その寺は、宿場町から外れた農村の、その外れの方にあった。元々は村を檀家とした寺だったが、仁吉が生まれた時から、すでに住職もおらず、荒れ寺だった。
敷地を囲う土塀は至る所で崩れていた。その中にぽつんと建っている、ちっぽけな本堂の壁にも穴が開いており、床板も殆どが無くなっている。金目の物はすでに無く、がらんとしている。屋根瓦もあらかた無く雨漏りがひどいせいなのか、寺のそばを通ると腐れた臭いが鼻を突く。全く手入れされていない敷地内には、仁吉の身の丈ほどの雑草が生い茂っていた。
昼間の明るい太陽が痛いくらいに照り付けていても、観音開きの寺の木製の門は開きっぱなしになっている。しかも右側が無くなっていて、残ってもう片方は上部の蝶番が外れて大きく傾いている。その奥からは、ぞっとする冷たい空気が流れてくるように仁吉には思えたからだ。これは仁吉だけでは無く、一緒に遊ぶ子供たちも同様の感じを持っているようで、寺を遠巻きにしながら遊んでいた。
この寺には多くの猫が棲みついていた。頻繁に寺の門から出入りし、昼夜を問わず鳴く声がしていた。
まだ小さい頃、仁吉が幼子の好奇心から崩れた塀から覗くと、様々な毛色の猫たちが、壊れた本堂の床に伏し、あるいは雑草の敷地を歩き回り、あるいは仲間たちとじゃれ合っている姿が見えた。その光景の珍しさにじっと見ていたが、猫たちは覗かれているのを察したのか、ぴたりと動きを止め、一斉に仁吉を見つめ返してきた。その視線に怖じ気づいた仁吉は泣きながら逃げ帰った覚えがあった。苦々しい思い出だったが、それ以来、中を覗くことはしなかった。
他にも遊び回れる場所はある。何も怖い思いをしてまで、こんな荒れ寺に関心を持つ必要はない。他の子供たちも同様に思っていたようで、寺の話をしないのは暗黙の了解となっていた。
つづく
敷地を囲う土塀は至る所で崩れていた。その中にぽつんと建っている、ちっぽけな本堂の壁にも穴が開いており、床板も殆どが無くなっている。金目の物はすでに無く、がらんとしている。屋根瓦もあらかた無く雨漏りがひどいせいなのか、寺のそばを通ると腐れた臭いが鼻を突く。全く手入れされていない敷地内には、仁吉の身の丈ほどの雑草が生い茂っていた。
昼間の明るい太陽が痛いくらいに照り付けていても、観音開きの寺の木製の門は開きっぱなしになっている。しかも右側が無くなっていて、残ってもう片方は上部の蝶番が外れて大きく傾いている。その奥からは、ぞっとする冷たい空気が流れてくるように仁吉には思えたからだ。これは仁吉だけでは無く、一緒に遊ぶ子供たちも同様の感じを持っているようで、寺を遠巻きにしながら遊んでいた。
この寺には多くの猫が棲みついていた。頻繁に寺の門から出入りし、昼夜を問わず鳴く声がしていた。
まだ小さい頃、仁吉が幼子の好奇心から崩れた塀から覗くと、様々な毛色の猫たちが、壊れた本堂の床に伏し、あるいは雑草の敷地を歩き回り、あるいは仲間たちとじゃれ合っている姿が見えた。その光景の珍しさにじっと見ていたが、猫たちは覗かれているのを察したのか、ぴたりと動きを止め、一斉に仁吉を見つめ返してきた。その視線に怖じ気づいた仁吉は泣きながら逃げ帰った覚えがあった。苦々しい思い出だったが、それ以来、中を覗くことはしなかった。
他にも遊び回れる場所はある。何も怖い思いをしてまで、こんな荒れ寺に関心を持つ必要はない。他の子供たちも同様に思っていたようで、寺の話をしないのは暗黙の了解となっていた。
つづく
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