「ふん! そんな見せかけの炎なんか、ちっとも怖くないわ!」
さとみは言うと胸を張って見せた。
「ははは、そんなぺったんこな胸を張っても、偉そうには見えんぞ」
「何て事を言うのよう!」さとみはぷっと頬を膨らませる。「そっちこそ、へんてこな炎の真似をしてんじゃないのよう!」
「オレはへんてこではないと言っているだろうがぁ!」
炎は怒鳴った。怒りに合わせるかのように炎が勢い良く立ち上った。
「じゃあ、姿を見せなさいよ!」
「ああ、見せてやろうじゃないか! 見たらあまりの恐ろしさに霊体が吹き飛ぶぞぉ!」
さとみは身構えた。
炎はゆっくりと形を変え始めた。大柄な人の形になりつつあった。
「泣く子も黙る、三途の川の渡し人、大入道の長吉たぁ、オレの事でぇ!」
炎は、薄汚れてぼろぼろになった着物を着た、さとみの倍以上の身の丈と階段通路を塞ぐほどの横幅を持ったつるつる頭の大男になった。目尻が吊り上がり、唇の薄い、冷酷で凶悪な顔付きだ。
「うわぁぁ……」さとみは呆れたような声を出す。「……やっぱりへんてこじゃない……」
「へんてこじゃないと言ってんだろうがあ!」
長吉は怒鳴ると、階段を駈け上がる。思いの外、身軽のようだ。まだ階段の途中だったが、すでにさとみの背の高さをはるかに超えていた。怒りに満ちた目でさとみを見下ろしている。さとみは長吉を見つめている。
「この小娘がぁ! 怖ろしくって身動きも出来ねぇんだろう!」
長吉は、さとみの頭より大きな拳を握りしめると、丸太の様な腕を振り上げ、さとみに向かって振り下ろした。
「天誅!」
と、凛とした声が響いた。長吉の拳は、さとみの顔ぎりぎりのところで止まった。長吉は白目を剥いて、腕をだらりと下げると、そのまま霧散した。消えて無くなった長吉の代わりに、そこにはみつが刀を振り下ろした姿で立っていた。
「みつさん!」
さとみは言うと、その場に座り込んでしまった。みつは、ちんと涼やかな鍔音を立てて刀を鞘に納めると、さとみに駈け寄った。片膝を突いて、倒れかけるさとみを両手で支える。
「さとみ殿! しっかりいたせ!」みつはさとみのからだを何度も揺する。「さとみ殿のおかげでわたしも助かりました!」
「それは良かったわ」さとみはほっとしたように笑む。「きっとみつさんが正気に戻って助けてくれるって信じていたのよ」
「しかし、無茶をし過ぎです!」みつは少し怒った顔をして言う。「あと少し遅かったら、取り返しがつかなくなる所でしたよ!」
「……そうよ、さとみちゃん」階段を上がってきた百合恵が言う。「もしもの事があったら、どうするつもりだったの?」
「それは……」さとみは言いながらおでこをぴしゃぴしゃし始めた。しばらくして手が止まる。「……考えていませんでした……」
「まったく、この娘は……」百合恵がため息をつく。「こんなに冷や冷やさせられるんじゃ、白髪が増えちゃいそうだわ」
「へへへ……」
さとみは笑う。百合恵とみつは顔を見合わせる。二人とも苦笑するしかない。
「嬢様! みつ様!」豆蔵が言いながら、姿を現わした。「ご無事でやしたか。結界が消えたんで飛んで来やした!」
「豆蔵、わたしは心配じゃないのかい?」百合恵が不満げな口調で言い、肩の破れ目を見せる。「わたしもちょっとは、やられたんだけどねぇ」
「え? 霊体のくせに生身に手を出せたって言うんで?」豆蔵が驚いている。「そりゃあ、よっぽどの野郎でやしたね」
「でもね、みつさんが天誅してくれたのよ」さとみが言う。「もう大丈夫」
「そうですかい……」豆蔵はみつを見る。「みつ様が階段を上がった途端に、結界とやらが張られて、どうやっても階段が上れなくなりやした。肝心な時にお役に立てず、申し訳ありやせん」
そう言うと、豆蔵はみつの頭を下げた。からだを震わせている。悔しさと情けなさとがにじみ出ていた。
「いいえ、豆蔵さん、気にする事はありません」みつは言う。「わたしも、階段を上がって、すぐに取り憑かれたのですから……」
「それが、あのへんてこ長吉ね」さとみが言って、くすりと笑う。「力は強かったのかもしれないけど、単純な霊だったわね。へんてこって言ったらむきになっちゃって……」
「いえ、本来、霊は生身に傷をつける事は出来ないんです」みつが真顔で言う。「それに、同じ霊体に憑りつくなど、並の力で出来るものではありません。もし、長吉が強力な力を持つ霊体ならば、わたしの刀の一振りで消えるなど有り得ません」
「と言う事は……」百合恵がつぶやくように言う。「強力な何者かが長吉に力を貸したって事か……」
「左様。やはり、何か強力な霊が背後にいるようです……」みつは言うと、周囲に気を張る。「……今はすっかり気配が無くなっていますが……」
皆は考えを巡らせている。と、階下の方から「せんぱ~い……」と言うか細い声が上って来た。
つづく
さとみは言うと胸を張って見せた。
