冴子の瞳から涙が溢れ出した。冴子の隣の大男が正部川に腕を伸ばす。冴子はそれを制した。大男は不満気な面持ちで背もたれに身を沈めた。
「その人物は、多分男だね。そして、とっても優秀だ。立派な息子さんだね」目を閉じたままの正部川は、冴子や大男の様子に全く気が付いていない。相変わらず、暢気な口調だ。「周一さんは後継者にと考えていたんだろうね。冴子もその人物の前では、僕とは違ってしおらしくなっていたんだろうなあ」
正部川は話を切った。冴子は溢れる涙を手の甲でぐいと拭き取った。
「何を勝手な事を言っているのよ!」いつもの強い口調で言った。「見て来た様の事を言わないでもらいたいわね!」
「ふん!」正部川は鼻を鳴らすと目を開けた。「見ていなくたって、それくらいの事は分かるさ。で、その人物が、洋服屋さんでの出来事に繋がったってわけさ」
冴子は正部川を睨みつけた。しかし、からだは動かなかった。動けば、また涙が溢れてしまいそうだったからだ。
「・・・冴子・・・」正部川は再び目を閉じた。「好きだったと言うより、愛していたんだろう? ひょっとしたら将来を誓い合ったのかな?」
「・・・」
冴子の返事が無かった。冴子の両頬が濡れている。声は殺しているものの、肩が小刻みに震えている。正部川は目を閉じたまま黙っていた。大男達は鋭い眼光を放ちながら正部川を睨みつけた。
「話してくれるって言っていたけどさ・・・」正部川は眠そうな声で喋りだした。目は相変わらず閉じたままだった。「話したくない事だってあるだろう? ばあちゃんがよく『聞くな。察しろ』って言ってるんだけどさ。もし僕が間違っていたら、ごめん。合っていたら、それはそれで・・・」
語尾が不鮮明になった。しばらくすると、すうすうと寝息を立て始めた。
「正部川君・・・」
無防備な寝顔を曝している正部川を見て冴子はつぶやいた。何かを思い出しているような面持ちだった。大男達は憮然としたまま背もたれに戻った。
「う、うううううん・・・」
突然、正部川は大きく呻くと寝返りを打った。冴子の肩にボサボサの頭を乗せた。冴子の隣の大男が素早く腕を伸ばし、正部川の胸倉をつかみ上げ、激しく揺すった。
「・・・え? あ、ほあ・・・?」
寝ぼけたような声を上げ、目を開けたが、視線が定まっていない。すぐに目を閉じ、寝息を立てた。胸倉をつかまれたままなので、からだが椅子から浮いている。大男は呆れたように手を放した。背もたれにからだを打ちつけてもなお、正部川は眠り続けていた。また寝返りを打ち、頭を冴子の肩に乗せる。
「いいの・・・」腕を伸ばそうとした大男に冴子が言った。「きっと早起きしすぎたのよ・・・」
「よろしいんですか、お嬢様。せっかくの御召し物が汚れそうですが・・・」
「博人もよくこうやって寝ちゃっていたわね・・・」冴子が独り言のようにつぶやいた。「毎晩遅くまで勉強してたから・・・」
続く
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「その人物は、多分男だね。そして、とっても優秀だ。立派な息子さんだね」目を閉じたままの正部川は、冴子や大男の様子に全く気が付いていない。相変わらず、暢気な口調だ。「周一さんは後継者にと考えていたんだろうね。冴子もその人物の前では、僕とは違ってしおらしくなっていたんだろうなあ」
正部川は話を切った。冴子は溢れる涙を手の甲でぐいと拭き取った。
「何を勝手な事を言っているのよ!」いつもの強い口調で言った。「見て来た様の事を言わないでもらいたいわね!」
「ふん!」正部川は鼻を鳴らすと目を開けた。「見ていなくたって、それくらいの事は分かるさ。で、その人物が、洋服屋さんでの出来事に繋がったってわけさ」
冴子は正部川を睨みつけた。しかし、からだは動かなかった。動けば、また涙が溢れてしまいそうだったからだ。
「・・・冴子・・・」正部川は再び目を閉じた。「好きだったと言うより、愛していたんだろう? ひょっとしたら将来を誓い合ったのかな?」
「・・・」
冴子の返事が無かった。冴子の両頬が濡れている。声は殺しているものの、肩が小刻みに震えている。正部川は目を閉じたまま黙っていた。大男達は鋭い眼光を放ちながら正部川を睨みつけた。
「話してくれるって言っていたけどさ・・・」正部川は眠そうな声で喋りだした。目は相変わらず閉じたままだった。「話したくない事だってあるだろう? ばあちゃんがよく『聞くな。察しろ』って言ってるんだけどさ。もし僕が間違っていたら、ごめん。合っていたら、それはそれで・・・」
語尾が不鮮明になった。しばらくすると、すうすうと寝息を立て始めた。
「正部川君・・・」
無防備な寝顔を曝している正部川を見て冴子はつぶやいた。何かを思い出しているような面持ちだった。大男達は憮然としたまま背もたれに戻った。
「う、うううううん・・・」
突然、正部川は大きく呻くと寝返りを打った。冴子の肩にボサボサの頭を乗せた。冴子の隣の大男が素早く腕を伸ばし、正部川の胸倉をつかみ上げ、激しく揺すった。
「・・・え? あ、ほあ・・・?」
寝ぼけたような声を上げ、目を開けたが、視線が定まっていない。すぐに目を閉じ、寝息を立てた。胸倉をつかまれたままなので、からだが椅子から浮いている。大男は呆れたように手を放した。背もたれにからだを打ちつけてもなお、正部川は眠り続けていた。また寝返りを打ち、頭を冴子の肩に乗せる。
「いいの・・・」腕を伸ばそうとした大男に冴子が言った。「きっと早起きしすぎたのよ・・・」
「よろしいんですか、お嬢様。せっかくの御召し物が汚れそうですが・・・」
「博人もよくこうやって寝ちゃっていたわね・・・」冴子が独り言のようにつぶやいた。「毎晩遅くまで勉強してたから・・・」
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