「ところで、綾部……」松原先生が来客用のスリッパを人数分並べながら言う。並べ終わると、外でかたまっている女性群に振り返り、さとみを見る。「栗田から聞いたんだけど…… お前って、霊と話が出来るんだってなぁ?」
「え?」
さとみは横に立っているしのぶを見る。しのぶは大きくうなずいている。
「ええ、まあ、ちょっと……」さとみは曖昧に答える。「そんな大袈裟なものじゃなくって……」
「何を言っているんですか、先輩!」しのぶがさとみの前に回り込む。「かねから聞いたんですよ! かね、実際に話をしているところを見たって言ってました! ……ねぇ? かね、言ったよねぇ?」
「ええ」朱音はにこにこしている。「凄かったわよ。ずっと話をしていたみたいで。きっと、迷っていた霊を鎮めて冥界に送ったのよ」
「そりゃあ、凄いなぁ……」松原先生が感心したようにつぶやく。「綾部が居たら百人力だな。この前、取り逃がしたものの正体も分かるだろう」
朱音が見ていたのは、竜二と虎之助と話をしていたところだ。迷った霊を鎮めるなどと言う高尚なものでは断じて無かった。
「……百合恵さん……」
さとみは困った表情を百合恵に向けた。
「ふふふ……」百合恵は笑う。皆が百合恵を見た。「さとみちゃんが話をしたのは、馴染みの霊よ。竜二っていう霊よ」
「百合恵さん」朱音が言う。「さとみ先輩から聞いたんですか?」
「それで」しのぶが勢い込んで割って入る。「その竜二って人の霊、ここに居るんですか?」
「いいえ」百合恵は頭を左右に振る。それから、朱音に笑む。「ここにはいないわ。でもね、ここには豆蔵とみつさんって言う、別の馴染みの霊がいるの」
「豆蔵さんにみつさん……?」
「そうよ、しのぶちゃん。で、豆蔵は岡っ引き、みつさんは美女剣士。どうも、この学校に不穏な雰囲気が漂っているって豆蔵が教えてくれたのよ」
「さとみ先輩がそう言ったんですか?」
「そうじゃないわ、朱音ちゃん。わたしが豆蔵から直接聞いたのよ」
「ええええっ!」
朱音しのぶが同時に大声を出す。そして、互いを見つめ合っている。
「え? え? え?」しのぶが朱音の腕を強くつかむ。「かね、これってどう言う事? ねえ、どう言う事?」
「知らない、知らないわよう、のぶ!」朱音もしのぶを腕を強くつかむ。「でもさ、百合恵さんの話だと……」
「ふふふ……」百合恵は腕をつかみ合っている二人の肩を同時にぽんと叩いた。「そうよ。わたしも霊が見えるし、話も出来るのよ」
「きゃあああああっ!」
二人は同事に悲鳴を上げた。恐怖からではない。歓喜の悲鳴だった。
「かね! こんな事ってある? 霊と会話が出来る人が二人よ! どうしよう! 今日はわたしにとって特別な日だわ! 帰ったら、幸運の女神のフォルトゥーナに感謝を捧げなきゃだわ!」
しのぶはそう言うと、おいおいと泣き出してしまった。余程感激したのだろう。
「分かるわ、のぶ……」朱音は泣くしのぶの背中を優しく撫でさすっている。「でも、元はと言えば、のぶが、さとみ先輩のことが分かったからよ」
「そうかしら……?」
しのぶは、なんとか泣き止んで鼻をすんすんさせながら言う。
「そうよ、そうに決まっているわ!」
「……じゃあ、フォルトゥーナはすでにわたしに幸運を授けてくれていたのね!」
しのぶの表情がぱっと明るくなる。
「そうよ。その通りよ!」
朱音が力強くうなずいた。
「じゃあ、フォルトゥーナには二倍の感謝を捧げなきゃだわね」
「わたしの分も奉げておいてね!」
「もちろんよ!」
朱音としのぶは手を取り合って、きゃあきゃあとはしゃいでいる。……朱音ちゃんも心霊モードじゃない。さとみはやれやれと言った感じでため息をつく。
「さあさあ……」百合恵ははしゃぐ二人の肩をぽんぽんと叩く。「入口で大きな声を出していたら、ご近所に通報されちゃうわよ。中に入りましょう」
「は~い」
朱音としのぶは素直に返事をして通用口へと入って行く。
「……百合恵さん」さとみが訊く。「いいんですか? 霊が見えるとか話が出来るとか、あの二人に話しちゃって」
「いいのよ」百合恵は笑む。「さとみちゃんだけに大変な思いをさせちゃ、可哀想だしね。それに……」
百合恵が視線を移す。みつがかなり険しい表情をして、こちらを見て、何か話をしている。さとみは霊体を抜け出せなければ話は出来ないが、百合恵はそのままで話が出来る。
「みつさんが、かなり強い邪気を感じているって言っているわ」百合恵がみつにうなずいて見せる。みつはすうっと姿を消した。先へと行ったようだ。「今日は刀を揮う事になりそうだって」
「そんなに危険なんですか……?」
「そうみたいね……」百合恵はさとみを見る。「残念ながら、わたしは霊体を抜け出させることはできないわ。いざとなったら、さとみちゃん、お願いね」
「……」
さとみの顔が青ざめる。豆蔵が百合恵の傍に立って何事が言っている。百合恵は微笑みながらうなずく。
「豆蔵が、さとみちゃんの事を、命に代えても守るって言っているわよ」
「そうですか……」さとみは豆蔵を見る。豆蔵はどんとおのれの胸を叩いて、お任せあれと言った様子で姿を消した。みつを追ったのだろう。「……でも、豆蔵、もう霊になっちゃっているんだけどなぁ」
つづく
「え?」
さとみは横に立っているしのぶを見る。しのぶは大きくうなずいている。
「ええ、まあ、ちょっと……」さとみは曖昧に答える。「そんな大袈裟なものじゃなくって……」
「何を言っているんですか、先輩!」しのぶがさとみの前に回り込む。「かねから聞いたんですよ! かね、実際に話をしているところを見たって言ってました! ……ねぇ? かね、言ったよねぇ?」
「ええ」朱音はにこにこしている。「凄かったわよ。ずっと話をしていたみたいで。きっと、迷っていた霊を鎮めて冥界に送ったのよ」
「そりゃあ、凄いなぁ……」松原先生が感心したようにつぶやく。「綾部が居たら百人力だな。この前、取り逃がしたものの正体も分かるだろう」
朱音が見ていたのは、竜二と虎之助と話をしていたところだ。迷った霊を鎮めるなどと言う高尚なものでは断じて無かった。
「……百合恵さん……」
さとみは困った表情を百合恵に向けた。
「ふふふ……」百合恵は笑う。皆が百合恵を見た。「さとみちゃんが話をしたのは、馴染みの霊よ。竜二っていう霊よ」
「百合恵さん」朱音が言う。「さとみ先輩から聞いたんですか?」
「それで」しのぶが勢い込んで割って入る。「その竜二って人の霊、ここに居るんですか?」
「いいえ」百合恵は頭を左右に振る。それから、朱音に笑む。「ここにはいないわ。でもね、ここには豆蔵とみつさんって言う、別の馴染みの霊がいるの」
「豆蔵さんにみつさん……?」
「そうよ、しのぶちゃん。で、豆蔵は岡っ引き、みつさんは美女剣士。どうも、この学校に不穏な雰囲気が漂っているって豆蔵が教えてくれたのよ」
「さとみ先輩がそう言ったんですか?」
「そうじゃないわ、朱音ちゃん。わたしが豆蔵から直接聞いたのよ」
「ええええっ!」
朱音しのぶが同時に大声を出す。そして、互いを見つめ合っている。
「え? え? え?」しのぶが朱音の腕を強くつかむ。「かね、これってどう言う事? ねえ、どう言う事?」
「知らない、知らないわよう、のぶ!」朱音もしのぶを腕を強くつかむ。「でもさ、百合恵さんの話だと……」
「ふふふ……」百合恵は腕をつかみ合っている二人の肩を同時にぽんと叩いた。「そうよ。わたしも霊が見えるし、話も出来るのよ」
「きゃあああああっ!」
二人は同事に悲鳴を上げた。恐怖からではない。歓喜の悲鳴だった。
「かね! こんな事ってある? 霊と会話が出来る人が二人よ! どうしよう! 今日はわたしにとって特別な日だわ! 帰ったら、幸運の女神のフォルトゥーナに感謝を捧げなきゃだわ!」
しのぶはそう言うと、おいおいと泣き出してしまった。余程感激したのだろう。
「分かるわ、のぶ……」朱音は泣くしのぶの背中を優しく撫でさすっている。「でも、元はと言えば、のぶが、さとみ先輩のことが分かったからよ」
「そうかしら……?」
しのぶは、なんとか泣き止んで鼻をすんすんさせながら言う。
「そうよ、そうに決まっているわ!」
「……じゃあ、フォルトゥーナはすでにわたしに幸運を授けてくれていたのね!」
しのぶの表情がぱっと明るくなる。
「そうよ。その通りよ!」
朱音が力強くうなずいた。
「じゃあ、フォルトゥーナには二倍の感謝を捧げなきゃだわね」
「わたしの分も奉げておいてね!」
「もちろんよ!」
朱音としのぶは手を取り合って、きゃあきゃあとはしゃいでいる。……朱音ちゃんも心霊モードじゃない。さとみはやれやれと言った感じでため息をつく。
「さあさあ……」百合恵ははしゃぐ二人の肩をぽんぽんと叩く。「入口で大きな声を出していたら、ご近所に通報されちゃうわよ。中に入りましょう」
「は~い」
朱音としのぶは素直に返事をして通用口へと入って行く。
「……百合恵さん」さとみが訊く。「いいんですか? 霊が見えるとか話が出来るとか、あの二人に話しちゃって」
「いいのよ」百合恵は笑む。「さとみちゃんだけに大変な思いをさせちゃ、可哀想だしね。それに……」
百合恵が視線を移す。みつがかなり険しい表情をして、こちらを見て、何か話をしている。さとみは霊体を抜け出せなければ話は出来ないが、百合恵はそのままで話が出来る。
「みつさんが、かなり強い邪気を感じているって言っているわ」百合恵がみつにうなずいて見せる。みつはすうっと姿を消した。先へと行ったようだ。「今日は刀を揮う事になりそうだって」
「そんなに危険なんですか……?」
「そうみたいね……」百合恵はさとみを見る。「残念ながら、わたしは霊体を抜け出させることはできないわ。いざとなったら、さとみちゃん、お願いね」
「……」
さとみの顔が青ざめる。豆蔵が百合恵の傍に立って何事が言っている。百合恵は微笑みながらうなずく。
「豆蔵が、さとみちゃんの事を、命に代えても守るって言っているわよ」
「そうですか……」さとみは豆蔵を見る。豆蔵はどんとおのれの胸を叩いて、お任せあれと言った様子で姿を消した。みつを追ったのだろう。「……でも、豆蔵、もう霊になっちゃっているんだけどなぁ」
つづく
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