「ははは、そんなぺったんこな胸を張っても、偉そうには見えんぞ」
「何て事を言うのよう!」さとみはぷっと頬を膨らませる。「そっちこそ、へんてこな炎の真似をしてんじゃないのよう!」
「オレはへんてこではないと言っているだろうがぁ!」
炎は怒鳴った。怒りに合わせるかのように炎が勢い良く立ち上った。
「じゃあ、姿を見せなさいよ!」
「ああ、見せてやろうじゃないか! 見たらあまりの恐ろしさに霊体が吹き飛ぶぞぉ!」
さとみは身構えた。
炎はゆっくりと形を変え始めた。大柄な人の形になりつつあった。
「泣く子も黙る、三途の川の渡し人、大入道の長吉たぁ、オレの事でぇ!」
炎は、薄汚れてぼろぼろになった着物を着た、さとみの倍以上の身の丈と階段通路を塞ぐほどの横幅を持ったつるつる頭の大男になった。目尻が吊り上がり、唇の薄い、冷酷で凶悪な顔付きだ。
「うわぁぁ……」さとみは呆れたような声を出す。「……やっぱりへんてこじゃない……」
「へんてこじゃないと言ってんだろうがあ!」
長吉は怒鳴ると、階段を駈け上がる。思いの外、身軽のようだ。まだ階段の途中だったが、すでにさとみの背の高さをはるかに超えていた。怒りに満ちた目でさとみを見下ろしている。さとみは長吉を見つめている。
「この小娘がぁ! 怖ろしくって身動きも出来ねぇんだろう!」
長吉は、さとみの頭より大きな拳を握りしめると、丸太の様な腕を振り上げ、さとみに向かって振り下ろした。
「天誅!」
と、凛とした声が響いた。長吉の拳は、さとみの顔ぎりぎりのところで止まった。長吉は白目を剥いて、腕をだらりと下げると、そのまま霧散した。消えて無くなった長吉の代わりに、そこにはみつが刀を振り下ろした姿で立っていた。
「みつさん!」
さとみは言うと、その場に座り込んでしまった。みつは、ちんと涼やかな鍔音を立てて刀を鞘に納めると、さとみに駈け寄った。片膝を突いて、倒れかけるさとみを両手で支える。
「さとみ殿! しっかりいたせ!」みつはさとみのからだを何度も揺する。「さとみ殿のおかげでわたしも助かりました!」
「それは良かったわ」さとみはほっとしたように笑む。「きっとみつさんが正気に戻って助けてくれるって信じていたのよ」
「しかし、無茶をし過ぎです!」みつは少し怒った顔をして言う。「あと少し遅かったら、取り返しがつかなくなる所でしたよ!」
「……そうよ、さとみちゃん」階段を上がってきた百合恵が言う。「もしもの事があったら、どうするつもりだったの?」
「それは……」さとみは言いながらおでこをぴしゃぴしゃし始めた。しばらくして手が止まる。「……考えていませんでした……」
「まったく、この娘は……」百合恵がため息をつく。「こんなに冷や冷やさせられるんじゃ、白髪が増えちゃいそうだわ」
「へへへ……」
さとみは笑う。百合恵とみつは顔を見合わせる。二人とも苦笑するしかない。
「嬢様! みつ様!」豆蔵が言いながら、姿を現わした。「ご無事でやしたか。結界が消えたんで飛んで来やした!」
「豆蔵、わたしは心配じゃないのかい?」百合恵が不満げな口調で言い、肩の破れ目を見せる。「わたしもちょっとは、やられたんだけどねぇ」
「え? 霊体のくせに生身に手を出せたって言うんで?」豆蔵が驚いている。「そりゃあ、よっぽどの野郎でやしたね」
「でもね、みつさんが天誅してくれたのよ」さとみが言う。「もう大丈夫」
「そうですかい……」豆蔵はみつを見る。「みつ様が階段を上がった途端に、結界とやらが張られて、どうやっても階段が上れなくなりやした。肝心な時にお役に立てず、申し訳ありやせん」
そう言うと、豆蔵はみつの頭を下げた。からだを震わせている。悔しさと情けなさとがにじみ出ていた。
「いいえ、豆蔵さん、気にする事はありません」みつは言う。「わたしも、階段を上がって、すぐに取り憑かれたのですから……」
「それが、あのへんてこ長吉ね」さとみが言って、くすりと笑う。「力は強かったのかもしれないけど、単純な霊だったわね。へんてこって言ったらむきになっちゃって……」
「いえ、本来、霊は生身に傷をつける事は出来ないんです」みつが真顔で言う。「それに、同じ霊体に憑りつくなど、並の力で出来るものではありません。もし、長吉が強力な力を持つ霊体ならば、わたしの刀の一振りで消えるなど有り得ません」
「と言う事は……」百合恵がつぶやくように言う。「強力な何者かが長吉に力を貸したって事か……」
「左様。やはり、何か強力な霊が背後にいるようです……」みつは言うと、周囲に気を張る。「……今はすっかり気配が無くなっていますが……」
皆は考えを巡らせている。と、階下の方から「せんぱ~い……」と言うか細い声が上って来た。
つづく
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます