お話

日々思いついた「お話」を思いついたまま書く

探偵小説「桜沢家の人々」 16

2009年10月30日 | 探偵小説(好評連載中)
「そうかあ・・・ 男の子かあ・・・」正部川はさらに顔を曇らせた。「こりゃあ、嫌な火種になりそうだなあ・・・」
「どう言う意味よ?」
「父親について、綾子さんは何か言ったのかい?」
「え?」質問を無視された冴子はむっとした顔をして見せた。しかし、正部川は全く気が付いていないようだ。諦めた冴子は大きく溜め息をついてみせた。「・・・何も言わなかったようだわ」
「そうなんだ・・・ でも、初孫だから、周一さんも喜んだんじゃないか?」
「そうでもなかったみたい」
「父親が誰だか分からないからかい?」
「また、そんな下卑た事を言うんだから!」冴子は睨みつけたが、すぐに力なく視線を落とした。「・・・でも、それが本当のところみたいね」
 周一は産まれてきた初孫、友義を一度も抱き上げようとはしなかった。放蕩の末の初孫を認めることが出来なかった。この孫の中に自分の血が流れている事が許せなかった。
「裏から手を回して、その子を亡き者にしようとしたらしいわ・・・」今度は冴子の表情が曇る。声もヒソヒソとしたものに変わる。「それでね・・・」
「お嬢様・・・」助手席の男が前を向いたまま声を掛けてきた。声が殺気を帯びている。「お話が過ぎたようですが・・・」
「まあ!」
 冴子は慌てた仕草で、自分の口を手で覆った。そのままで正部川を見る。正部川はぽかんとした顔で冴子を見返している。・・・なんて顔をしてるのよ! こんなヤツに私もペラペラ喋りすぎたわ! 目だけきつくして、正部川を睨みつける。途端に正部川のぽかんとした顔が笑顔に変わった。
「何だ、くしゃみを我慢してるのかい? 全く上流階級とヤラは、くしゃみ一つ、人前で出来ないんだなあ」
「馬鹿!」手を外し、冴子が怒鳴った。「これがくしゃみしそうな顔に見えるの?」
「多分、綾子さんは小夜子さんを盾にしたんだろうね」正部川は冴子の剣幕を無視して続けた。「従兄弟と教えたか、弟と教えたかは分からないけどさ」
「・・・」冴子は内心驚いていた。・・・随分と分かりがいいわね。伊達に文学っぽい事を言ってるわけじゃないんだわ。腹立たしさがすうっと退いた。「そう、小夜子さんの弟のようにしてイヤな魔の手を逃れたらしいわ」
 忠告をした助手席の男が振り返った。しかし、冴子は手の平を押し出すような仕草をして、前を向かせた。男は一瞬、正部川を睨みつけ、前を向いた。
「・・・そして、綾子さん、友義さんが小学校に上がる頃、家を出たの」
「後継者にはしないからって約束をしたんだろうね。かなりのお金と交換だったんじゃないかな?」
「その辺の事は知らないけど」・・・うそ。正にその通りなんだけどね。「それっきり、ずっと音信が無かったんですって」
「でも、桜沢一族の力を使えば、すぐにでも見つけられそうだけど・・・」
「敢えて、探そうとしなかったみたいね」・・・これも、うそ。挙動に問題があったらすぐに対処するため、常に居所は把握していたのよね。「みんなほっとしたって感じじゃないかしら?」
「ふーん・・・ 厄介払いってヤツだね・・・」
「またそんな下卑た事を言う!」
「でもさ、随分とどろどろした家庭関係なんだね」正部川は楽しそうに言った。「なんだか、もの凄い小説が書けそうだ」
「・・・」冴子は軽蔑の眼差しを向けた。しかし、すぐに視線を落とした。大きな溜め息を一つ吐くと、口を開いた。「でも、まだ続きがあるのよ」


    続く



     著者自註 

 久々の「探偵小説」の続きでございす。もし、お時間がお有りでしたなら、最初からの読み直しをして頂けると、幸いに存じます。



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