「どう思う?」竜二が言う。「何かいつもと違っていないかい?」
「さぁ……」豆蔵は腕を組む。「特に変わっちゃいねぇようだが……」
相変わらず、にまにましながら歩いて来るさとみを見ながら、二人は話していた。
「まぁ、違うと言えば、いつもいっしょの麗子さんと舎弟のアイさんが居ねぇことくらいじゃねぇかねぇ……」
「そんなことは無いよ。麗子ちゃんやアイちゃんの居ない時も、結構あるんだぜ」
「ほう、竜二さん、妙にくわしいねぇ」豆蔵がにやりと笑う。「まさか、嬢様を毎日追っかけてんじゃねぇでしょうね。……ほら、何て言いやしたっけ……す、すとうかあ、とかじゃねぇんですかい?」
「変なこと言わないでくれよ! ストーカーだなんてさ!」竜二はむっとした顔を豆蔵に向ける。「オレはさとみちゃんが心配だから毎日見守ってやってるんだよ」
「へいへい、そう言うことにしておきやしょう」
「信じてないね!」
「いえいえ、信じておりやすよ」豆蔵はまだ笑顔のままだ。「ま、時間だけはたっぷりありやすからねぇ。もう少し見聞を広げた方が良いんじゃねぇですかい?」
「それじゃ、オレが全くの世間知らずみたいじゃないかよ!」
「違ってやすか?」
「……違ってない……」
さとみが近づいて来た。
「じゃあ、あっしが嬢様の前に出てみやしょうか」
豆蔵は言うと、さとみの前に片膝を付いてしゃがみ込んだ。顔をさとみに向ける。
「……嬢様……」さとみに聞こえないのはわかっているので、豆蔵はあえて口を大きく動かしてみせた。「豆蔵でやす」
しかし、さとみはにまにましながら進んで来る。豆蔵は思わず身をよけた。さとみは豆蔵の居た所を真っすぐに突っ切って行ってしまった。そして、そのまま通りを右に曲がって、姿が見えなくなった。
「……嬢様……」
「ほら、言った通りだろ!」
呆然としている豆蔵に向かって、勝ち誇ったように胸を張る竜二だった。
「……竜二さん……」豆蔵は竜二の肩に手をかけた。「こりゃ、えれえ話ですぜ……」
「へん! 豆蔵さんも知らん顔されたからって、えれえ話だなんて大げさだよ」
「そうじゃねぇ……」豆蔵は、さとみの曲がって行った通りの角を見ながらつぶやく。「そうじゃねぇよ、竜二さん……」
「何が、そうじゃないんだよ」
「……嬢様に、あっしの姿が見えていなかったんだ……」
「え?」竜二が驚いた顔をしたが、すぐに豆蔵の冗談と思い、笑い出した。「はっはっは! 見えてないだって? 知らん顔されただけなのに、豆蔵さんも負け惜しみするんだね!」
「……」
豆蔵は竜二に答えず、じっと通りの角を見つめている。
竜二はその様子に、段々と笑い声を弱めて行く。最後に「は……」と一声出すと黙ってしまった。
夕暮れの風が、ひゅうと音を立てて吹き過ぎて行った。
「豆蔵さん……」竜二ののどがごくりと鳴った。「そりゃ、本当の話なのかい? さとみちゃん、オレたちが見えてないのかい?」
「……残念ながら」豆蔵は、がくりと顔を垂れた。「間違いねぇ……」
「そりゃ、えれえ話だ……」
風がまた音を立てて吹き過ぎて行った。
つづく
「さぁ……」豆蔵は腕を組む。「特に変わっちゃいねぇようだが……」
相変わらず、にまにましながら歩いて来るさとみを見ながら、二人は話していた。
「まぁ、違うと言えば、いつもいっしょの麗子さんと舎弟のアイさんが居ねぇことくらいじゃねぇかねぇ……」
「そんなことは無いよ。麗子ちゃんやアイちゃんの居ない時も、結構あるんだぜ」
「ほう、竜二さん、妙にくわしいねぇ」豆蔵がにやりと笑う。「まさか、嬢様を毎日追っかけてんじゃねぇでしょうね。……ほら、何て言いやしたっけ……す、すとうかあ、とかじゃねぇんですかい?」
「変なこと言わないでくれよ! ストーカーだなんてさ!」竜二はむっとした顔を豆蔵に向ける。「オレはさとみちゃんが心配だから毎日見守ってやってるんだよ」
「へいへい、そう言うことにしておきやしょう」
「信じてないね!」
「いえいえ、信じておりやすよ」豆蔵はまだ笑顔のままだ。「ま、時間だけはたっぷりありやすからねぇ。もう少し見聞を広げた方が良いんじゃねぇですかい?」
「それじゃ、オレが全くの世間知らずみたいじゃないかよ!」
「違ってやすか?」
「……違ってない……」
さとみが近づいて来た。
「じゃあ、あっしが嬢様の前に出てみやしょうか」
豆蔵は言うと、さとみの前に片膝を付いてしゃがみ込んだ。顔をさとみに向ける。
「……嬢様……」さとみに聞こえないのはわかっているので、豆蔵はあえて口を大きく動かしてみせた。「豆蔵でやす」
しかし、さとみはにまにましながら進んで来る。豆蔵は思わず身をよけた。さとみは豆蔵の居た所を真っすぐに突っ切って行ってしまった。そして、そのまま通りを右に曲がって、姿が見えなくなった。
「……嬢様……」
「ほら、言った通りだろ!」
呆然としている豆蔵に向かって、勝ち誇ったように胸を張る竜二だった。
「……竜二さん……」豆蔵は竜二の肩に手をかけた。「こりゃ、えれえ話ですぜ……」
「へん! 豆蔵さんも知らん顔されたからって、えれえ話だなんて大げさだよ」
「そうじゃねぇ……」豆蔵は、さとみの曲がって行った通りの角を見ながらつぶやく。「そうじゃねぇよ、竜二さん……」
「何が、そうじゃないんだよ」
「……嬢様に、あっしの姿が見えていなかったんだ……」
「え?」竜二が驚いた顔をしたが、すぐに豆蔵の冗談と思い、笑い出した。「はっはっは! 見えてないだって? 知らん顔されただけなのに、豆蔵さんも負け惜しみするんだね!」
「……」
豆蔵は竜二に答えず、じっと通りの角を見つめている。
竜二はその様子に、段々と笑い声を弱めて行く。最後に「は……」と一声出すと黙ってしまった。
夕暮れの風が、ひゅうと音を立てて吹き過ぎて行った。
「豆蔵さん……」竜二ののどがごくりと鳴った。「そりゃ、本当の話なのかい? さとみちゃん、オレたちが見えてないのかい?」
「……残念ながら」豆蔵は、がくりと顔を垂れた。「間違いねぇ……」
「そりゃ、えれえ話だ……」
風がまた音を立てて吹き過ぎて行った。
つづく
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