんはそれを知っていたみたいね。だから、学校もお手上げだったみたい」
「ふーん、困ったもんだな」
「これじゃいけないって、周一様も何度か意見したみたいだけど、もはや聞く耳がなくなっていたみたい」
 周一はあきらめ、綾子が問題を起こすたびに金や権力を使って内々に処理してきた。
 そんな時、周一に再婚話が持ち上がった。

    続く


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